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天宮のユーフォリア

作者: 藤 達哉

 宇宙船、スペアヘッド号の窓には暗い宇宙が映っていた。眼の醒めるような流星が輝く尾を曳き闇を切り裂き、彼方へ消えていった。

「少尉、どうしたんだ」

流星を見ていた勇樹が声に振向くと、神木艦長の姿があった。

「艦長」

「どうした、リメンバランスに残りたかったのか」

髭を蓄えた口許からでた声は落ち着いていた。

「いえ、移住民を残してきたリメンバランス星はこれからどうなるのかと思いまして」

「心配なのか」

「ええ、まあ・・・、自給自足システムがあるとはいえ、太陽のない世界ですから」

「いま実験中の人工太陽がうまく稼動すれば、光には不自由しないと思うがな」

「しかし、季節がなく、大気も希薄な世界住むなんて、ちょっと想像できません」

「だがな、彼らは人類の将来にかかわる重大な実験に協力しているんだ、すこしくらいの苦難は覚悟のうえだろう」

「そうですね、彼らは自ら志願して移住計画に参画しているんでしたね」

「地球の汚染は想像を超えて進んでいる、百年、いや五十年後には住めなくなるかも知れんのだ」

艦長は唇を噛んだ。

地球では他の太陽系外の惑星への移住計画が進められていた。地球の汚染は限界を超え、人類が生存できる自然環境を維持することは不可能と予測されていた。

勇樹はその初のプロジェクトの航海士として宇宙船に乗組んでいた。最初の移住地として選ばれたのは地球から十キロパーセック(*)の距離にある系外惑星で、リメンバランス星と命名された。

この遊星は水が豊富なので選ばれたのだが、太陽光は弱く、それを補うため人工太陽装置が設置されていた。水と人工太陽光があれば植物の育成と動物の養殖ができ、食糧に不自由することはないと思われた。

