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わたしがママのママになるよ  作者: 区隅 憲
第一部 孤独な二人の出会い
9/13

新たな役割

 私とヨシモリ院長が、東倭国の女の子を孤児院へ連れて行くと、ヨシモリ院長は物置小屋へ、その子を閉じ込めるよう私に指示した。

私はその時ためらったが、ヨシモリ院長が「早くなさいっ!」と怒鳴ったので、仕方なく女の子を部屋の中に入れる。

そのままヨシモリ院長は横開きの戸につっかえ棒を取り付けて、内側から開けられないように細工した。


「泣き止むまでそこから出しませんからね!」


 それだけ言うと、ヨシモリ院長はスタスタとその場から立ち去ったのだった。

遠巻きに隠れながら様子を見ていた孤児院の子供たちも、ヨシモリ院長がそちらにやってくると、慌てて蜘蛛の子を散らすように去っていった。


「ママーッ!! ママーッ!!」


 東倭国の女の子はなおも泣き続けている。

その叫び声は、孤児院中をゆるがしかねないほど大きなものだった。



**********



 東倭国の少女の泣き声が響き続ける中、私とヨシモリ院長はリビングへと戻っていた。

他の子供たちは、ヨシモリ院長の言いつけにより部屋で待機している。


「全く、とんでもない厄介者を拾ってきたものですよ」


 ヨシモリ院長は疲れた顔をして愚痴をこぼす。


「ただでさえこの孤児院は経営難で、新しい子供を増やしたくないのですよ。それなのに、どうして私があんな東倭国の子の面倒を見ないといけないんですか?」


 ヨシモリ院長は更に文句を重ね、今日何度目かになるため息をはあと漏らす。

それは私に対しても当てつけるような言い方だった。

私はそれにおろおろしてしまったが、これ以上悪口を聞きたくなかったので、話題を変えようと口を開く。


「あ、あの、あの子。一体どういう子なんですか? ずっとずっと『ママ、ママ』って呼んでいるようですけど」


「そりゃうちは孤児院ですからね。親を失った子供なんて珍しくありませんよ」


 私の問いにヨシモリ院長は呆れたように答えを返す。

その口ぶりは何を当たり前のことを、と言わんばかりの調子だった。

それでも私は今の居心地の悪い空気を紛らわすため、ヨシモリ院長との会話を続ける。


「あの、教えてください。あの子はどうして、親御さんを失くしたんですか? どうして東倭国の子が、西倭国の孤児院に来ることになったんですか?」


「......あなたも詮索が好きですねぇ」


 ヨシモリ院長はじっとりと睨むように私を見返す。

私は失礼なことをした、と思い即座に「すみません」と謝った。


「......まあでも、隠すようなことでもありませんけどね。あの子の場合はちょっと特殊といいますか。これはさっきの兵隊の人からそのまま聞いた話なんですけどね」


 そこまで言うとヨシモリ院長は眼鏡を外し、静々とした声のトーンで話を始めた。


「あの子、元々は東倭国の住人で母親と亡命をしていた最中だったんです。父親は戦争で既に亡くしたらしいですがね。

詳しい経緯いきさつまではわかりませんが、東政府の国民に対する弾圧がひどくて、それで国境を越えて西倭国まで逃げてきたんだそうです。


 けれどそれが西倭国の兵隊たちにバレて捕まえられそうになったんですけど、母親が抵抗して逃げ出したらしくてですね。


 兵隊の人たちは『止まれッ!』と制止したそうなんですけど、母親は無視して娘を引っ張って走ったんだそうです。それから『止まらないと撃つぞ!』とまた警告しても言うことを聞かなかったので、やむなく射殺することになったんだとか。


 その結果、母親の子供だけが生き残ってしまいましてね。

母親は死に際に、自分を撃った兵士の足を掴んで、『どうか娘をよろしくお願いします』と遺言を残したんだそうです。



 で、その願い事を聞き届けたのかどうか知りませんけど、結局兵隊の人たちは、ウチの孤児院までその子を連れてきたってわけですよ。

全く、とんだ貧乏くじを引かされたものです......」


 東倭国の女の子の過去が、掻い摘んで明かされた。

話を終えると、ヨシモリ院長は目をつむりながら眼鏡をかけ直した。


(......そんなことが、あったんだ)


