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わたしがママのママになるよ  作者: 区隅 憲
第一部 孤独な二人の出会い
6/13

青葉孤児院到着

 私は駅のホームを抜けると、森林の中に着いた。

予め駅にあった看板の地図をノートに書き写し、それに目を凝らしながら歩いている。

舗装もロクにされていない曲がりくねった道を、迷子にならないようにと気をつけなら進んでいった。


 辺りには露の水滴がついた針葉樹林たちが、青白い色をして生い茂っており、物音一つ響かない。

その時間の全てが止まったかのような草木に囲まれ、私は一層と寂しさを感じた。


(私は、こんなところでやっていけるのだろうか?)


 私は不安に思うと、途端に私を突き放したお母さんの顔が思い浮かんだ。

また目から涙が滲んできて視界が霞む。

けれどすぐさまそれをぐっと堪え、目頭を拭って首をぶるぶると振った。


(ううん......私はもう、ここでやっていかないといけないんだ)


 私は覚束ない決意を抱き、枯れた葉を踏みしめていく。

枯れ葉や枝が歩く度に、パリパリと儚げな音を鳴らす。

やがて私はこれから行く疎開先について思いを馳せた。




 青葉孤児院


 それが私が居候することになる新しい居住地だった。

そこで戦争のほとぼとりが冷めるまで、身を預けるようにとお国から言い渡されたのだった。


 戦争がいつ終わるのかはわからない。

1ヶ月後かもしれないし、1年後かもしれないし、もしかしたら私が生きている間永遠に続くのかもしれない。

けれど確かに言えることは、戦争が終わらない限り、私はずっとお母さんと離れ離れにならなければならないということだ。


(ダメ......また泣いてしまう)


 私はまた目頭が熱くなるのを我慢し、前へと向き直る。

心の傷から逃れるように、もう一度これから先の自分の生活について考えを巡らせた。


(青葉孤児院......どんな所なんだろう? 上手くやっていけるのかな?)


 孤児院というからには当然子供たちがいるのだろう。

男の子たちは近年の徴兵制の増強により、軍の元で育てられることになってるから、多分女の子たちしかいない。


 けれど私には、率直に言って子どもたちと上手に付き合える自信がなかった。

子供時代から友達と呼べるような相手はおらず、いじめさえ受けていたのだから。


(またいじめられたりしないかな?)


 そんな心配がどんどんと胸の中で増幅する。

お母さんにべったりだった私は、人付き合いの方法なんて学んでこなかった。

いつもお母さんの後ろに隠れて、人と交流することを避けてきたのだった。


 ――失礼のないようにしないといけませんよ。そうすれば、大抵のことは上手く行きますから――


 私はお母さんの言葉を思い返し、何とか勇気を奮い立たせようとする。

けれどお母さんのことを思うと、やはりまた視界が滲んでしまうのだった。



********



 地図が示す場所へ到着すると、そこは古ぼけた孤児院であった。

建物は大きさこそあれど、どこか閑散とした雰囲気が漂っている。

辺りはなおも枯れた青白い草木に囲まれており、朝の陽だまりを浴びながらしんと静まり返っている。


 私はためらいがちに建物に近づき、玄関まで足を運ぶ。

そして一呼吸置くと、そっとドアを叩いた。


「......どなたですか?」


 中から女の人の声がした。

ドアがギィィっと軋む音を立てながら開き、眼鏡をかけた年配の女性が出てくる。

白髪のボサボサとした髪型をしており、まだ起きたばかりなのだということがうかがえた。


 私は失礼がないように、失礼がないようにと頭の中で念じながら挨拶をした。


「あ、あの、私、今日からここでお世話になる、彩取あやどりカミエと言います......よ、よろしくお願いします」


 けれど見知らぬ土地で初めて出会った人に緊張してしまい、私は言葉をつまりつまりにしてしまう。声の音量もとても小さくなってしまい、女性にもはっきりと聞き取れたのかどうかもわからない。

 

