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わたしがママのママになるよ  作者: 区隅 憲
第一部 孤独な二人の出会い
7/13

子供たちとの出会い

 私は暗澹あんたんとした気持ちのまま孤児院の2階に上がると、すぐ目の前にあった扉に立った。


 嫌われないだろうか? 拒絶されないだろうか?

そんな懸念を抱きながらも、扉を控えめに叩く。


 コンコン、コンコン。


 反応はない。まだ寝ているのだろうか?

私はヨシモリ院長に言われた通り更に大きな音を立てて扉を叩く。


 ドンドン、ドンドン。


「あ~はいはい、聞こえてますよぅ。もう朝っぱらからうるさいな~」


 不機嫌そうな声が部屋の中から響く。私は途端にびくりと肩を震わせた。


(失礼なこと、しちゃったかなぁ?)


 私がそう心配して立ち尽くしていると、扉が私に向かって開かれる。

私は慌てて後ろに引くと、11歳ぐらいの女の子が現れた。

無造作に伸びた黒髪が肩ぐらいまであり、側頭部の斜め左上で小さく髪を束ねている。


「あれ? お姉さん誰?」


 私を見上げた瞬間、不機嫌そうな表情がキョトンとしたあどけないものに変わる。

突然訪れた私に興味津々であり、溌剌はつらつとした黒くて丸い瞳を向けてくる。


「わ、私は彩取カミエ。今日からこの孤児院で保母として働くことになったの。よ、よろしくね」


「ふ~ん。そうなんだ」


 ぎこちない私の挨拶に、女の子は後ろ手に前かがみになって、上目遣いで見つめてくる。初対面の私に対してもどこか親しげな様子だった。


「私は更木さらぎナッカ。今は春休みで学校には行ってないけど小学校の6年生。よろしくね、カミエさん!」


 そう言うと女の子は――ナッカちゃんはニカっとはにかんで、私に手を差し出した。

私は差し出された手をおずおずと握る。

明るくて人当たりのいい女の子。それが彼女に対する第一印象だった。


「う、うん。よろしくね。ナッカちゃん」


 緊張しながら挨拶すると、ナッカちゃんは大きく私の手を振ってまた笑ってくれた。私はその笑顔につられてぎこちなく笑い返す。こうして私は初めて孤児院の子と触れ合ったのだった。




 しばらくした後、私はナッカちゃんと協力して他の子たちを起こしにかかった。

私は控えめに一つずつ扉をノックしようとすると、それよりも先にナッカちゃんは行動に移す。


「お~い、みんなぁ! 朝ごはんできたよぅ~!!」


 ナッカちゃんは口の前で両手をメガホンのように当てて大きな声を上げる。

すると、ドタドタと次から次へと2階の部屋の扉が開いて女の子たちが出てきた。


「ナッカちゃん、その人、誰?」


 女の子たちがナッカちゃんを中心に集まってくると、早速私の姿を見留めナッカちゃんに尋ねる。


「この人は彩取カミエさん。ウチの孤児院の保母さんになるんだって」


「へえ~そうなんだぁ。あのケチんぼな院長先生が新しい人雇うなんて珍しいね」


 ナッカちゃんを通じて私のことが紹介される。その言葉に一斉に私へと女の子たちの注目が集まった。私は途端に恥ずかしくなり顔を赤らめる。


「お姉さんって優しい人なの?」


 女の子の1人が、私に向かって率直に質問を投げかけてくる。

私はしどろもどろになりながらも答えを返した。


「えっと、多分......」


「そっかぁ良かった! 院長先生みたいな人が2人もいたらたまんないもんねぇ」


 子どもたちはケラケラと笑い声を上げる。辺り一面は瞬く間に賑やかな雰囲気となった。どうやらヨシモリ院長はあまり子供たちから好かれてないらしい。

それから子供たちは、次々と私に質問を投げかけてきたのだった。


「お姉さんどこから来たの?」


「えっと、砂室市すなむろしから......」


「ええっ~嘘ぉ! 砂室市って空襲があった所じゃん! お姉さん大丈夫だったの!?」


「う、うん、何とか......」


「そっかぁ。でもすごいよね空襲なんて。この辺じゃ空襲なんて全くないもん」


 子供たちは空襲から生き残った私をヒーローのように持て囃す。その緊張感のない話し振りからすると、本当にこの栗巣町くりすちょうは戦争とは無縁な街のようだった。


 私は女の子たちの質問攻めにたじろぎながらも、ひとまずほっと一安心する。


(でも良かった。何となくだけど、みんなと打ち解けられてるみたい。みんないい子そうだし、何とかここで暮らしていけそう)