 静かに傾聴をしていた私は、心が動揺した。

特に母親の死に際の行動には、深い印象を抱いた。

自分を撃った兵士に「娘をよろしくお願いします」と言って託すなんて、並大抵の心ではできないだろう。

それほどあの子の母親は、我が子のことを愛していたんだ。

それを思うと、私は自分の事のようにズキズキと胸が痛んだ。



 けれどヨシモリ院長は、そんな他人の不幸など露とも関心がない様子でため息をついた。


「......まあ、戦争が原因で親を亡くした子供なんて、この孤児院にはいくらでもいますよ。

それでも他のみんなは初めてここへ来た時も、もっと大人しいものでした。

みんな自分の置かれた立場ってものを理解してましたし。


 それにしたって、このやかましい声は......」


 ヨシモリ院長はチラリと奥にある物置部屋を睨んだ。

そこからはなおもえーん、えーんという雷のような泣き声が鳴り響いている。

ヨシモリ院長は額を指で抑えながら、眉間に皺を寄せて唸った。


「全くいつまで続くんですかねぇこの騒音は! もう12近くになるはずなのにみっともない! ここが孤児院でなかったら追い出してやりますよホントに!」


 ヨシモリ院長は険しい顔で東倭国の子への不満を露わにした。

それこそ親の仇だとでもいうように。

私はそんなヨシモリ院長の悪言の数々を聞いているうちに、だんだんと胸が苦しくなる。


「あ、あの、何もそこまで邪険にしなくてもいいんじゃないですか? あの子だって、親御さんを亡くしたばかりで動揺してるでしょうし、もっと優しくしてあげてもいいと思います。孤児院って、子供をお世話するのが仕事ですし......」


 私はとうとう堪えきれず、ヨシモリ院長に口出しした。言葉にした後でハッとなり、言い過ぎたかと後悔がよぎる。

案の定、ヨシモリ院長はじろりと私を睨めつけてきた。


「......あのですね、ろくに孤児院の事情も知らないで好き勝手言わないでもらえます? 見ず知らずの子供を預かることが、どれだけ大変なことかわかっているんですか? あなただって居候のくせに」


 ヨシモリ院長が刺々しい口調で私をなじった。眼鏡の奥の目尻が鋭く上がる。

私は一瞬たじろいだけれど、それでも一度(せき)を切った言葉は止まらなかった。


「そ、そうは言っても、ヨシモリ院長はこの孤児院の院長先生なんでしょ? 子供の面倒を見るのが院長の仕事のはずです。子供が泣き止まないなら、きちんとあやしてあげるのがあなたの役割じゃないのですか?」


 言い切ってしまってから「しまった!」と私は思った。ヨシモリ院長のあまりの冷淡さに、つい腹を立ててしまったのだ。かなり失礼なことをしてしまったかもしれない。

私は咄嗟とっさにヨシモリ院長から何か叱責が飛んでくるのではないかと身構える。


 けれど私の予想に反して、ヨシモリ院長の表情は落ち着いていた。

つり上がっていたはずの目が閉じられており、両手を組んで何事か考え込む仕草をする。


 けれど私の物言いが、ヨシモリ院長の逆鱗に触れてしまったのだとすぐ気づくことになる。


「......わかりました」


 ヨシモリ院長は閉じていた目をゆっくりと開く。そして手を組んだ姿勢のまま真っ直ぐに私を見据えた。

まるで獲物を捉えた獣のように眼を光らせ、静かに私へその口述を言い渡したのだった。


「では、孤児院の院長として保母のあなたに命じます。今すぐ物置部屋へ行ってあの子を泣き止ませてください。今後あなたにはあの子の――小伯こはくマヨさんの世話係を務めてもらいます」


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