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4.破壊と再生の力の真実(上)

「今日はいつもよりも嬉しそうだな」

「え、そう?」


 いつもの定食屋でハインツと食事をとっていたヒールは、目を瞬かせた。肉の味付けが好みにあっていたのが、顔にでたのだろうか。


「出会ったときから、雰囲気が明るかった。気分が上向きなのは良いことだ。植物の生長にも影響してくるからな」


 ヒールはフォークをそっと皿の上に置いた。


「たしかに機嫌は良かったかもしれない。花束を贈った友達が、父親と仲直りしたっていう話を聞いたの」

「どんな種類の花を贈ったんだ?」


 ハインツが興味を持って聞いてくる。ヒールは両手を机の上で握りながら、柔らかな表情で答えた。


「チューリップを主にして花束を作った。チューリップは広く知られている花だから、ご両親にも認知されていると思って」

「なるほど。チューリップは形も特徴的で覚えやすいし、この町でもよく見る花らしいからな。きっとヒールが花束を作ったから、より元気に咲いている花を渡せたと思うぞ」


 ハインツはたいていぶっきらぼうだが、花の話をしている時は、少年のように楽しそうに話す。植物が好きであり、花を愛している青年なのだろう。

 だからヒールは気になった。なぜ、彼が破壊の力を持ってしまったのか。そしてヒールは生かす力を持っているのか――。二人の間に、どんな違いがあるのだろうか。

 最近、彼に力のことについて尋ねても、微妙に話題を逸らされていた。しかし、今なら聞いてもいいのではないだろうか。

 思い切って聞こうとした瞬間、食堂の外から悲鳴があがった。

 叫び声を聞いた食堂にいた人たちは、一瞬静まり返る。やがてざわめき始めた。


「おい、いったいなんだ、さっきのは。通り魔か?」

「こんな大通りで通り魔? なんて物騒な土地なの?」


 ざわざわと声がさざめいていく。ヒールは彼らが抱いた言葉だけでなく、他にもやもやとした想いも抱いていた。

 いつも持っている温かいものが、急激に冷えていくような感じが――。


「俺、ちょっと様子を見てくる!」


 筋肉質な三人の男たちは、それぞれ得物を持って食堂の外へと出て行った。それに遅れること数秒、ハインツも立ち上がった。


「見てくるの?」

 彼は強ばった表情で頷いた。


「ああ、なんだか嫌な予感がする……。何かが悪さをしているのかもしれない。何が起きるかわからないから、お前はここにいろ」


 ヒールは首を横に振って、すっと立ち上がった。


「私も行く。たぶんハインツと同じ考えを抱いている気がする」

「お前もっていうことは……」


 彼は言葉を飲み込み、喧噪でざわめく食堂の中を突っ切っていった。ヒールもそれに続いて外にでる。

 外では何カ所かで人の集団ができ、その中で人が座り込んでいた。ある集団の中にいた女性は自分自身を両手で抱きしめながら、全身を大きく震わしている。


「おい、大丈夫か? 何があったんだ?」

「……はっ……」


 女性は強ばった表情で顔を上げた。


「は、葉っぱでできた人が、襲ってきたのよ!」


 周囲にいた男たちは動きを止めた。次の瞬間、眉をひそめる。


「はあ? 何を馬鹿なことを言っている。葉っぱが人の形なんかになるわけないだろう! せめて暴漢に襲われたとでも言えよ」

「本当のことよ! そこにいる人たちも同じものを見ていたわ! だから驚いているんじゃない!」


 視線が失神している女性と彼女を支えている青年に向けられる。青年は大勢の人たちに見られると、びくっと肩を震わした。先ほど馬鹿にした男が彼らに近づいていく。しかし、その前にハインツが横に割って入った。彼はしゃがみ込んで、青年と視線の高さを合わせる。


「おい、お前――」

「葉っぱや蔓などで作られた人型のものが通っていったのか?」


 青年は目を丸くした後に頷いた。


「裏路地から人の形をした巨大な影が出てきたんだ。それと視線が合うと近寄ってきて、俺たちのことを覆うようにしてきた。驚いた彼女はそこで気絶して……。俺が何とか彼女を起こそうとしている間に、それはあっちに行ったんだ」


 青年が指した方向には、先ほど話をした女性が立ち上がっていた。彼女もこくこくと頷いている。縋るような思いでハインツのことを見ていた。

 彼は視線を移動し、別の裏路地に向かって目を細めた。

 女性はか細い声を絞り出す。


「そっちの方向に消えていったのよ……」

「つまり直線距離にいた人たちに、次々と恐怖を与えていったわけか」


 ハインツはぽつりと呟いてから、気を失っている女性に視線を戻した。彼女の全身をじろじろと見て、眉をひそめる。そして彼は人込みの外にいたヒールに向けて、手でこまねいてきた。