 そんな私のうつむきがちな姿を見ると、女性は私のつま先から頭頂までじろじろと眺めてくる。そしてふうっとため息をついた。


「あなたおいくつですか?」


 突然切り出された質問に、私はしどろもどろになる。私は一瞬黙り込んだが、何とか口を開いた。


「え、と、18です」


「......全く。どうしてそんな大人になるような人を、うちの孤児院が預からなくちゃいけないんですか?」


「えっ?」


 不満を露わにした女性の声に私は思わず喉を詰まらせる。すぐさま歓迎されていないことを理解した。早速の不測の事態に頭の中が真っ白になる。


「ここ、本当なら15歳になったら、みんな出ていかなければならないんですよ。

なのになんであなたみたいな大人の人を受け入れなくちゃいけないんですか?」


 女性は何も事情を知らない私に向かって文句を垂れる。 

何と答えればいいのかわからない。もしかしたら、このまま門前払いをされるかも......。


 けれど私がそうした不安に包まれるよりも先に、女性はどこか諦めたような顔をして、またふうっとため息を付いた。


「まあ、お国の命令だから仕方ありませんけどね。全くこっちにまで厄介事を持ち込まないで欲しいものです。

いつになったら戦争が終わるのやら......」


 女性は独り言のようにまた文句を呟く。けれどそのまま扉を軋ませながら更に大きく開ける。

そして私に向かって手招きをした。

どうやら中に入ってもいいらしい。

けれどなおも女性のしぶしぶとした態度を見ていると、私は二の足を踏んでしまった。


「......さっさと中に入ってください。冬の朝は寒いんですから」


 グズグズとしていると、女性は少し苛立った声で急き立てた。

私は慌てて足を動かす。これ以上相手の方を待たせては失礼になってしまうと考えたのだ。

私が孤児院の中に入ると、女性はすぐさま扉を無造作に閉じた。



******



 私と女性が孤児院の玄関を抜けると、広いリビングルームがあった。

そこには大きな縦長のテーブルが一つ置かれており、椅子がテーブルの左右交互に8つずつ並んでいる。


 女性は私にその椅子の内の一つを顎をしゃくって勧めると、自分はその向かい側の席に着いた。

その全く無愛想な態度に、私は体を強張らせながら椅子に座る。


「私はこの孤児院の院長をやっている所見ところみヨシモリと言います。

あなたは確か、彩取あやどりカミエさんでしたよね?」


「......はい」


 孤児院の院長を名乗った女性、ヨシモリ院長は事務的に淡々と尋ねてきた。気だるげに座っており、名前を確認したにも関わらず、まるで私に対して関心がない様子だった。

その冷淡な態度を見て、私は一層胸の中で緊張が広がる。


「ではカミエさん、早速本題に入ります。この孤児院に居住するにあたって、あなたにはここで保母として働いてもらいます」


 ヨシモリ院長は間髪を入れず私にそう告げる。

その性急な物事の説明に、私は事態を飲み込めず混乱した。


「ほ、保母!? わ、私、働かなくてはならないんですか!?」


「当然でしょ? 他人ひとの家にタダで入り込めると思っているのですか?

穀潰しはウチにいりません。

炊事、掃除、洗濯、そして子供たちの世話。そうした仕事を保母としてあなたにやってもらおうと思っております」


 ヨシモリ院長はぴしゃりと私に、この孤児院で暮らすための条件を提示する。

その目は頑なであり、決して断ることができない雰囲気だった。


 私はヨシモリ院長の話を聞いて困惑していた。

前者の家事についてはお母さんの手伝いでしたことがあったが、後者の子供の世話については全く初めてのことだったからだ。

私の頭の中には瞬時に、マイナスの思考がどんどんとよぎってくる。


(果たして私は、子どもたちと仲良くなんてできるだろうか?)

(もしかしたら誰とも馬が合わず、みんなから嫌われるんじゃないだろうか?)

(もしそうなったら私はもうここにいられなくなって、追い出されてしまうんじゃないだろうか?)


 考えただけで喉の奥がツーンと詰まってくる。

人付き合いの経験のほとんどない私にとって、その仕事はあまりにも荷が重すぎた。

私は途方に暮れてしまい、体を硬直させてしまう。


 けれどヨシモリ院長はそうした私の様子を気にも留めず、矢継ぎ早に淡々と話を続けた。


「ではカミエさん、早速ですが仕事を申し付けます。

二階に上がって子どもたちを全員起こしてきてください。もうすぐ朝食の時間ですので」


 ヨシモリ院長はてきぱきとした口調で私に最初の指示を言いつける。

そしてすぐさま席を立って背を向けた。


「あ、あの、起こすって。ど、どうしたら、いいですか?」


 私は慌てて追いすがるように質問をぶつける。けれどその返答は随分となおざりだった。


「扉をドンドン叩いて起こしてください。多少乱暴になっても構いませんから。私はお皿の用意をしなければならないので」


 振り返りもせずヨシモリ院長はスタスタと歩を進めていく。私はその取り付く島もない態度に、愕然としてしまった。


「早くしてくださいね。子供たちが寝坊してしまうと、後の仕事にも支障が出るんですから。もしこの先仕事ができないようなら、あなたには出ていってもらいますからね」


 そう脅すように告げると、ヨシモリ院長はリビングルームの奥へと消えていった。


 私は口を半開きにして、その背後を見送るしかなかった。

リビングルームで一人となり、辺りは再びしんと静まり返る。

森の中を歩いていた時のような、寂しい雰囲気が立ち込めていた。

そして頭の中には、早速ここから逃げたしたいという衝動が湧いてきた。



 お母さん、私、本当にここでやっていけるのかな......。


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