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旅立つ

「本当、ふざけてるよな。なんで、修理できないの」

 ゆうきは綺麗に吹き飛ばされた屋根を見て怒りの声を上げた。

 お椀の下で何やらネズミの鳴き声に似た声が弁明している。オオニュウドウは風を操れても、大きな実体があるわけではないのだ。吹き飛ばした屋根をつまんで元にもどすといった芸当はできない。オオニュウドウの説明を聞いたゆうきは頭痛がする気がして自分の額に手をやった。

 汁椀で捕獲されたオオニュウドウはキンキンと高い声で提案する。

「家がないなら、村に帰ってくれば良いじゃないか」


「それで?僕はどんな生活をその村で送るの?」

 ゆうきは腹立ち紛れに、汁椀の上に小石を積みながら聞く。


「暗く深い枯れ井戸で何不自由なく食事が与えられる。存分に周囲を畏れて過ごせば良い」

 好条件だろう?とでもいいたげな響きを持ってオオニュウドウが答えた。


「なんともまぁ、自分勝手なことで」

 ゆうきは鼻で笑った。

「尻小玉、どうするんだ?」

 水掻きのついたひらべったい足をペタリと踏み出してカッパがゆうきを見あげる。太陽の光がカッパの黒い瞳に映ってキラリと光った。


「……どうせ、追っ手はまた来るんだろう?」

 ゆうきは雲一つない空を見上げた。カラスが空を渡って行くのを見る。


「そりゃ、盗人を放置する道理はないだろう」

 タマモが答えた。

「どうするの?」

 ゆうきが下す決断を、のぞみは待ちわびるように薄黄色の両目を向ける。


「行くか」

 ゆうきはカラスが空のずっと奥へと飛び、黒い点になって風景に溶け込むのを見送ってから、決めた。


「どこへ?」

 タマモが鼻で笑う。


「尻小玉、俺みたいな奴でも笑って暮らせる街が、東にあるって聞いたことがある。そこ行こう」

 ピョンピョンとカッパが右手をあげながらジャンプして言った。バシャリバシャリと頭の水が荒れ狂っている。


「まさかついて来るつもりなの?」

 ゆうきは、カッパの頭に乗った水がすべてこぼれてしまったらどうなるのだろうかと思いながら、カッパの派手な動きを制するように両肩に手を置いた。


「旅は道連れで、世は情けだと聞いたことがある」

 ジャンプを制止されたカッパはブンブンと頭を縦に振った。皿の水が生きているかのようにうねり、跳ねる。

「なぁ、余計なお世話かもしれないが、頭に乗ってる皿から水が無くなったら、弱るんじゃなかったか?」

 ゆうきは仕方なくそうつっこんだ。

「尻小玉、よく知ってるな。皿の水が無くなったら干からびる」

 勢い良く頷いたカッパの皿から水が跳ねてゆうきの腕に散った。


「……そうか」

 ゆうきの本意に気付かないままのカッパを諦めてゆうきは話題を切り上げる。

「目指すのは東?」

 のぞみが確認するようにゆうきを見た。

「まぁ?」

 ゆうきは、心の中で「他に魅力的な案も無いし」と続けた。


「尻小玉の宝庫!!」

 上機嫌なカッパが大きな声を出し、嬉しそうに嘴を楕円形に開く。

「……つくづく、お前は妖怪に向かないよ」

 ゆうきは無邪気に喜ぶカッパを見て苦笑した。


「向くとか向かないとかじゃない。俺はカッパで、尻小玉は尻小玉」

 カッパは腰に手を当てて胸をそらす。何処か誇らしげな様子のカッパにゆうきは興味本位で聞く。

「尻小玉を取って、どうするの?」

「眺める!」

 カッパはガバッとゆうきの両腕を掴んで言った。

「尻小玉、いろんな色があって形もいろいろ。綺麗。尻小玉たくさん持っているのは相撲が強いってこと。皆に尊敬してもらえる」

 カッパは目をギラギラさせて語りはじめる。

「尻小玉たくさんあったら、馬鹿にされない」

 半分以上聞き流していたゆうきの耳にカッパのその言葉が突き刺さった。


「尻小玉の魅力わかったか?」

 カッパは直前の言葉に混じってしまった弱さを打ち消すように明るく締めくくった。


「あぁ」

 ゆうきが頷く。

「なら、相撲しよう」

 カッパはゆうきの反応に目を輝かせ、地面に大きな丸を描いて、その真ん中にイコールみたいな模様を描いた。

「だけど、カッパ。相撲を取ることで僕にどんな利益がある?」

 ゆうきが切り替えした言葉を、カッパは腕を組んでウンウンうなりながら考えはじめた。ゆうきはそんなカッパを放置して、屋根の吹き飛んだ自宅に入る。

 冬を越すつもりで備蓄していた食料と着替えを風呂敷に三つ、まとめる。

「これが、のぞみの分。着物の色合いは柔らかいものにしておいた」

 ゆうきはそういうと風呂敷をのぞみに手渡した。のぞみは微かに頷いてその風呂敷を背負った。

「で、この食料は、タマモが運んでくれ」

 ゆうきはタマモの犬歯に風呂敷の結び目を引っ掛ける。

「お前のためじゃない、のぞみのために、力を貸してやる」

 タマモは口の端を、苦虫でも噛み潰したような調子で不自然に持ち上げながら返事した。


「俺のは!?」

 カッパが目を輝かせて水掻きのついた手を招くようにパタパタと動かす。

 ゆうきはすこし考えて、ガスコンロと鍋を風呂敷に包み、カッパに渡した。カッパは両手で受け取り、まるで宝物のように胸に抱きしめた。

「なるほど、旅は道連れだ」

 ゆうきはぼそりと呟く。


「さて、後の準備は……雨が降ったら困るから、ビニールシートを被せるのを手伝ってくれ」

 屋根の無い自宅にビニールシートを被せてしっかりと固定し終わった一行は東に向かって一歩を踏み出した。


 汁椀の下で一部始終を聞いていたオオニュウドウは、ゆうき達一行が十分離れるのを待って、自分の上に被されたお椀を吹き飛ばした。

「村長様に報告しなくては」

 オオニュウドウがそう呟いた事を、ゆうき達は知らない。

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