彼が乗組んだ宇宙船は第一波として二千人の移住者をリメンバランスに送届け、地球へ帰還する途上だった。

彼の両親は自ら志願してこのプロジェクトに参加し、リメンバラン

スの最初の住民となっていた。

「びー、びー、びー」

警報がけたたましく鳴った。

「流星雨が接近中、要員は直ちにブリッジへ」

艦長と勇樹は急いでブリッジへ向かった。

「状況は」

艦長が訊いた。

「見てください」

副長が大型のスクリーンを指さした。

そこには接近する流星群が映し出されていた。大小様ざまの無数の流星が船体に接近し、そして次々と暗い宇宙に消えていった。

艦長とブリッジ・スタッフは息を?んで、現れては消える流星雨を見つめていた。

「艦長、針路を変えますか」

副長がたまらず指示を仰いだ。

「いや、流星雨の規模が不明だ、針路は維持」

「ががーん」

艦長の言葉が終わらないうちに、船体に衝撃が走った。

「衝突したな、チーフエンジニア、被害を報告しろ」

艦長は冷静だった。

「現在チェック中です」

衝撃からすると船尾のほうかも知れない、と勇樹は思った。

「スターン域、R区外壁に損傷、同区域を閉鎖しました」

チーフエンジニアが報告した。

「ようし、これで問題ないだろう、すぐに損傷をチェックしてくれ」

「了解しました、直ちに調査班を編成して向かいます」

チーフエンジニアが応えた。

暫くの後、彼から艦長に報告が入った。

「流星がR区外壁に接触、損傷は外壁のみで内壁は無傷。修理に五日を要する見込みです」

「了解、直ちに修理にかかってくれ」

「損傷が軽微でよかったですね」

勇樹が艦長に言った。

「ラッキーだったな。こんどの流星群は相当規模が大きい、念のため軌道計算して今後の流星のコースを予測しみてくれないか」

「分りました、すぐにやってみます」

彼はブリッジのコンピュータで軌道計算を始めた。

 夜を徹しての計算の結果得られたのは不吉な予測だった。彼は報告のため艦長室を訪れた。

「どうした、こんなに朝早く」

艦長は起床したばかりの様子だった。

「流星群のコース予測がでました」

「そうか、どんな予測だ」

「それが、このままいけばリメンバランスに衝突します」

「なんだと、間違いないのか」

「コンピュータに複数回やらせましたが、答えは同じです」

勇樹は表情を曇らせた。

「それは、いかんな」

艦長は眉間に皺をよせ、彼の顔を見た。

二人は流星群がリメンバランスに衝突したときの影響を予想し、表情を強ばらせた。

「衝突した場合の影響を計算しましょうか」

「いや、必要ない、結果は少尉にも想像できるだろう」

巨大な流星群が惑星に衝突した場合の結果を、二人は充分に理解していた。

緊急会議が召集された。二十名の将校がミーティングルームに集まり、オーバル形に設えられたテーブルに着いた。

「本船を損傷した流星群ですが、軌道計算の結果リメンバランス星に向かっていることが判明しました」

勇樹が説明すると、ミーティングルームにどよめきがおこった。

「その計算は正確なのか」

ひとりのメンバーが質問した。

「何度かシミュレーションしましたが、衝突するのは間違いありません、残念ですが」

ミーティングルームは溜息に包まれた。

「艦長、どうしますか、救助に向かいますか」

別のメンバーが訊いた。

「そうだな、リメンバランス星に引返そう。しかし、本船が流星群よりさきにリメンバランスに到着するのは不可能だ。辛いことだが、破壊されたリメンバランスの姿を見ることになるだろう」

