3-1・黒渦の手
『バチャンッ！！！』
………ハ！？、
拳の先に存ったのは、豆腐を突き抜けたような鈍い痛みと、"前科者" の称号ゲットを知らせるファンファーレ。
予想とはかけ離れ過ぎていた自分の遺言に、俺はしばらくの間、疑問と戸惑いをたった一文字に任せたまま、立ち尽くしてしまっていた。
しかし状況を察するや否や、視界を視界と認めるや否や、釣り針に口を引っ張られた魚のような、声にならない程の寂れた悲鳴を上げたのだった。
「何だよ……、コレ……」
二呼吸を過ぎて、ようやく言語は形となる。しかしソレが纏っていたのはただの一つ、純粋な恐怖のみだった。
血、怪我、涙……現場には本来人を傷付けて遺る筈のモノは何一つとして亡く、ただ代わりと言うには余りにも歪でグロテスクな渦潮だけが、グシャグシャと音を立ててながら、かつてそこに有った筈の顔を引き裂いて鎮座していたのだから。
ポッカリと空いた首から上の空間が虚無で、振り抜いた拳にまとわりつくように、酷く濁った無数の水手が拱いていたのだから。
「──はっ、……は？、…お、オイ！何だよコレ！！、ヤバっ！、てかなんて言うか……き、クっケっコ……気持ち悪ッ！！」
突如 眼前に広がった未知の塊に、緊張感や知性が 1 ミリも無い感想を精一杯の大声で吐き捨てる。
だがそれは決して強気な訳でも、心臓に毛が生えているわけでも無く。
只管に、ただ純粋に、この全身へ靄のように立ち罩めてくる未知が、体内にて這いずり回る寄生虫のような不気味が、恐ろしくて堪らなかった。
……それだけの話だった。
考えたくはない、考えたくはないのだが……や̸が̸て̸渦は、俺にとっての "死" そのものにすら見え始めていた。
この夢を形成する脳への血液が遂に止まってしまった、そんな気味悪い予想だけが、既にストレスと焦燥で満席となっていた思考に、次から次へと飛び込んで来たのだ。
コレは流石に……
って待て待て待て待て待て落ち着け落ち着け…………っ落ち着けって！！ このまま何も出来ずに夢の国で突っ伏したままゲームオーバーなんてゴメンだろ！？、
この際（股間の）ダム決壊なんてどうでも良いんだ！ 今 俺が出来る事、この最悪過ぎる状況をひっくり返すとまでは行かなくても、一歩 進められる方法を、何とかして──
『ʓ愛wO^…ᓓ̸ᐠ˝……』
「ウッセェよ！！今考えごとしてんだろぉ
が………え、？……」
「え"っ、！？」
なんだ！、何が聞こえた！？、
何かものスゴイ重要そうな、それこそ 100 年 眠ってた勇者の道標になってくれそうな感じの、『目を覚ましてぇ』的な言葉を聞き逃した気がする。
何もない筈の空からいきなり謎の声が聞こえるなど、普段ならば充分に背筋を凍らせてくれるだろう。怒鳴る前に喚いていただろう。
しかし状況が状況、言葉の通じない殺人鬼を前にゴキ○リ見つけたトコで、怖さなど微塵も湧いてこない。
どうせ何もしないと死んじまうんだ。だったらワラだろうがゴ○ブリだろうが謎の声だろうが、縋って掴んでよじ登って、生き残ってやろうじゃねーか！！
……そんな、深夜二時くらいの強過ぎる決意だけが沸騰している。
そうと決まれば取り敢えず──、とりあえず……あ、その～アレだよな、一応。
謝っといた方が……良いよな？
