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狐の心

「尻小玉、休憩」

 カッパが、歩きはじめてからもう五度目になる提案をした。ゆうきはカッパが弱音を吐く度に繰り返した十度目の台詞を返す。

「まだ、大して歩いてないだろ」


 タマモが目を細め、カッパに言った。

「そんなにも体力がなくてよく、今日まで生きてこられたな」

「水中と地上、一歩の負荷違う」

 舌をだらりと出して大袈裟に腕で額の汗を拭う動作をして見せるカッパ。


「カッパの川流れ?」

 のぞみがタマモの背に跨がった状態で首を傾げた。

「川の流れ、乗る。こんな距離あっという間」

 のぞみの言葉にカッパが何度も力強く頷いた。カッパの頭にある皿の中で水が荒ぶる。ゆうきは、じわりじわりと減っていく水に心配と好奇心両方の視線を注ぐ。

「のぞみ、言葉の意味が違うぞ」

 タマモが優しく訂正した。


「もうダメ、一歩も歩けない」

 カッパは宣言すると近くの大岩にへたり込んだ。仕方なく他の一行も足を止める。

「タマモ、カッパを背中に乗せてやってくれないか?」

 カッパの弱音が鬱陶しくなったゆうきの提案にタマモは即座に首を振った。

「小僧の頼みなぞ、聞く気はない。毛も濡れるしな」

 タマモは、カッパの期待に満ちた視線に気づいていないかのような態度で即座に断った。カッパがガクリとうなだれる。

「タマモ、お願い」

 様子を見ていたのぞみの言葉にタマモの耳がピクリと反応した。耳の向きを何度か変え、次の言葉を出すまで間があく。


「お願いとは?」

 ここまでの話の流れを、タマモが分かっていないはずがない。ゆうきはタマモの態度からよほど嫌なんだと察する。

「じゃあ、ウチの足をカッパにあげる」

 のぞみの返答にその場にいた全員がギョッとした。


「そんな、簡単にあげるなんて言わないでよ。もっと自分の体を大切にして」

 ゆうきが慌てて、制止する。のぞみは、意味がわからないという様子で薄い黄色の瞳をただ、ゆうきに向けた。

「尻小玉、欲しい」

 カッパがズレた発言をして、タマモが深く息を吐いた。

「カッパ、そこにある大きな葉を尻に敷いて乗れ」

 タマモはそう言うと鼻にしわを寄せながら、カッパが背に乗りやすいように身を屈めた。



「なんでそこまでするんだ?」

 本意ではない事を無理して実行するタマモを見て、ゆうきは問い掛ける。


「それが、のぞみの願いであるなら私は、叶えるだけだ」

 タマモは当たり前だという顔で答えた。その後ろではカッパが必死になって葉っぱを引っ張り、採ろうとしている。

「そこまで大切にするきっかけを聞いてるんだけど?」

 タマモに聞きながら視線はカッパに向けたまま、ゆうきが尋ねる。返事がなくても気にしないといったポーズを取りたかった。興味はあるが、タマモが答えない選択肢をとった時、大して興味のなかった振りをしたかったから。タマモを相手に下手に出るのはなんだか嫌だった。

 視線の先では、ようやく葉を収穫できたカッパが、勢い余って転んでいた。ゆうきは、皿の中身が空になったかと期待して見たが、上手に転ぶもので、皿の中の水はほとんどこぼれていない。カッパはその葉っぱをズリズリと引きずってタマモの背に投げた。ふわりと舞い上がった葉は、カッパの狙い通りにタマモの背に着地した。


「私がまだ幼い頃。食べられるキノコと食べられぬキノコを間違って食したことがあってな。弱った私の愚かさを、誰もがあざ笑う。私は朦朧とする意識の中で自分の無力を認め、苦しみをただ受け入れていた。私ですら私を捨てたのに、のぞみだけは、手を指し伸べた。知識がない者・弱い者を捨て置くべき世界で、のぞみだけが拾い上げてくれた。これが、どんなに得難い経験なのか、小僧にはわかるまい」

 意外にもタマモは饒舌に語りだした。その言葉を受けて、のぞみは首を振る。

「役立つこと、それがウチの生きる意味で、生きていい理由」


「……へぇ」

 ゆうきには、タマモの気持ちが分からなかった。たった一度、助けられたからといってその後、他者に縛られて生きることにどれほどの価値があるのだろう。まだ、自分のために行動しただけだと切り捨てるのぞみの言葉の方が理解できた。それでも、タマモはのぞみを愛おしげに見つめるし、のぞみはそんなタマモにあっさりと自分の心臓を渡すのだ。それを持たないゆうきは、二人の弱さを何処か冷めた目で見つめる。


「さぁ、出発!!」

 タマモの背に乗ったカッパが足をばたつかせて元気良く号令をかけた。タマモがカッパを「大人しくしろ」と叱責する。

「尻小玉、ちっちゃい」

 立ち上がったタマモの背の上からカッパがゆうきを見下し、偉そうに言った。

「平均的な十五歳の身長だよ」

 ゆうきが言い返した言葉に、タマモが驚いたような声を上げる。

「人間の十五歳というのはまだ、親元にいるべき時期ではないのか?」


 ゆうきは、タマモの声に肩をすくめて見せ、自信の瞳を指差した。瞳の中に咲く桜が太陽光を受けてより一層透明度を増す。

「不幸ぶるつもりは全くないけど、人間っていうのは、違うものを許せないのさ。両親はそれでも、自分たちの子供だからと可愛がってくれたけどね。自分の存在が誰かの行動を制限するというのは、苦しいものだよ。一人で生きるのは、効率が悪くて、不便だけれど、よほど気楽で自由だ」


 ゆうきの言葉にタマモは、「そういうものなのか」と頷く。


「君達妖怪は、相手の見た目が全く違っていても気にしないよね。それができるということは発展するという一点において有効だと思う。人間っていうものは自ら進んで絶滅に向かっていく程、愚かな生物だから。思考がどれだけ発達しようとも、いや、発達したからこそ、その他大勢である心地よさと、異物が混ざることに寄る立場を脅かされる不安がどうしようもなく怖いのかもね」

 ゆうきはそう言い切って、自分の歩くべき道をまっすぐに見つめた。遠くの方に赤い屋根がまばらに見えている。人が住んでいる場所まではあと十分も歩けばつくだろう。

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