 ヒールは人をかき分けて近づき、腰を落とす。ハインツは声をひそませて、話しかけてきた。


「首もとに赤い斑点がある。おそらく何らかの種が埋まっている。お前がとってくれないか? 俺だとうるさそうな目を向けられそうだから」

「別に構わないけど、私がとれるものなの?」

「感じることができる人間なら、可能だ」


 言葉で背中を押されたヒールは、女性を支えている青年に声をかけた。


「すみません、彼女の様子を見るために、少し触れてもいいですか?」

「ああ、いいが……。びっくりして気絶したんじゃないのか?」


 ヒールは答えずに右手で彼女の首もとに触れた。赤い斑点の部分はぷっくり腫れ上がっている。その中心部分には、僅かだが凹凸があった。そこを摘むようにして持ち上げると、何かが取れた。見れば、小さな黒い種子らしきものが取れていた。

 目を丸くしていると、気を失っている女性がうめき声をあげた。そしてうっすらと目を開ける。


「大丈夫か!?」


 青年が慌てて寄ってきたため、ヒールとハインツはすぐにそこから退く。目を覚ました女性は青年と視線が合うと、固く抱きしめられた。

 少し離れて様子を見守っていたヒールは、ハインツの腕を軽くつつく。彼が視線を向けると、摘んでいたものをこっそり見せた。彼は唇を軽く噛む。


「やっぱり……っていう顔をしているのね。心当たりがあったの?」

「……あとで話す。俺はこれ以上、被害が出る前に追いかける」

「私も行かせて」


 間髪おかずに言う。意外にも彼は拒絶する様子を見せなかった。彼は口元をかすかに動かしてから、きびすを返して大股で歩き出す。「気をつけろよ」と言っているようだった。

 種をすばやく胸ポケットに入れて、彼についていった。



 裏路地に入り、人が往来していない狭い道を進んでいく。物が散乱しているため、足下に気をつけながら黙々と進んだ。

 やがて裏路地から出ると、再び通り道にでる。そこでは先ほどのようなざわめき模様はなかった。何事もなかったかのように、人々は歩いている。


「さっきの、ここを通らなかったの?」


 ヒールが言葉をこぼすと、ハインツは首を横に振った。彼はしゃがみ込み、一枚の葉っぱを拾い上げる。葉っぱは点々と別の路地裏へと続いていた。


「色々と必死で、まともな形を保てなくなっているのかもな」


 ハインツは一枚一枚葉っぱを拾って、その先へと進んだ。

 路地裏をさらに進んでいくと、ほどなくして町の外に出た。目の前には鬱蒼とした森が広がっている。満月の月明かりを頼りに、散った葉の跡を辿っていった。

 森の奥深くまで来ると、ヒールは急に寒気がした。そして誰かに見られているような感覚がした。思わず立ち止まり、背後に目を向ける。しかし、薄暗い森があるだけで何もなかった。


(気のせい……?)


 寒気は依然として続いている。急に森の中に入ったため、体が追いついていないだけだと思いこみ、ハインツを追いかけようとした。

 だが、急に周囲に霧がかってきた。彼の背中は霧の中に消えていく。


「ハインツ!」


 とっさに叫ぶが、声はまるで霧に吸い込まれてしまったかのように届かなかった。手を握りしめて、ヒールは彼が進んだ方向にむかって、一歩一歩進んでいった。

 早く追いつかなければという考えが、焦りを助長させていく。注意力が散漫になっていたため、足下に気を配る余裕がなかった。

 突然、ヒールの足首に何かが絡みついた。


「何!?」


 足元を見ると、右足に草の蔓のようなものが絡みついていた。それは三重にもなって、ヒールの足を掴んでいる。右足を動かして外そうとしたが、それに対抗するかのように蔓はさらに強く引っ張ってきた。勢い余って尻餅をついてしまう。

 その隙に霧の奥からさらに蔓が伸びてきて、左足にも絡みついてきた。手で必死にそれを外そうとするが、そのまま手も絡まれてしまい、身動きがとれなくなってしまった。


 青ざめていると、霧の奥から黒い影が現れた。それは徐々に大きくなり、やがてヒールの目の前に現れた。

 植物人(しょくぶつびと)だ。しかも以前見たものよりも大きい。そこから蔓が何本も出て、ヒールのことを捕まえていた。

 目や鼻、口のない顔を向けられる。表情がまったく読めない。体は拒絶しているのか、ガタガタ震えていた。

 どうにか平静さを保つために、声に出してみる。


「私が何かした? ……って尋ねても、答えてくれるわけないよね。こんなことしてくるんだもの、きっと私が……」


 植物を乱暴に扱ったと思うしかない。花屋という職業柄、枯れかかった花は商品として扱えないため、破棄してしまうことが多々ある。今まで植物人に何かをされなかったのは、ただ単に運が良かったのかもしれない。

 植物人がヒールに向かって手を伸ばしてくる。思わず目を瞑った。


 しかし、その手はヒールの肌に触れることはなかった。上着のポケットに手を突っ込まれる。少しの時間、ポケットの中をまさぐられ、手が離れると、女性から抜き取った種が摘まれていた。

 それを終えると、蔓が両足などから離れていく。拘束が解けたところで、ヒールは手首を軽くさすりながら、植物人を見上げた。それと目が合ったような気がした。


「種が欲しかっただけ? なぜ?」


 そんなに特別な種だったのだろうか?