 そんな印象を持った私は、そこでふと顔を上げて気づく。

一番奥にある部屋の扉がまだ開かれる様子がない。扉の隣には名前の記されたプレートがあり、どうやら無人というわけではないようだった。


「ああ、あの部屋? あそこはイヨリさんって人がいるんだ」


 私の視線に気づき、ナッカちゃんが説明してくれる。


「まだ、起きてないのかな?」


「ううん、違うよ。あの人いっつも徹夜して朝まで勉強してるんだぁ。なんでも頭のいい学校の受験で忙しいんだってさ」


 そう補足を付け加えるナッカちゃんは、あまり関心がない様子だった。どうやらその女の子とは、それほど親交がないらしい。

それでも私はその”イヨリ”という子のことが気にかかった。

私は奥の部屋へと向かう。


「あれ? どうしたのカミエさん?」


「......うん、院長先生の指示だから呼びに行こうと思って」


「そんなことしても無駄だと思うよ。だってあの人ほとんど孤児院の人と喋らないし。朝ごはんもいっつも1人で食べてるんだ」


 あまり私の行動をおすすめしないナッカちゃんに、私は少したじろぐ。怖い子なのだろうか? そんな疑念を抱きつつも、やはり部屋の前まで進むことにする。


「でも、やっぱり挨拶ぐらいはしたほうがいいと思う......。私、そのイヨリさんって子と初めて会うんだし。失礼のないようにしておかないと......」


「あんまり意味ないと思うけどなぁ。だってイヨリさん誰とも関ろうとしないし、1人になりたがってるんだもん。別に挨拶なんてしなくていいと思うよ」


 ナッカちゃんがそう断言するけれど、私はそうもいかないと首を横に振る。


「ううん、やっぱり失礼があったらいけないから......」


 ナッカちゃんは微妙そうな顔をしたけれど、やがて頷き私の行動に納得した。


「う~ん、わかった。カミエさんがそうしたいならそうすればいいよ。じゃあね、カミエさん。私たち先に行くから。


 みんな~! ご飯食べに行くよ~!」


 そう号令をかけると、ナッカちゃんは孤児院の皆を引き連れて階段を降りていった。

どうやらこの孤児院では、ナッカちゃんがみんなのリーダー的なポジションなのだとうかがえる。まず彼女と仲良くすることが、ここで暮らしていくためには大事なことなのだろうと私は考えた。




 そしてナッカちゃんたち一行を見送った後、私は二階奥の部屋の扉をノックする。

すると中から声が響いた。


「......はい」


 聞き取れないくらい小さな声量が聞こえてくる。その声は落ち着いていて、どこか大人びた雰囲気だった。


「あ、あの、朝食の用意が出来たんだけど、降りてきてくれないかな? 院長先生にそう言われてるから」


「......誰?」


 そう尋ねられ、私はまだ相手の女の子に自分のことを名乗っていないことに気がつく。私は慌てて自己紹介をした。


「あ、私、彩取カミエっていうの。今日からこの孤児院で保母として働くことになったんだ」


「......そう」


 すると、そっけない返事がかえってくる。

私はそのまま会話が途切れるのではないかと身構えたが、やがて中からスタスタと足音が聞こえてくる。そして部屋の扉が静かに開かれた。


(あっ......)


