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邪魔者

 鍬を片手に扉を開けたゆうき。その目の前に、苔色の鱗に覆われた、黄色い嘴の妖怪が立っていた。


「良かった、尻小玉。ここで合ってた」

 カッパは口を楕円形に開いてその場でピョンピョンと飛び跳ねる。白目の無い瞳が嬉しそうに細められた。

 ゆうきはその姿を認め、そっと引き戸を閉じる。


「尻小玉!!」

 直後、どんどんと激しくドアが叩かれた。ゆうきはカッパにドアを開かれないように全力でドアを押さえる。

 ドア越しにガタガタと力技で扉を開こうとするカッパの気配を感じながら、鍬をつっかえ棒がわりに立てかけた。

「何しに来たんだよ」

 ゆうきは、鍬によってしっかりとロックされたドアに向かって、問い掛けた。

「尻小玉、失礼な奴。でも、人少ない」

 端的にカッパが答える。

「だから、一緒にいる」


「お引き取りくださって結構です」

 ゆうきは心の底から返事した。

「なら、尻小玉くれ」

 カッパが出した交換条件にゆうきはドアにはさんでいた鍬を外した。二言目には尻小玉。この単細胞には何を言っても無駄だと諦め、言葉を交わす労力が馬鹿らしくなっ。ガラリとドアが開き、カッパが再び姿を現わした。


「尻小玉と、狐と、尻小玉?」

 カッパは玄関の外から家の中を覗き込み、ゆうき、タマモ、のぞみの順に指差して首を傾げた。カッパの頭上でチャプンと水が跳ねる。


「……タマモだ」

 タマモはめんどくさそうにあくびをしながら言った。ゆうきが繰り広げた一連の態度から敵ではないと判断したのだろう。のぞみは薄い黄色の瞳をぼんやりとカッパに向けている。

「尻小玉二つ、ちっちゃい方の尻小玉、相撲するか?」

 カッパがのぞみを指差して提案したが、のぞみは首を横に振ってそれを拒否した。のぞみは、タマモの首の辺りを優しく掻くように撫でる。タマモはその手に頬を擦り寄せている。


「だれも、相撲とってくれない……」

 しょんぼりとカッパがうなだれた時、空から声がした。

「相撲してやろうか?」


「尻小玉!?」

 期待に満ちた目でカッパが空を見上げた直後、カッパのいた場所に大きな足が降り注いだ。

「大きさが違うから、無理か」

 まるで空が割れるような音があたりに響く。カッパを小馬鹿にした響きが家の中に反響した。


「……オオニュウドウか」

 タマモが苦々しげに呟く。

「のぞみ、居るんだろう。さっさと村に戻って来い」

 地響きに似たオオニュウドウの声が再び大空から降り注いだ。ゆうきとタマモは、視線を交わして外に飛び出す。


「なんて、失礼な奴!」

 オオニュウドウの足の親指あたりでカッパが飛び跳ねながら怒りをあらわにしている。ゆうきはカッパが踏み潰されていなかったことにほっとした。もし玄関の前で潰れていたら掃除の手間が増えるところだった。


「タマモ、しばらく見ないうちにちっぽけになったなぁ」

 オオニュウドウが、ゆうきの家ほどもある顔を近づけて言う。その口から言葉とともに吐き出される息で吹き飛ばされそうになるゆうき。維持でも飛ばされまいと足に力を込めた。


「相変わらず、図体ばかりがデカいようで。脳の大きさは変わってないようだな」

 タマモが縮めていた体を戻し、うなり声をあげた。それでもオオニュウドウと比較するとタマモは子犬ほどのサイズだ。


「フン。なんとでもいえ。わざわざ村長に盾突く愚か者の言葉などとるに足らんわ。さぁ、のぞみ、帰るぞ。そんなちっぽけな家にいつまで隠れてるつもりだ?」

 オオニュウドウは言うなり、家の藁葺き屋根を吹き飛ばした。

「おい、僕の家を……ふざけんな」

 ゆうきは叫ぶと、オオニュウドウの足の親指めがけて鍬を振り下ろす。ガッと慣れた手応えを感じ、ゆうきは鍬を振り下ろした場所を確認した。踏み固められた地面に鍬の先が刺さっているだけで、オオニュウドウの足には傷一つついていなかった。確かに鍬はオオニュウドウの足を捕らえたはずなのに。ゆうきがうろたえていると、「小僧、馬鹿か」タマモがぽつりと呟いた。


「相手はオオニュウドウだぞ」

 タマモが続けた言葉にゆうきは考える。確実に踏み潰されたように見えたカッパが無事で、突き刺したはずの鍬が空振りの理由を。一つの仮説を元にゆうきは声を張り上げた。

「あぁ、そうか。オオニュウドウ。お前は体をデカく見せかけることだけが得意なんだな。実態が無いんだろう。見た目だけ取り繕おうが、中身がからっぽじゃどうしようもないな」


「五月蝿い。そんなことはない」

 オオニュウドウがムキになって言い返す。その様子にゆうきは、自分の仮説が正しいという手応えを感じた。


「へぇ、でも、ほら。小さくなるのはビビってできないだろ。体格でしか自分の力を誇示できないなんて格好悪い奴だな」

 煽るようにゆうきは言葉を紡いでいく。


「そんなことは無い」

 オオニュウドウはシュルシュルとその体を縮め、ゆうきと同じ位のサイズになった。スキンヘッドに太い眉毛、彫りの深い顔立ちの男が腕を組んでどうだとばかりにゆうきを見た。

「へぇ、対等になるのが限界か?豆粒サイズにはなれ無いんだろ。自分が相手を見下げるのはできても、相手を見上げるのは怖い?怖いよなぁ。中身からっぽだから。中身のある奴なら、そんなことでビビったりしないもんな」

 囃し立てるゆうきにオオニュウドウは、顔を真っ赤にしてその姿をさらに小さくする。


 ゆうきは、そのタイミングを逃さずオオニュウドウのいた場所に汁椀を被せた。甲高い、ネズミの鳴くような声がその椀の下から聞こえる。

「やっぱさ、体の大きさより、頭の中身の充実を考えた方がいいよ」

 ゆうきは呆気なく着いた勝負をそう締めくくった。


「さて、これからどうしようか」

 屋根の無くなった自宅を見上げて、ゆうきはため息をつき、おでこに手をやった。

 タマモは、屋根の消えたゆうきの家に頭を突っ込んでのぞみを優しくくわえるとその背に掴まらせた。ゆうきが次に何を言うのかを見定めるように瞳孔を細める。

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