 植物人が種を乗せた手のひらを裏返すと、種は落下していった。地面につくなり種から芽が出て、根が生え、生長し始めた。見る見るうちに大きくなり、一輪の赤黒い花を咲かせた。その赤さはまるで黒ずんだ血のようにも見えた。


『もう少し長時間吸えれば、あの女性を完全に癒すことができたのだが』


 頭の中に声が響いてくる。ヒールは眉をひそめたまま、植物人を見た。


『私たちは植物を乱暴に扱ったものに対して戒めを与えるだけでなく、苦しみを吸い出して、このように吐くこともできる』


 頭の中に絶え間なく流れてくるのは、植物人の声だろうか。ヒールの力では言葉を止めることもできず、ひたすらに流れていく。


『美しい花や魅力的な植物たちは、人間たちに癒しや興味を与えたりする。それを応用することで、苦しみを解き放つことも可能になった。乱暴に扱ったものたちに心を入れ替えてもらうために少し手を加えたりもするが、それはほんの一握りの行動だ』

「苦しみを解き放つ? 怖い思いをさせておいて?」


 きつい口調で問いかけると、頭が痛くなってきた。思わず両手で頭を押さえる。さらに強く直接的に話しかけてきたためか、頭が破裂しそうになった。


「ちょっ、ま……」

「ヒール!」


 怒りも含んだ声で、男に名前を呼ばれる。同時に脳内に入り込んでくる言葉も止まった。

 静寂の中に引き戻されたヒールは、息も切れ切れになっている黒髪の青年を見つけた。


「なんで植物人がここにもいるんだよ。てめぇ、ヒールに何しやがった!?」


 ハインツが怒りの形相で、植物人に向かって突き進んでいく。植物人は待ったをかけるようにして、彼の前に二本の蔓を突きだしてきた。


「何で通さねぇ? 邪魔だ、どけよ!」


 さらに進もうとすると、蔓が彼の右腕に巻き付いてきた。しかし彼は特段驚くことなく、左手で蔓に触れる。瞬間、蔓は少し枯れた後に、ちぎれた。

 植物人がやや後ずさる。彼は構わず前進を続けた。


「何しやがった。どうせ言えねぇんだから、まずはそこを退けよ!」


 ハインツが威圧感だけで押していった結果、最終的には植物人は横にずれた。彼はその隙にヒールの傍に駆け寄り、しゃがみ込む。


「おい、大丈夫か!?」

「ええ、大丈夫よ」

「すまん、霧でお前とはぐれたのに気づかなくて。……って、その手首、こいつに乱暴にされたのか!?」


 ハインツが射殺しそうな視線を植物人に向けた。植物人はさらに下がっていた。

 ヒールは彼の腕をそっと握る。


「違うの、さっき回収した種が欲しかったらしくて、それで私のポケットに手を突っ込まれただけなの! 言葉が通じないから、ちょっと押えられて……。別にそこまで痛くなかったから」

「そこまでってことは、多少は痛かったってことだろう。人間に害を与えたと見なして、てめぇを――」


 今にも飛び出していきそうなハインツの左手首を両手で握りしめる。たしかに痛かったし、怖かったが、先ほど花を咲かせたのを見て、少しだけ考えを改めた。


「……その植物人は私たちが回収した種を無駄にしたくなかっただけよ。きちんと土に蒔いて、返したかっただけだと思う」


 ハインツに咲いた花を見せると、彼はむっと口を閉じた。植物人に同意を求めようとしたが、それはだいぶ後ろに下がっていた。彼はそれをぎろりと睨みつける。

 徐々に下がっていき、やがて姿が見えなくなると、ハインツから発せられる殺気も収まった。


「本当に大丈夫か?」


 彼が手首のあたりを痛々しそうな目で見てくる。ヒールは手を引っ込めて、立ち上がった。これ以上なく慌てて、心配してくれるのは嬉しいが、少しは落ち着いてほしかった。


「大丈夫だって言っているでしょ。心配してくれて、ありがとう。――それよりも、さっきの植物人は見つかったの?」

「いや、まだだ。だがお前が襲われたのなら、これ以上深追いしなくても……」

「気になるから、行ってみよう。私なら大丈夫。だって、ハインツが一緒にいてくれるんでしょう?」


 表情を緩ますと、彼はうっと声を詰まらした。そしてヒールの横に立ち上がり、そっと前に進むよう促す。


「……一緒に行くぞ」


 そして二人で並んで、ゆっくりと歩き出した。


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