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5.破壊と再生の力の真実(下)

 しばらく進むと、ひときわ大きな木の下で、フード付きのローブを羽織っている少年らしき姿を見かけた。それは木に背を付けて、ぐったりと寄りかかっている。おそらくあれが、ヒールたちが追っていた植物人なのだろう。

 ハインツは両手を腰に当てて、息を吐きだしながら空を仰ぎ見た。


「俺が手を付ける必要すらなかったな」


 フードをめくると、植物人の姿が露わになった。植物人を形作っていた葉は落ち、枯れていく。物寂しい空気を漂わせていた。


「ねえ、この植物人、どうして人間たちの前に現れたのかしら。あの人たちが何かを乱暴に扱ったのかしら?」

「それは本人たちに聞かないと、わからない。ただ、乱暴に扱った人間に対して懲らしめたいのなら、もっと人通りが少ないところでやるはずだ。……もしかしたら、この植物人は街の様子を見たかっただけなのかもしれない。そこで人間たちがいる通りに出てしまったという、不運なことになってしまった。――俺が聞いた限りでは、奴らに人を襲う気なんてない」

「誰かが強くそう言ったの?」

「ああ。――今回も襲う気なんてなかった。ただ、気になることがあって近づいた。そこで人間たちに驚かれて、植物人自身も驚いてしまい、収拾がつかなくなって、種も落としてしまった。人間たちが気づかないだけで、植物たちもちょっとした刺激で、思いもよらない行動をとる」


 ヒールは普段から見ている花たちの様子を思い浮かべた。

 水をやり、丁寧に手入れをすれば、元気よく育っている。だが忙しくて、あまり手をかけないでいると、いつもよりも萎れ始めるのが早くなっている気がした。

 さらに、急激な温度変化など、過度な負荷をかけられた木や植物たちが、ある日突然葉や花を落としてしまった、という話も聞いたことがある。

 そのような事例から判断すると、今回は植物人が、何らかの驚きなどで力を制御できず、人々に迷惑をかけてしまった、というのが事実として正しいのかもしれない。


「その子、助けられないの?」

「残念だが助けられない。もともと無だったものが形作られて、動く存在になったものだ。俺が何かをしなくても、いつかは散り散りの葉っぱへと戻っていく運命さ」


 大樹の周りには小さな草花が生えている。夜に咲く花もあるのか、月明かりに照らされて、ささやかに輝いている花もあった。


「まあ、俺の力が再生や生長で、それを使いこなせていれば、助けられる植物人もいたかもしれないな……」


 ハインツはぎゅっと手を握りしめる。


「あのちょび髭親父、俺には普通の再生の力よりも、もっと違う力をあげるって言いやがって……」

「ちょび髭親父って、私が会った人?」

「かもしれない。おそらく今、力を持っている人間の大半は、そいつの力によるものだと思う。この前、そいつの目撃情報を便りに隣町に行ったら、ようやく再会できた。力は使いこなせているかい? なんて、嫌みを言いやがって……」


 ハインツはぎりっと歯を噛みしめている。そんな彼にそっと近づいた。途中で足元に生えていた花たちが光った。普通であれば見向きもしないような小さな花たちだ。それらが盛んと輝いている。特にハインツの周りでは顕著だった。

 まるで彼のことを慕っているかのように――。


 その光景を見て、唐突に一つの仮説が思い浮かんだ。植物を愛している彼の力が、破壊だけというわけがない。

 ヒールは言葉をめぐらして想像し、それを声に出してみた。


「ねえ、ハインツ、破壊と生長、言葉は違うけれど、私は同じだと思うの」

「はあ? 壊すと伸ばすで、全然違うじゃないか」

「生長を促進し続ければ、その先には壊すことになるとは思わない?」


 ヒールは地面に落ちていた緑色の葉っぱを取り上げた。それをじっと見て、手に力をこめる。葉の緑色が濃くなったが、やがて赤へと変わり、最終的には枯れて粉々になってしまった。


