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注意点

「さて、もうすぐ町に着くけど、どうする?あまり目立ちたくはないんだけど」

 人間の住む町へ踏み込む少し手前で、ゆうきが立ち止まった。町を指差して、タマモとその背に乗る二人へ声をかける。


「それならば、町の中を通らずに迂回するのはどうなんだ?」

 タマモはしばらく空気を嗅ぐようにして当たりを見渡したあと、そう問い掛けてきた。ゆうきは首を振って答える。

「この人数で旅するには食料が少なすぎるんだ。道中で狩るとしても、これから冬が来るんだから、予備はあった方がいいだろ。それに……」

 ゆうきは、ジッとのぞみを見てから、口を開いた。

「野宿慣れしているとは思えない」

 のぞみは大きく頷いて、タマモの背中をギュッと抱きしめた。薄黄色の瞳が細められ、心地よさそうに頬擦りしている。その様子を見ていた河童が「ちっちゃい尻小玉、弱っちい。俺は野宿何回もしてる」と胸を張った。のぞみは目を大きく開いて、河童に向かってパチパチと小さな拍手を送る。調子に乗ったカッパが胸をいっそう反らしたせいで頭の皿から水がこぼれ、タマモの背中を濡らす。

「……何のために、葉っぱを乗せたと思ってるんだ」

 タマモが深く長いため息をついた。ゆうきはそんな三人のやり取りを軽く流して話を進める。


「タマモは犬のフリしてもらおうかな。のぞみは頭巾を被ってもらえば問題ないだろう。万が一その髪色について尋ねられたら、相手の目を三秒見つめてから逸らすといい。染髪の文化は廃れてないから、最悪でもそれで乗り越えられるはずだ」

 ゆうきは説明すると、風呂敷包から取り出した若草色の頭巾を、のぞみに手渡した。そのついでに色つきのサングラスを取り出す。濃い茶色のサングラスは光の加減によっては黒くも見える。


「尻小玉、悪い尻小玉。怖そう」

 サングラスをかけたゆうきを見て、カッパが呟いた。のぞみが同意するように何度も頷く。タマモは、「難儀よの」と息を吐いたのと間違うくらいの声量で言った。ゆうきは三人の反応に曖昧に笑って見せる。

「恐そうなぐらいでちょうど良いんだよ」

 ゆうきはそう自分に言い聞かせるように言うと、カッパへと視線を移した。

「さて、問題はカッパ、お前だ。着物と帽子を貸してやろうとは思うんだが……ドジ踏むなよ」


「俺、着物、初めて。……ドジ?」

 カッパが首を傾げて、頭の上の水がチャプンと鳴る。のぞみが両手でお椀を作って零れてしまわないように皿の近くへ手を伸ばした。

 カッパの皿の水がこぼれずに済んだのをのぞみは口角をあげて喜んだ。


「そう、ドジ。妖怪って今は貴重な労働力なんだよ。人間だと問題になるけど妖怪に人権はないからな」

 ゆうきはカッパの嘴に触れそうなぐらい顔を近づけて、怖がらせるように言う。怯えたように開いたカッパの口から魚の生臭い臭いが漂ってきて、ゆうきは思わず鼻をつまんだ。

「俺、売られる?」

 ゆうきの言葉が意図する事に気づいたカッパがぶるぶると身体を震わせて情けない声を上げた。あまりのショックに、ゆうきが口臭を嫌って鼻をつまんだ事など気にする余裕は無いようだった。


「漢方?粉末?ゴーリゴリ……煎じられる……グツグツ」

 ただでさえ緑色の肌がさらに青くなるカッパ。のぞみが心配そうにカッパの背にある甲羅を撫でさすった。


「……いや、そんな成分も効果も怪しいものを薬にはしないよ。仮にも今は三十世紀だぞ。そうだなぁ……洗濯専用の労働力ってとこかな。冬は水が冷たいから、人間は誰もしたがらないんだよ。自動でやる技術もあるにはあるけど、電気の使用料と妖怪を使う予算がだいたい同じぐらいだからな」

 ゆうきが説明してやると、カッパは胸を撫で下ろした。のぞみが甲羅を撫でていてくれたことに気づいて、「ちっちゃい尻小玉、やさしい」とお礼を言う。それからカッパはゆうきの顔を見た。


「洗濯とは!!尻小玉達、よくやってる遊び。俺、たくさん見たことある」

 右手の握りこぶしを左手にたたき付けて、カッパが目を輝かせる。ゆうきは、遊びとはちょっと違うんだけどな……と内心で訂正したい気持ちに駆られたが、カッパが理解できるように説明できそうもなくて諦めた。


「まぁ、とにかく、僕から離れないで居てね」

 カッパが労働力としてさらわれてしまうと、目覚めが悪そうだと思ったゆうきが念を押す。

「分かった」

 カッパはきゅっと嘴を結ぶと強い意思のこもった真っ黒い目をゆうきに向けて頷いた。その後ろで、のぞみがつられるようにして頷いている。


「それじゃぁ、下りろ」

 二人の様子を見ていたタマモが、のぞみとカッパを促して背から下ろす。大型犬ほどのサイズになったタマモはのぞみの横へピッタリと寄り添った。反対側ではカッパがのぞみの手を握っている。ゆうきはどこか乗り遅れたような気持ちになりながらすぐ近くに見えている町を指差した。


「準備が整ったところで、いきますか」

 ゆうきが気合いを入れた言葉に一行の第一歩が応えた。

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