ミーティングルームは沈黙に包まれた。


 要員はブリッジで部署に着いていた。

「針路リメンバランス星、全速前進」

「了解、針路リメンバランス星」

艦長の声に応え、勇樹が針路を変更した。

スペアヘッド号はみるみる速度を上げ、たちまちワープ速度に達した。宇宙船は虹色に包まれ、窓から見えるはずの暗い宇宙は銀色の空間に変わっていた。

十日後、宇宙船はリメンバランス星に接近していた。

「スクリーンを」

艦長が副長に指示した。

大型のスクリーンに映し出されたのは暗色の巨大な雲の塊だった。

「あー、あれがリメンバランスか」

ブリッジに驚きと不安が入り混じった声が流れた。

多数の流星が砲弾のように次つぎと衝突し、その衝撃で地表から巻き上がった土砂が分厚い雲のようにリメンバランス星をすっぽり包んでいた。

「さらに接近しますか」

副長が訊いた。

「うむ、五万キロメーターまで接近」

宇宙船はさらに接近すると、リメンバランス星を蔽う不気味な暗灰色の雲が鮮明に映し出された。

「これは相当酷い状態だ」

スクリーンを茫然と眺めていた副長が呟いた。

「上空千キロメーターまで接近」

宇宙船はさらに距離を縮めたが、希薄な大気のため摩擦による衝撃や熱は発生しなかった。

「なにも見えんな、かなり厚い雲のようだな」

艦長は嘆息した。

「これ以上本船が接近するのは危険です、どうしましょうか」

副長が訊いた。

「偵察船のファインダーを出そう、乗員を選んで準備させてくれ」

「了解しました」

副長が応えた。

「待ってください、私に行かせてください」

勇樹が船長を見た。

「少尉、君は航海士としての仕事があるじゃないか」

副長が返した。

「分っていますが、どうしても行きたいんです」

「しかし、少尉・・・」

「まあ、副長、待て、少尉のご両親はリメンバランスに入植したんだ」

「えっ、そうなんですか、それは全然知りませんでした」

スペアヘッド号のクルー誰もがそのことは知らなかった。

「それで、少尉はご両親のことが心配なんだ」

「そうだったんですか、少尉、それは失礼した」

「あ、いえ、べつにいいんです」

「そういうことだから、少尉を偵察任務につけたらどうだ」

「分りました、少尉に偵察の指揮を執ってもらいます。少尉、直ち

に出発の準備をしてくれ」

「了解しました」

 勇樹は準備室で一緒に乗組む副操縦士と落合った。

「やあ、君か」

彼は微笑んで副操縦士を迎えた。

彼とは顔見知りだった。

「少尉殿、よろしくお願いします」

「よし、じゃあ、まず宇宙服を着よう」

二人はスーツハンガーの前に立った。

「おい」

勇樹の呼びかけに副操縦士が振り返った瞬間、彼は顎に強烈な一撃を喰らい、床に崩れ落ちた。

勇樹は倒れた彼を一瞥し、宇宙服を着ると素早くファインダーに乗込んだ。

「こちらファインダーA-1、出発準備完了」

勇樹はブリッジの指示を仰いだ。

「ドックを開ける、待機せよ」

「了解」

間もなくドックのドアが開き、リメンバランス星を包み込む不気味な雲が姿を現した。

「準備完了、離艦せよ」

「了解、離艦します」

ファインダーはロケット噴射と伴にドックから静かに宇宙に滑り出た。勇樹の操縦でファインダーは一直線に雲に接近した。

「これから雲に入ります」

「了解、注意しろよ」

ブリッジが応えた。


 晴上った空から陽光が降注ぎ、勇樹がラダーを操るディンギーは南風を一杯にうけ、波の上を軽やかに滑っていた。

「うあー、気持いい」

同乗している真理が声を上げた。

海上を滑る船体が発するさざ波の音だけが二人の耳に届いていた。

「静かだろう、波の音しか聞こえない」

「ほんと、まるで自分が風になったみたい」

彼女は遠くの岬を眺めていた。

「ディンギーに乗ると、いつも宇宙での航海を思い出すんだ」

「あら、どうして」

「どっちも静かだから」

「宇宙も静かなの」

「宇宙は死の世界、宇宙船の動力は様ざまだけど、最新型はイオンエンジンで推進力を得ているので、これも静かなんだ」

「そういうことなのね、でもこの綺麗な海や空が汚染されてるなんて信じられないわ」

「そうだね、だけど、早ければあと十数年で汚染が急激に進むと予測されてるからね、地球での生活は難しくなると思うよ」

「地球に住めなくなるなんて、哀しいわ」

 船から降り、戻ってきたマリーナのデッキには心地よい海風が渡っていた。

「スペアヘッド号に乗組むことになったのよね」

真理がコーヒーカップを置いて訊いた。

彼女の白磁のような肌と漆黒のショートヘアのコントラストが眼を惹いた。

「うん、志願したんだ、人類の将来のためだから」

「偉いわ、勇樹、でもどんな任務なの」

「これはまだ機密事項なんだけど、新しく発見されたリメンバランス星に第一波の移民団を輸送する任務なんだ」

「まあ、すごい、でも航海に危険はないの」

「うーん、まあ、ないとは言えないけど、スペアヘッドは最新式の宇宙船だから問題はないと思うんだ」

勇樹はコーヒーを口に運んで微笑んだ。

「それで、どのくらいかかるの」

「ワープ航法を繰返して航海しても、往復二年はかかる計算さ」

「えーっ、そんなにかかるの」

真理は表情を曇らせた。

「リメンバランス星までの距離は十キロパーセックだからね、かなり遠いんだ」

「そうなの、心配だわ」

「心配ないよ、心配なのは僕のほうだよ」

「えっ、なにが」

「二年も真理が待っててくれるかなと思って」

「待ってるわ、私には勇樹しかいないの、きっと還ってきてね」

彼女は眼を潤ませて勇樹を見た。

「大丈夫、還ってくるさ」

勇樹はテーブルのうえの彼女の手を握り、優しく微笑んだ。

「そのリメンバランス星についてもっと知りたいわ」

「来週、移住希望者に移住先についての説明会が催されるから、真理も出席すればいいよ」

「移住者でなくても大丈夫かしら」

「オブザーバーということにすれば問題ないよ」


 週末、移住説明会が開催される大ホールには二千名を超える移住希望者が集った。

「みさん、今日はリメンバランス星移住計画説明会に多数お集まり頂きありがとうございます。これから宇宙移民局から計画につきご説明いたします、局長どうぞお願いいたします」

案内に促がされ、白髪で鼻髭を貯えた細身の局長が中央の演壇に立った。

「えー、リメンバランス星は地球とほぼ同じサイズの遊星です。海のようなものはなく、地表に水は存在しませんが、地下水が豊富で生活に利用できます。大気は地球の大気組成に近似しています。

みなさんが住まわれる住宅は既に完成済みです。太陽光は弱く農業には適していませんが、現在、人工光を発生する設備を建設中で、みなさんが移住するころには完成する予定です。この設備は生活と健康、それに農業に必要な人工光を供給することが可能です。従って、みなさんは地球と全く同じ生活を送ることができるのです。