「ほら、私もある意味では破壊の力を持っているのと同等じゃない?」


 彼に対して、にっこりと微笑む。彼は困惑した表情で、自分の開いた手を見ていた。


「破壊の力にするか否かは、使い方によってじゃない?」


 ヒールは植物人の上着についている種子をつまみ上げた。それを彼の手に乗せる。


「創造してみて。枯れるまでの軌跡を思い浮かべないよう、慎重に。ハインツが持っているのは、破壊じゃない、力が強すぎる生長の力よ。植物を決して見捨てたくない、貴方の想いを信じて……」


 ハインツは両手で種子を覆った。目を閉じると、そこから小さな光が漏れ出てくる。ゆっくり手を開けると、芽が出てきていた。それは黙々と生長し、葉をつけて、つぼみがなり、やがて花が開いた。

 彼はそこでさらに意識を集中させようとしたが、ヒールは軽く腕を叩いて制した。


「そこで力を緩めて終わりにして。――ほら、破壊までいかないでしょ?」


 ハインツは目を見開いたまま、小さくうなずく。彼がそっと花の根っこを地面におろすと、根っこは土に入り込み、一輪の花がその場で可憐に咲き誇った。

 ヒールはぐったりしている植物人に目を向けて、優しく語りかけた。


「あなたという形がなくなっても、あとの世代が生き続けてくれる。あなたの養分がこの花たちの生きる糧になるのよ。怖がらないで、寂しがらないで……」


 植物人の頬と思われる部分に手を触れる。ひんやりと冷たいが、ほのかに温かい気もした。口もないが、何となく「ありがとう……」と言っているような気がした。

 やがて植物人の体が崩れていく。ローブはだぼだぼになり、形作っていた茎や根は細くなり、枯れていった。さらには全身粉々になっていき、最終的には地面にローブだけが残った。


「……ヒールの言うとおりだな。さっきの植物人は、ここで枯れることで、この植物たちの生きる養分となる。他の地でいなくなったものたちも、同じように養分となる。すべては循環して、自然界の中で生きる糧になるんだろうな」

「ええ。理由なく存在しているものはいない。ここにいた植物人は、この周辺にいる植物たちの肥料となるために、ここに辿り着いたと思えば、無駄なことではないでしょ?」

「わざわざ大変なことだな。だが、人間の前に現れたのはまずかったな……。しょうがない、どうにか誤魔化すか。こういう時のために、俺たちみたいな人間がいるんだろうな。まったく、これからまた力の調整をしていかないと……」


 ハインツがふっと表情を緩めた。彼の横顔を見て、ヒールも顔を緩めた。

 破壊としか捉えていなかったが彼が、少しでも気の持ちようが変わればいいと願った。



 * * *



 植物人が起こした事件は、一時期は犯人の話で盛り上がったが、直接的な大きな被害はなかったため、そこまで大ごとになることはなかった。ハインツが町の自警団員から話を聞いた限りでは、数日で話題にはあがらなくなったらしい。

 他の植物人の動向を気にしつつも、ヒールは元の生活に戻っていった。


 ある日、朝から水をあげていると、ハインツが顔を出してきた。肩には大きなリュックサックが背負われている。それを見て、ピンっときた。


「もしかして旅に出るの?」

「そうだ。ここを拠点として出歩くにも限界が出てきた。他の町にも困っている植物人や力を持った人間がいるからな。そういう奴らの助けになりたい。それに……俺がいると、植物人が現れやすいからな」

「そうなの?」

「ヒールは今まで植物人と会ったことがなかったんだろう? どうやら俺の力は強すぎるみたいだ。だからそれに惹かれて、出てきている可能性が高い」


 それを聞いて、押し黙った。たしかに彼の言っていることは一理ある。今まで出会ったことがなかった植物人と、彼と一緒にいるようになってからはよく遭遇するようになった。


「もし今後、この町に植物人が現れたとしても、ヒールがどうにかしてくれるだろう?」


 ハインツがさも当然のように言ってくる。期待を持って言われたが、すぐに首を縦に振ることができなかった。

 あの時の植物人の行動が気になる。ハインツが現れて止めていなければ、あまりの痛さに気を失っていたかもしれない。あれ以降、接触はないし、彼の言い分からして今後は出てくる可能性は低いが、また遭遇した時のことを考えると不安はある。

