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わたしがママのママになるよ  作者: 区隅 憲
第一部 孤独な二人の出会い
8/13

東倭国の少女

 朝食を食べることも忘れて私たちが外へ出ると、孤児院の前には大きな軍用車が1台止まっていた。ドドッドドッドドッと軍用車がエンジン音を鳴らして揺れており、その上部では機関銃の銃口がこちらに向いている。


 その見慣れない物々しい鉄の塊に、孤児院の子供たちは息を呑んで見つめていた。張り詰めた空気が閑散とした森の中に立ち込めており、軍用車の扉が1人の兵士によって開けられる。


 すると同時に先程までは聞こえてこなかった、耳をつんざくような甲高い声が響いてきた。


「ママーーッ!! ママーーッ!!」


 けたたましい叫び声が、冬の朝の静謐せいひつを打ち破る。

それは喉が張り裂けてしまうのではないかと思うほどの、悲痛な女の子の泣き声だった。


 兵士はそのサイレンのような大きな声に耳を抑えるが、やがて鬱陶しそうにしながら、その女の子を車内から引きずり降ろす。


 女の子は落下するように、大きな扉から飛び出てきた。


「ママーーッ!! ママーーッ!!」


 兵士に腕を引っ張られながらも、なおも女の子は叫び声をやめない。

やがて泣き叫ぶ女の子の姿が、私の目にもはっきりと映った。


 その子は12歳ぐらいの年齢であり、顔中が涙塗れになってくしゃくしゃにしていた。

背は低くて痩せており、肌は白く丸い顔立ちをしていた。瞳は青く、つぶらで大きい印象を持つのに対して、鼻や唇は小さい。冬だというのに、半袖で膝まで見えたピンクのワンピースを着ている。


 何よりも特徴的だったのが、そのピンク色の髪だった。

羊を思わせるようなフワフワとした毛質であり、肩にギリギリ届くぐらいの、長めのボブカットヘアーという見た目だった。

このピンク色の髪は西倭国では珍しく、主に東倭国で見られると言われる特徴だった。


 その異質な髪の色を持つ女の子の登場に、孤児院の子供たちの誰もが注目し、東倭国の出身であることを瞬時に察していたのである。


「グズグズするなッ!! 早く立てッ!!」


 よろめき倒れそうになる女の子を、兵士が無理矢理引っ張り上げる。

その乱暴な扱いに女の子は抵抗し、ブンブンと腕を振って振りほどこうとした。

しかしその細い腕では何の抵抗にもなっておらず、あっけなく力任せに宙吊り寸前にまで立たされた。


「いたい!! いたいよママぁっ!! なんで、なんでママはいないのぉ!? ママぁ、ママぁっ!!」


 いたいけな叫び声が森の中でこだまする。

兵士はもはや何も聞こえていないかのような素振りで、まるで家畜を運ぶかのようにその子を引きずり歩く。

そうした光景を、私は胸を痛めながら黙って見つめるしかなかった。


「離して!! 離してよぉ!! ママはどこに行ったのぉ!?」


 なおも無力な抵抗を続ける女の子は、やがて最前線に立っていたヨシモリ院長の前まで引きずり出される。そこまで連れて行くと兵士はぴたりと足を止め、そのままその子を地面に乱暴に投げ捨てた。


 ドサリと倒れた女の子は「うっ」と、小さなうめき声を上げる。

その拍子に枯れた草の生い茂る地面の上で、膝から血を流した。


「いたいっ! いたいよママぁっ!! どこにいったのママぁっ!! ママぁっ!!」


 顔を土に濡らし、突っ伏したままその子は泣き続ける。

兵士はその倒れ伏す姿を一瞥だけすると、さっさと軍用車へと戻っていった。兵士が乗ったのを仲間の兵士が確認すると、そのまま軍用車は轟音を立てながら走り去っていった。


 女の子はなおも泣き止む様子がなく、孤児院の子供たちは痛々しいものでも見るかのように互いの顔を見合わせている。


「なんで、なんでママはいないのぉ!? どぉしてママはいないのぉ!? ママぁ、ママぁっ!!」


「いい加減にしなさいっ!!」


 泣きじゃくる女の子にヨシモリ院長が怒鳴った。

その容赦のない大声に、東倭国の女の子はビクッと肩を震わせる。


「あなたはこれからこの孤児院の住人になるんですよ! 独り身になったあなたを、これから養ってやろうというのです!


 それをなんですか!? そんなふうにみっともなく人目も憚らず泣き喚いて!! こっちにどれだけ迷惑がかかっているか、まるでわかっていませんね!!」


 ヨシモリ院長がまくし立てるように叱りつけると、女の子の腕を掴み無理矢理引っ張り立たせた。


 その子はなおも激しく体を揺すり抵抗する。

その細い腕には先程兵士に掴まれた、指5本分の青い痣がくっきりと残っていた。


「立ちなさいッ!! これからあなたは孤児院のみんなと協調して生活しなければならないんですよ! みんな同じ境遇で、あなただけが不幸なわけではないんです!

さあ、早くこっちに来なさいッ!!」


「いやッ! いやっ!! 離して、離してよぉ! ママはどこへいったの!? ママぁ、ママぁっ!!」


 その子は暴れ回り、ヨシモリ院長に掴まれた腕を振り回した。

その度にヨシモリ院長の体はよろめき、上手く孤児院の中へ連れていくことができずにいた。


「ああもうっ、ホントに厄介な子供を持ち込んできてくれたものですねぇ! カミエさんッ! この子を運ぶのを手伝ってください!!」


「は、はい......」


 状況をなおも飲み込めずにいる私は、その子の背後に回って脇に両腕を回す。

ヨシモリ院長は両足を持ち上げ、そのまま担ぎ上げるようにして二人で孤児院の中へと連れて行った。


「いやッ! いやっ! 行きたくない、行きたくないよぅっ!! ママに会いたい! ママに会いたいっ!! ママぁ、ママぁっ!!」


 その間も東倭国の子はジタバタと暴れまわり、何度も「ママ」と叫び続けた。


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