 部屋から主が姿を出した瞬間、思わず私はドキっとした。

その子はとても美人だったからだ。


 15歳ぐらいの女の子で、後ろ髪をポニーテールに結い、艶やかな黒髪が真っ直ぐに下りている。顔の輪郭はスラリとして整っており、細い目や、桃色の薄い唇、そして小さな鼻筋が人形のように飾られている。背は中背中肉の私と同じぐらいであり、涼しげな黒い瞳が真っ直ぐに私へと向けられていた。


「......それで、あなたの用って挨拶だけ?」


 女の子は扉に片手を掛けたまま、手短に尋ねてくる。

私は彼女に見とれていたことに慌てて俯き、しどろもどろになりながら要件を伝える。


「えっと、朝食の用意ができたから、その、イヨリさんも降りてきてくれるかな?」


「私の名前、知ってるの?」


「あっ、うん。ナッカちゃんから名前を聞いたから。下の名前だけだけど......」


風羽かざはねイヨリ。それが私の名前。もう孤児院のみんなと仲良くなったんだ。カミエさんってすごいね」


 そう私に賛辞を送るイヨリさんは、言葉とは裏腹に別に関心がなさそうだった。私は何となく、そういう風につっけんどんに対応されることに居心地の悪さを感じた。私はいたたまれない気持ちを抑えながらも、イヨリさんをもう一度食事に誘ってみることにする。


「えっと、イヨリさんも1階に降りてきてくれないかな? 朝食の準備ができたから。その、みんなと一緒にご飯を食べたほうが、きっと楽しいんじゃないかな? 多分......」


「......いい。私はいつも皆がいなくなった後に食事をしてるから。私勉強で忙しいし」


 取り付く島もなく断られると、イヨリさんはそっと扉を閉めようとする。


「あっ、待って! まだ話したいことが......」


「何?」


 慌てて私が呼び止めると、イヨリさんは冷めた瞳で尋ねる。


「えっと、そのぅ。だからぁ......」


 けれどいざ呼び止めたはいいものの、何を話したらいいのかわからない。今後孤児院で過ごしていくことを考えたら、みんなとはなるべく仲良くしておいた方がいいと私は考えていた。けれど私は人と交流することに慣れておらず、そのまま口を閉ざしてしまう。


 辺りには重苦しい雰囲気が漂ってくる。時間が経ってもイヨリさんは静物画のように動かない。それでも私は何か話さなきゃ、何か話さなきゃ、と心が急き立てられ、口を何とか開こうとした。



 けれど、その時だった。



「何ですって!? どうしてウチがそんな子供を預からないといけないんですかっ!?」


 下の階から、突然叫び声が聞こえてくる。

声の主はどうやらヨシモリ院長のようだった。

私はその歳老いた大声にびくりと体を震わせ、咄嗟とっさに振り返る。


「行ってきたら? 何かトラブルがあったみたいだよ」


 イヨリさんが私を追い払う口実を見つけたかのようにそう促す。

私は後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、仕方なくその場を後にすることに決めた。




 階段を降りていくと、どうやらヨシモリ院長が誰かと口論になっていることがわかった。

ヨシモリ院長の甲高い声と、複数の男性の声が聞こえてくる。

 

 玄関へと向かうと、先程私と会話していた、ナッカちゃん率いる孤児院の子供たちも群がっていた。

みんな一様に不安そうな気配を漂わせており、遠巻きに会話の行方をうかがっていた。


「そんな子供を預かったら、他の子供たちにも悪影響が出ます! 第一うちに変な噂が立つじゃありませんか!」


 ヨシモリ院長は玄関の前で、機関銃を持った兵士たちと対峙していた。

よく観察すると、兵士たちの服には血の跡がついている。

兵士たちは無表情な相貌を崩さず、冷厳な瞳のままヨシモリ院長を見下ろしていた。

それとは対照的にヨシモリ院長は声を荒げ、ますます怒気を露わにしたのだった。


「どうしてウチが東倭国の子供など預からないといけないんですか!? そんな敵国の子供など、ウチではとうてい面倒を見切れませんっ!!」


 その『東倭国』というキーワードが飛び出た時、孤児院の子供たちは一斉に体を凍りつかせた。


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