 俯いていると、ハインツは握りしめた手を伸ばしてきた。


「手を出せ」


 言われるがままに手を出すと、押し花がされたペンダントを渡された。それはヒールが知っている知識を総動員すると、『桜』と呼ばれる、大変珍しい花だ。

 ペンダントをじっと見て、目を瞬かせてから彼を見る。彼はそっぽを向いて、頬をかいていた。


「それは魔除けの意味も含まれている花だ。多少なりとも植物人は避けられるかもしれない」

「これ、桜でしょ!? 遠い東の国が原産の、すごく珍しい花じゃない! こんな高価なもの……」

「俺が持っていても意味はないからやるよ! 惹かれる立場の人間だから、何しても変わらない。でも、お前は普通の人間だから、効果はあるかもしれないだろう。もし効果がなかったら、捨てておけ」


 押し返そうとしたが、逆に言葉の応酬で押し切られた。桃色の花びらが、大きく花開いている。アクセサリーとしても、魅力的なものだった。ペンダントをそっと包み込む。


「……わかった。ありがとう。大切にする」


 ヒールは顔をあげて、ハインツに目を向けた。


「ねえ、もし植物人が現れたら、どうすればいいの?」

「そうだな……、別に特別なことをしなくてもいい。ただ、植物人に寄り添えばいいんだ。何かを求めていたら、それを与えればいい。寂しそうだったら一緒にいればいい。そんなところだ」

「なんだか難しそう」

「ある程度は慣れも必要かもな。――植物人に悪いのはいないと思っていろ。それがわかっていれば、そこまで怖くないだろう? あと、人気(ひとけ)のないところに近づかなければ、そう簡単に現れないさ」


 色々と言ってくれるが、不安なのは隠し切れない。力では敵わないと知ったためだ。

 見かねたハインツは息を吐きだして、腕を組んだ。


「じゃあ、一緒に行くか?」

「……え?」


 思わぬ言葉に、目を丸くした。

 しかし反応を見た彼は、微かに頬を赤くして、すぐに笑い飛ばしてきた。


「冗談に決まっているだろ! ヒールの考えが正しければ、お前も破壊の力を使うことができるはずだ。何かあったらそれを使ってみろ」

「……そうね、そこまで言われれば、大丈夫かなって思ってきた」

「そうか、なら頼むな」


 ようやくハインツの表情が緩んだようだった。

 彼は一歩離れて、旅に出ようとする。それを見てヒールは逆に一歩近づいた。


「ねえ、ハインツ、やっぱり不安な部分はあるし、植物人の現状についても知りたいから、定期的に顔を出してくれない?」


 思い切って言うと、今度は逆に目を丸くされた。


「俺が来れば、それだけ植物人が現れる可能性も高くなると思うぞ?」

「それでも会いたいの! 同じ境遇を持つ者同士、もっと話をしたいの」

「……本気か? ほら、あまり流れ者の男が個人的に会うのは……」


 ハインツが歯切れ悪く言ってくる。ヒールは一瞬首を傾げたが、すぐに彼が言わんとしていることに気づき、顔を赤くした。


「べ、別にいいのよ! 気にしないから!」


 必死に弁明すると、ハインツは自分自身に対して説得させるかのように、小刻みに首を縦に振った。


「そ、そうだよな、気にしないよな……。ま、まあ、ここは分岐点としても来やすい町でもあるから、寄ったときには顔を出すことにするよ」

「よ、よろしくね……」


 ハインツの慌てぶりを見て、ヒールも恥ずかしくなってしまった。不思議と心臓が力強く脈打っている。深い意味はあるかもしれないが、今は考えるのをやめることにした。


「じゃあ、そろそろ行くな。馬車が出るから」

「あ……、気をつけてね」

「また来るな」


 彼から手を差し出されたため、ヒールは握り返した。大きく温かな手だった。

 再会を約束して、手を振りながら彼を見送る。大きな背中が建物の影で見えなくなるまで、ヒールはずっと見守っていた。

 やがて残ったのは贈られた桜のペンダント。それをそっと両手で包み込んで、首からかけた。

 今日の空は雲一つない快晴。花たちにとっては恵みの光だ。




 了




お読みいただき、ありがとうございました。

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