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空襲の中の恋

 轟音とともに目が覚めると、激しい熱を肌に感じた。

風が吹き荒れ、けたたましいサイレンの音が鳴り響いている。


 私はベッドから起き上がった。冬だというのに滝のような汗が流れている。

一部屋しかないアパートの周りを見渡すと、荒れ果てた光景が目に入った。

冷蔵庫や本棚が床に倒れ、割れた食器や窓ガラスが散乱している。


 私は窓の外へ目を遣った。真夜中のはずなのに、まばゆいほどの赤い光が照っている。

空には黒い煙が幾筋も昇っており、辺りには不快な臭いが満ちている。


 五感のすべてが鋭敏となり、私の体は震え出した。

唇が半開きになって痙攣し、全身の筋肉が凍えたように強張りだす。

流れる汗が冷たくなり、そこでようやく事態に気づいた。



 ――この街にも、爆弾が落とされたんだ――



 早く逃げなきゃ、早く逃げなきゃ。

脳の信号が絶え間なく警告をする。

けれど体が全然言うことを聞かない。全身の震えが止まらず、立ち上がることもできない。


 割れた窓から火の手が回ってきている。

その煌々《こうこう》とした光に、私はただ茫然と目を奪われ続けた。

空襲警報の音が鳴り止まない。


「カミエッ!! 大丈夫なのッ!? カミエッ!?」


 そのけたたましい音に紛れて、アパートの玄関から大きな呼び声が聞こえてきた。

私のお母さんだ。

叫び声とともに扉が開けられると、息を切らせてお母さんが入ってくる。

軍事工場の夜勤から走って帰ってきたのか、お母さんの顔も汗まみれに濡れていた。


 私はそんな上気したお母さんの顔を、ただ恍惚として眺める。頬をりんごみたいに紅潮させており、真剣な眼差しで私の姿だけを見つめている。お母さんの凛とした綺麗な顔立ちに、思わず私は見惚れてしまった。


「......うん、大丈夫だよ。お母さん」


 私もお母さんと同じように頬を紅潮させた。それは炎の熱さのせいではない。私の心臓は心地の良いリズムを鳴らして、締め付けられるような快感を抱いた。

こんな危険な状況のはずなのに、私はお母さんの姿を見て、揺り籠に揺られるような安寧を覚えていた。


「カミエ、荷物をまとめて! もうそこまで火の手が回ってきている! 早く防空壕に逃げないと、手遅れになってしまうわ!」


 お母さんはそう叫ぶと、ふいにベッドに座る私の手を握った。


「......あっ」


 私は思わず呼吸を止めた。

冷たくて柔らかい感触が、私の手のひらに伝わってくる。

そのまま力強く手を引かれ、私はお母さんの胸に抱きついていた。


 ――お母さんの体、気持ちいいなぁ――


 そんな密やかな感情を抱くと、ますます私は肌を赤く染めた。

心臓が苦しいほどにドキドキとして、お母さんとの触れ合いにぼうっとしてしまう。

空襲の熱さなど忘れてしまうほどに。


「いい、カミエ? 頑張って逃げるのよ。西地区の広場には防空壕があるから、そこまで走るのよ。何があっても振り向いちゃダメだからね」


 お母さんがまた、私の手をぎゅっと握ってくれる。

冷たくて気持ちいい。でも心臓が激しくて熱い。

私はお母さんのほのかな温もりを感じると、堪えきれなくなって、思わずずっと秘めてきた想いを打ち明けたくなった。


「......うん、わかったよ。お母さん。私、お母さんのことが、大好――」


 けれど刹那せつな、私たちは白い光に包まれた。

私の声は爆裂音とともにかき消される。

突風が薙ぎ、カタカタと地面が揺れる。

炎が爆ぜる音が、また大きく広がっていった。

アパートの天井が、キシキシと壊れていく。


「――急いでカミエ。もうここは持たない。早く外へ逃げるのよ!」


 お母さんの柔らかな手に繋がれながら、体が自然に走り出す。

私とお母さんは、崩壊するアパートから逃げ出した。


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