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3.チューリップに想いを乗せて

 朝、ヒールは出勤すると、店の裏にある花壇に水を撒いている。その間、店長は花の仕入れのため、市場に行っていた。

 町の中心部にある市場では、花をはじめとして、農家の人たちによって作られた野菜や肉、加工品などが売り出されている。小売業を営む多くの人たちは、それらを求めて買い出しにでていた。ヒールが働いている花屋は自家栽培もしているが、それだけでは間に合わないため、こうしてほぼ毎日花を安く仕入れている。


 空を見上げると、澄み渡る青が広がっていた。少しでも元気に育つよう願いながら、水を撒いていた。

 水を撒き終えて店に入ろうとすると、女性に大きな声で名前を呼ばれた。さらに正面扉を叩く音がしてくる。ヒールは裏から正面玄関まで来ると、親しくしている友人が扉を叩いているのが目に入った。


「ヒール、ヒール、いる!?」

「あれ、ニコじゃない。どうしたの?」


 ニコと呼んだ少女はぐるりと首を回し、ヒールを見るなり大股で詰め寄った。あまりの険しい形相に、仰け反る体制になる。


「な、なに?」

「しばらく泊まらせて!」

「はい? もしかして……また喧嘩でもしたの?」


 ニコは首を激しく縦に振った。そしてヒールを逃すまいと、手を握りしめてくる。


「酷いんだよ! あの馬鹿親父。人を見た目だけで判断して!」

「あー、そういうことですか」


 今の発言で、彼女の身に何が起きたのか、おおよそ察しはついた。泊めてという発言までしたのは初めてであるが、自分の父を馬鹿呼ばわりしたのは初めてではない。

 ヒールはため息を吐きながら、とりあえず店の中に彼女を入れた。


 開店まで時間があるため、まずニコの心を落ち着かせるために、ハーブティーを淹れることにした。ヒールの趣味で何種類か茶葉を購入している。花束の打ち合わせで長くなりそうなときは、こうして飲み物を出しているのだ。

 今日は最近はまっているカモミールティーを淹れた。カップに注ぐと、柔らかな香りが漂ってくる。香りだけでも十分楽しめるハーブティーだ。

 それをニコの元に運び、彼女の前に出すと、じっとカップを見つめてきた。


「なにこれ?」

「最近の私のお気に入りよ。よかったら飲んでみて」


 香りをかいでから、彼女は口に含ませた。口から離すと、目を瞬かせる。


「なんだろう……すっとした感じで、落ち着くし、美味しい」

「気に入ってくれて良かった。カモミールティーよ。気に入ったのなら、お茶の専門店に売っているから、行ってみるといい」


 険しかったニコの表情が和らいだところで、ヒールも飲んでから話を切り出した。


「それで急にどうしたの? お父さんと喧嘩でもしたの?」


 ニコはカップを両手で握りながら頷く。そしてカップを皿の上にそっと戻した。


「昨日ね、彼と会っていて、帰りが遅くなっちゃったの。帰ったときは夜中だったから、こっそり家に入って。今朝帰ったのを報告したら、お父さんが怒りだしたのよ。こんな夜更けまで遊んでいて、けしからん! ってね。その後、彼に対する根も葉もない悪口を散々言ってきて、それに怒って出てきたのよ」


 ニコには付き合いだして三ヶ月経過する、恋人がいる。彼女よりも三歳年上で、物腰が柔らかな食堂の料理人だ。


「すごく優しい人なのよ。昨日だって、家の近くまで送ってくれたし。お父さん、彼のことを全然知らないのに、あんなに酷いことを言わなくてもいいじゃない!」


 再び怒りがわき上がっているところで、ヒールは茶菓子のクッキーを進めた。彼女は手を伸ばして、黙々と食べていく。


「本当に一方的だった。料理人はちゃらちゃらしているとか、安定していない職業だとか、仕事が軌道に乗るまで大変だとか、夜遅くて朝も遅いのは健康に悪いとか、意味が分からない!」

「まあまあ……、ニコのお父さんもニコのことが大事だから、ついついそういう風に言っちゃうんだよ」

「そうだったとしても、あの偏屈で頭の固いのはどうにかならないの!?」


 それを聞いたヒールは苦笑いをした。

 ニコの父とは何度か会ったことがある。穏やかそうな人ではあるが、細かいところや世間体なども気にしている人だった。彼女に対しても、細かく、厳しく当たっているのかもしれない。

 彼女は机の上に肘を突き、はあっと息を吐き出した。


「ヒールはいいよね、お父さんが物わかりのいい人で。一人で食事をして帰っても、男と密会しても、何も言われないんでしょ?」

「……み、密会!?」


 思わず裏返すほどに、驚きの声を上げる。


「黒髪のお兄さんとたまに会っているよね。ご飯を食べているだけじゃなく、店に連れ込んだり」

「色々と勘違いされているような……」


 ハインツのことを言われているらしい。密会などと疑われるのは、あまり気分のいいものではなかった。


 初めて店で話をしてもらってからは、しばらく話すことはなかった。だが、彼が花束を作ってほしいと来店した以降、緩やかに交流は再開した。

 たいてい彼が来店したときは、ヒールに質問をしてくる時だった。この花はどういう風に育つのか、この花は他の花とではどれと合うのかなどを質問されて、ヒールが答えていた。その際には店長も店内にいるため、二人の仲が進展するなどということはなかった。