移住には最新型の大型宇宙船、スペアヘッド号が使用されます、目的地到達には約一年を要します。出発予定は一年後です」

一連の説明が終わり、質問タイムに入った。

「その星に動物はいないんですか、危険な動物とか」

聴衆の一人が訊いた。

「これまでの調査では動物は発見されていません、地下水中にも微生物はいない模様です」

「しかし、地球と同じような環境で生物がいないとは奇妙ですね」

「そのとおりです、現在、生物もしくは生物の痕跡を見つけるべく鋭意調査中です」

質問はそれ以上続かなかったが、総ての聴衆が納得したわけではなかった。

「移住希望者が予定の二千名に達しなかった場合、不足人数は移民局が移民者を強制的に決定しますので、ご諒承ください」

会場のあちこちから驚きとも諦めともつかない声が漏れた。

 説明会のあった日の夜、勇樹と真理はイタリアン・レストランに席をとっていた。

「説明会どうだった」

勇樹が訊いた。

「だいたいは解ったけど、ひとつ変よね」

真理が応えた。

「なにが変なんだい」

「あの星は地球と似た環境なのよね」

「そうだよ」

「それなのに生物がいなくて、その痕跡さえ見つからないというのは変よ」

真理は大学で分子生物学を専攻していた。

「そう言えばそうだね」

「それに、地下水に微生物もいないなんて、どう考えてもおかしいわ」

「そうか、そこまで考えていなかったけど、言われてみれば・・・」

「なにかの理由で生物が絶滅したとしても、化石とかなにかの痕跡が残っているはずよ、それに微生物まで全滅するはずはないわ」

「あの星はごく最近発見されたから、まだ充分調査されていないということもあるけど、たしかに変といえば変だね」

「そんな星に勇樹が行くなんて、いやだわ、心配」


 偵察船の振動で勇樹はわれに返った。

間もなくファインダーは雲に突入した。雲の実体は地上から巻き上げられた土煙だった。それは強い上昇気流となり、ファインダーの小さな船体を翻弄した。暗闇のなかで強い抵抗を受け、船体は衝撃で小刻みに振動し続けた。やがて雷が鳴り始め、強烈な閃光に、勇樹は眼が眩んだ。

「現在、リメンバランス上空の土煙のなかを飛行中、高度二万メーター、さらに降下中」

彼は暗い空間を見通そうと懸命に眼を凝らしていた。

そのころ、意識をとり戻した副操縦士からブリッジの副長に連絡が入った。

「こちらドックです、勇樹少尉が一人で離艦しました」

「なんだと、少尉はどうしてそんなことを」

副長は困惑した。

「少尉がどうかしたのか」

艦長が訊いた。

「少尉が副操縦士を乗せず、ひとりで発艦したそうです」

「なんだと、勇樹はなにを考えているんだ」

「少尉は危険な高度まで降下する気かも知れません」

「勇樹、なにをする気だ、危険なことはするんじゃない」

艦長は険しい表情で呼びかけが、応答はなかった。

「ファインダーの現在位置は」

副長が訊いた。

「高度一万メーター」


 高度が一万メーターを切ったところで、ファインダーは雲の下に出た。勇樹が肉眼で捉えた地上はこの世のものとは思えなかった。地表には流星が衝突した痕と思われる巨大なすり鉢上の穴が開き、穴の周囲は赤く焼け爛れたように見えた。見渡すと巨大な穴は地上のあちこちにあり、多数の流星がいっせいに衝突したことが窺えた。

彼は唇は震わせながら詳しく観測するため、さらに降下していった。高度三千メーターまで降りたとき、プロジェクトの施設が視野に入ってきた。食糧を生産する設備や施設内の環境をコントロールする管理施設などが集中する地域が眼に入ったが、それらはほとんど破壊され、無残な姿を晒していた。

