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一休み

「後で、追いつくから先に行け」

 息も絶え絶えにタマモが言った。その目がのぞみを愛おしそうに見つめる。のぞみはその目をただまっすぐに受け止めると、小さく頷いた。

「えっと、医者を呼ぶ?獣医?でも、ここらへんにそんな技術を持った人間なんて住んでないし」

 状況を飲み込もうとあれこれ考えるゆうきを尻目にのぞみは、ガサガサとあたりの草を集め始めた。


「何をしてるの?」

 ゆうきがタマモとのぞみを交互に見ながら問い掛ける。

「薬。ウチ、村長様の毒を解毒する方法知ってるから」

 のぞみは短く答える間に近くにあった石で草をすり潰しはじめた。


 ゆうきは手持ちぶさたをごまかすようにタマモの頭付近でそれをただ観察していた。草をすり潰し終わったらしいのぞみが葉の窪みに緑色の汁をいれて戻ってきた。のぞみは肘でゆうきを押しのけ、その草の汁をタマモの口に流し込む。


「グッ」

 汁がタマモの舌に触れた瞬間、タマモが吐き出すそぶりを見せた。

「薬、苦くても飲み込んで」

 のぞみは両手でタマモの口を抱き抱えるようにして言う。タマモの閉じた目が辛そうにしかめられるのをゆうきは見ていた。やがて、タマモの喉が動き、呼吸が穏やかなものへと変化していく。

 ゆうきはホッと息をついたが、のぞみの顔は険しいままだった。


「……回復が遅い」

 のぞみは一瞬迷うような顔をした後、おでこをタマモの額につける。

 たき火の爆ぜる音と、岩の隙間を通りすぎる風のような音がのぞみの唇から漏れ、周囲が青く光った。のぞみとタマモを中心に風が渦巻く。やがて、のぞみの胸元から手の平ほどの光のたまが出てきた。その球がゆっくりと、雪の舞うようなスピードでタマモの胸元へと移動し、染み込むようにして消えた。


「これで多分、大丈夫」

 のぞみはそう呟くとタマモの腹に向かって倒れ込む。タマモは、すこしだけ首を動かしてのぞみを見ると、その柔らかな尾をのぞみの体に被せて、目を閉じた。


「えっと!?だ、大丈夫なのか!?」

 ワンテンポ遅れてゆうきがかけた声は、タマモとのぞみが立てる寝息にかき消される。


「なんなんだよ。僕だけほっとかないでくれよ」

 ゆうきは抗議の気持ちを込めてタマモの耳をつまんだ。タマモは煩わしそうに耳を動かし、ゆうきの手を払った。ため息をついたゆうきは、そっとタマモの尾を持ち上げてのぞみの顔を見る。穏やかな寝顔だった。それに安心したゆうきは自らのベタつく身体を見下ろす。


「ちょっと身体洗って来てもいいよな?」

 返事をするようにタマモの耳がわずかに動いたのを確認したゆうきは、水音を頼りに川を探し始めた。


 タマモとのぞみから離れて十歩ほど歩いたところに川はあった。ゆうきはその幸運を口笛を吹いて喜び近づいていく。


「おぉ、久々の尻小玉(しりこだま)

 川上の方からあぶくが上がるような声がし、ゆうきはそちらを眼球だけを動かしてみた。言葉を発したと思われる小柄な生物をすぐに視認するゆうき。苔色した鱗に覆われた肌を持つカッパだった。ゆうきを迎え入れるように両手を広げて待っている。黄色い嘴の間には鋭く細やかな歯が並んでいた。


「やだよ。相撲はとらないよ」

 ゆうきは落ち着き払って言うと、カッパから少し距離を取って、着物を脱ぎはじめた。べたつく猟銃をその着物でザックリと拭ってから、川に着物を浸す。流れに沿って、ゆうきが着ていた紺色が揺らめく。

「細かな部分の掃除は帰ってからかな」

 ゆうきは猟銃をいろんな角度に傾けながら呟いた。冷たい風がゆうきの肌を撫でていき、ゆうきは着物を川の水で洗ったことを後悔した。しかし、ガマガエルの粘液まみれでいるのも堪えがたく、どちらを選んでも不満が残りそうだった。


「相撲とらねぇと、尻小玉とれないじゃないか」

 カッパがバシャリと川の中で足を踏み鳴らした。光彩のない真っ黒い二つの目をジィとゆうきに向ける。

「尻小玉賭けてまで相撲とる事に、僕の利益はないだろ?」

 ゆうきはまだ冷たい川の水に身を浸し、ブルッと身を震わせた。刺さるような冷たさに堪えながらへばり付いた粘液を洗い流していく。


「カッパがいる川に身を浸すとは、尻小玉くれるってことだな」

 カッパは黒い目をキラリと輝かせて、飛び掛かろうとするように両腕を上げた。つかみ掛かろうとするように水掻きのついた手の平を広げ、前屈みになる。

「いや、そのくそ真面目さに賭けただけだよ」

 カッパの動作に動じることなくゆうきは言い、頭を川につけて粘液を洗い流していく。


「現にここまで、お前は話しかけるだけで一歩も僕に近づいて来ない。相撲を申し込み、了承され、勝利してから尻小玉、つまり魂を奪うセオリーにこだわってるんだろう?」

 カッパの行動を分析しながら髪を洗い終わったゆうきは頭を大きく振ると水気を飛ばす。その水しぶきがカッパにかかった。


「おい、尻小玉。ずいぶんと詳しいようだな」

 カッパは自らにかかった水しぶきを拭いながら黒い瞳を探るような楕円形に変えて言った。

「人類より妖怪類の方が数の多い時代だから。妖怪が畏れで力を得るなら、人類は知識で畏れを封じ込めるもんだよ」

 洗い終えた着物をギューっと搾り、まだ水分を含んだままの着物を丁寧に畳んだ。ゆうきはカッパに背を向け、のぞみとタマモの待つ場所へと踏み出した。


「さようなら」

 ゆうきの背にカッパが覆いかぶさり、悲痛な声を上げた。

「待て尻小玉。人類より妖怪の方が多いとはどういうことだ」

 ゆうきの引き締まった体にカッパのぬめりが直に触れ、そのあまりの気持ち悪さにゆうきはげんなりした。再び川で体を洗わなくてはならないのか。その手間にたいする怒りが胸の奥からふつふつとわいてきた。

 ゆうきはため息をつくと、カッパの右手を掴み、お辞儀をする勢いに任せて投げ飛ばす。


「人類が絶滅危惧種になって三百年は経ったと言うのに知らないもなにもないだろうよ」

 地面にたたき付けられたカッパを見下して、ゆうきはさらに一歩踏み出した。その足首をカッパの手が掴む。ぬるりとした感触が、ゆうきにガマガエルの舌を思い起こさせる。ゆうきの背中をぞわりとしたものが駆け上がった。


「教えてくれ。教えてくれたらカッパの傷薬をやるから」

 カッパはゆうきの足首を掴む手に力を込めた。


「……それ、人間に使えるか?」

 ゆうきはカッパの申し出に興味を引かれたように問い返した。

「あぁ、使えるとも」

 カッパは何度も頷いた。

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