 合間をぬってハインツから植物に関する不思議な力についても話してもらっているため、ヒールにとっても貴重な時間でもあった。


「あの人はただの客人。よく相談にくるの。でも時間が足りないから、時々夕飯を一緒にして、話をしているだけ」

「本当に? ヒールがそう言っても、相手は下心があって近づいているかもよ?」

「いや……、たぶん違うと思う」


 ハインツは必要以上にヒールのことを聞いてこようとはしない。力に関することは聞いてくるが、休日に何をしているか、趣味は何かなどは聞いてこなかった。

 何も言わずに数週間町から去ることもある。調べごとをしているようだが、それに関して話してくれることはなかった。


「そうなの? まあいいか。何かあったら教えてね、相談に乗るからさ。――ていうことで、ヒール、しばらく匿って!」


 話が振り出しに戻った。ヒールは腕を組みながら、うーんと声を漏らす。その間に仕入れにでていた店長が帰ってきた。彼にニコの現状について簡潔に話すと、笑顔で「いいんじゃない?」と言われた。そしてなし崩し的に、彼女を受け入れることになった。



 ニコは自分が働いている店には休むと伝えていたため、今日一日は花屋の手伝いをしてもらうことになった。

 宅配をするときは彼女にもついてきてもらい、笑顔で花を手渡してもらった。彼女は話し上手だったため、ついつい店先で話が盛り上がってしまうときは、それを止めるのが大変でもあった。

 話の進め方など若干強引なところはあるが、ニコはいい子だと思う。交友関係が広く、いつも笑顔を絶やさない。癇癪を起しやすいところは、自分自身の想いに対して素直に生きているとも捉えられるだろう。

 彼女を羨ましいなと思いながら、一緒に花を送り届けていった。


 最後に向かったのは、半年前に開店した小料理店だった。少し敷居は高いが、値段は驚くほど高くないため、庶民であっても少し豪華な料理を食べたいときは訪れる店だ。

 昼と夜の開店の合間に、ヒールたちは訪れた。ドアをノックして中から出てきたのは、小綺麗なエプロンを着た女性である。彼女はニコを見ると、目を丸くした。


「あら、もしかしてニコちゃんじゃない? お久しぶり」

「え、ミルナおばさん? ここ、おばさんが働いている店?」

「私というか、私たち夫婦が切り盛りしている店よ。しばらく町から離れていたけど、最近戻ってきて、この店を開いたの」


 その後も続く二人の会話から読み取ると、彼女はニコの父親の学生時代の友人で、十二年前に結婚し、夫が料理の修行をするために一度この町を離れたようだ。その後、必死に学び、料理にも自信を持てるようになったため、晴れて生まれ故郷に戻ってきて、店を開いたという。

 ニコにとっては初耳のことだったらしく、ミルナからの話を聞いても、彼女はただただ驚いてばかりだった。


「あの人、しきりに私たちのことを気にしてくれて……。せっかく戻ってきたから、ご馳走するって言っているのに、まだ来ていないのよ。いつでも待っているからって、ニコちゃんの口からも伝えておいて」

「あ、はい……。ミルナおばさん……大変ですか、お仕事」


 ミルナは笑顔で口を開いた。


「ええ、大変よ。旦那が修行している時なんか、特に! 毎日、安いお給料でやりくりが大変だったわ。これで食べていけるかどうか、本当にいつも心配だった。でも愛しているあの人が一生懸命料理をしている姿を見ていて、なんとか乗り越えられると思ったのよ」


 すがすがしい表情で、そう言ってくれた。彼女の表情を見たニコは、表情を柔らかにしていた。



「ねえ、ヒール、いい花ないかな」


 店への帰り道に、ニコが青空を見上げながら尋ねてくる。ヒールは目元を軽く緩ませた。


「誰かにあげるの? 相手がどんな人なのか、どんな風な花束を贈りたいかによって、薦める花も変わってくるよ」


 ニコはもじもじしながら、やがて歯を出して笑った。


「雰囲気が明るくなるような花。お父さんときちんと話してみる。お父さん、私と彼との今後について、心配してくれたのかもしれない……。その時に微妙な空気になりそうだから、せめて雰囲気だけでも明るくしたくて」


 ヒールはその言葉を聞いて、ぼんやりと頭の中で花束を思い浮かべた。雰囲気が明るくなるためには、明るい暖色系の花を使うのがいいだろう。そして何かの拍子に話題となれる、皆が知っている花がいい。

 それらと今の在庫を思い浮かべて、頭の中で花束を作り上げた。


「わかった。戻ったら早速花束を作ってみるね」


 店に戻り、客もいなかったため、店長に了承を得てからすぐさま花を選び始めた。主となる花をとったあとは、赤や黄、白など、明るい色をかき集めていく。そしてすべての花を片手で持ち、全体のバランスを見ながら、必要でない花は外していった。

 花の取捨選択を終え、長さを揃えて、ハサミで切ってまとめていく。そして包み紙でそれらを包み、リボンで縛り上げれば、花束の完成だ。


 ニコは完成までの間、黙って見ていた。いつもはおしゃべりをする人が、珍しいことである。できあがると、彼女は近づいて、まじまじと見てきた。


「素敵……。見ているだけで、気持ちが上向きになる」

「この花の花言葉は、『思いやり』だよ。少しはお父さんの気持ちも考えてみて」

「……わかった。ありがとう」


 ニコに花束を手渡すと、彼女は大切に抱えながら店から出ていった。



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