眼を凝らすと、仄暗さのなかに住宅施設が浮かび上がってきた。それも大部分は潰れていたが、一部健全な施設が残っていた。

「お父さん、お母さん」

彼は施設を凝視しながら呟いた。

「こちらファインダーA-1、現在、高度三千、施設はほとんどが破壊されているが、住宅設備の一部は健全な模様。これから着陸して調査に向かいます」

彼がブリッジに連絡した。

「勇樹、なにをしてるんだ、直ちに帰還するんだ」

艦長がすぐに応答した。

「両親のいる住宅設備を調査したいんですが」

「だめだ、地上は危険だ、大量の放射能があるかも知れんぞ」

「分っています、しかし、両親の安否を確認したいんです」

「気持は分るが、危険すぎる、直ちに戻るんだ」

「それに、ほかにも生存者がいるかも知れません」

「その可能性はあるかも知れんが、危険すぎる、すぐに戻れ、これは命令だ」

応答はなかった。

ファインダーA-1がさらに高度を下げると、地上から吹き上げて

くる熱ストームで船体は翻弄された。時には上下に大きく揺れ、またガガーンという衝撃音とともに、荒天の海に放たれた小船のように船体が小刻みに震動した。

勇樹は恐怖のなかで懸命に操縦したが、地上から湧き起こってきた巨大な火球が眼前に迫り、焔が船体を呑み込んだ。

「うわー」

彼は叫び声をあげた。


 彼は暗闇のなかを漂流していた。身を起こそうとしたが、周りはふあふあとして掴まりどころがなく、動くことができなかった。もがくうちに朦朧とした意識に遠くから声が届いてきた。


「イクシー、勇樹は大丈夫でしょうか」

ゼムシーが不安気に訊いた。

「問題ないよ、あの火災は旨くコントロールできるようにAIにプログラムされているから」

イクシーが応えた。

「勇樹は懸命にリメンバランスの住民を救おうとしているが、これが人類愛というものなのかな」

ゼムシーは思案顔になった。

「愛ね・・・、一万年以上前には我われゼウラスにもそういった感情があったという記録がデータベースにあるけど、実際どういうものなのか解らないね」

イクシーはふっ、と息を吐いた。

「男女の間にも愛というものがあるらしいけど、これも一体どういう感情なのかよく解らないし」

「愛についてはデータベースを駆使して随分研究したけど、やっぱり判然としないし、難問だね」

「勇樹と真理の関係もよく解らない、あれが男女の愛というものかな」

「あれっ、二人の関係に興味があるのか」

「あっ、いや、そんなこともないですけど、真理がとっても勇樹のことを気づかっているようだから、どういうことなのかと思って」

「ふーん、真理に随分興味を持ったようだね」

イクシーはにやりとした。


〈本部通信М―1110 ナーサリー?の現状を報告せよ〉


「そら来た」

ゼムシーが眉をひそめた。

「嫌な定期便だな、面倒でも放っておくわけにもいかないし、報告するか」


〈観測隊通信N―1110 銀河系に特に異常なし。人類が移住計画を実行に移しつつあるリメンバランス星については、計画どおり流星を誘導し衝突させ、人類がどう対処するのか観察中。対処の状況を観ると、彼らが異様なまでの連帯感の持主であることが判明。人類の間ではそれを愛という概念で説明しているが、我われにはこれまでのところ理解不能〉


「我われゼウラスが銀河系宇宙を創造したことに、人類は気づいていないようですね」

ゼムシーがイクシーの顔を見た。

「そうだね、幸か不幸か全く分っていないようだ、二百万年前に我われが人類の祖先を発見して改良に改良を重ね現在の人類が誕生したんだが、そのことも察知していないようだね」

「そうですね、それにしても人類がこれほど早く科学技術を進歩させるとは予想外でしたね、この調子だと我われのレベルに到達するのにそう時間はかからないかも知れませんね」

「はっ、はっ、はっ、それは無理だね」

「えっ、どうしてそう思うんですか」

「ゼムシーは知らなかったと思うけど、リメンバランス星を擁する惑星系も我われが創造したんだよ」

「そうだったんですか」

「これは機密事項だったけど、人類が移住を始めたからもう機密にしておく必要はないだろう」

「そうすると、我われが彼らをリメンバランス星に誘導したということですか」

「そのとおり、彼らは時空を突破するワープ航法を開発したと思っているが、そんなことはないんだ」

「どういうことですか」

「リメンバランス星に至る空間を予め曲げてひずみを作り、あたかもワープしたように思わせたんだ」

「そうだったんですか、彼らはまだまだ進歩していないんですね」

二人は愉しげに微笑みあった。


 遠くで笑い声がしたように感じた。半意識で仄暗さのなかで茫然と佇む勇樹の身体は汗にまみれていた。


《僕はどうしたんだろう、ここは一体どこなんだ、そうだ、僕は宇宙飛行士としてスペアヘッドに乗組んでいたんだ、それで、小型船のファインダーでリメンバランス星に着陸しようとして・・・》


瞼に明りを感じて勇樹が眼を開けると、カーテンの隙間から明りが射し込んでいた。

ベッドから起き上がり、窓を開けると見馴れた並木道に春の陽光が降注いでいた。



  注(*) 一キロパーセックは三千二百六十光年


                         (了)






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