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09 皇城と都市住民

 ある日、皇城内を歩いていると、騎士団の演習場の方角に人だかりができていた。観戦していると思われる人々の声は明るく、活気に満ちたものだった。


 ……昔の演習場は、父上たちが騎士たちをなぶり殺しにする場だった。一騎当千の父上たちがいれば、有事の際の軍事力など必要がなかった。騎士団は、平時の雑用係であり、そして、父上たちの暇つぶしのための『的』であった。ガリウスが騎士団長の任に就いた後は、貴族・平民を問わず武に長けた者たちを集めていたのだが、暇つぶしに駆り出されるかもしれないという恐怖の合間を縫った、日々の揉め事への対応に明け暮れ、団員はみな疲弊困憊(ひへいこんぱい)していた。私の毎日の広域治癒魔法発動が、ほとんど意味をなさないほどに。


 そんな記憶ばかりしかない私だったから、今こうして演習場より聞こえてくる歓声に戸惑いを見せたことは、不思議なことではないだろう。ただ、わずかな予感はあった。その予感を頼りに、私は演習場に足を向け、ゆっくりと歩いていった。



「そこですよ団長! 一気にたたみ込め!」

「ああっ、惜しい! うわっ、すげえスピード!?」

「あれだけの体格差がありながら圧倒するなんて、噂以上じゃねえか!」


 到着した演習場は、さながら賭けが行われている闘技場のようだった。現在はそのような賭博は禁止しているが、なんらかの結界魔法で安全性を担保できるならば、なるほど、このような活気は悪くないかもしれない。……などと的外れな思いを巡らせたのは、ある種の現実逃避だったのだろうか。


「はっはっは! さすが、旧皇族を断罪したガリウス殿、スキがありませんな!」

クリス(・・・)殿こそ、惜しみなく繰り出される数々の剣技、受け流すだけで精一杯ですぞ!」

「こんな時に嫌味ですかな? 貴殿の力強い太刀筋で私の『炎の剣』をことごとく打ち消しておきながら!」


 双方共に全力を出した戦いでありながら、殺気というものがほとんどない。なにより、満面の笑顔である。周囲の人々も、その清々しいまでの戦闘狂ぶりに当てられ、熱気に包まれている。


 もちろん、例外の人々もいた。


「ああっ、母上、そこまで魔力を込めたら、演習場より外にも被害が……!」

「ガリウス様も、クリスの挑発に乗って歯止めが効いてないぞ……」


 ハラハラとした面持ち、とはまさにこのことだろうか。交易都市レナルド領主クリス・フォン・ルーイン侯爵、その夫であるユーリ殿と子息のマイロである。私が交易都市を訪ねた際に、近々家族揃って登城するとは言っていたが、比較的早くの上京だった。


「ああ、予想していたとはいえ、皇城でなんということを……」

「騎士団の方々はむしろ喜んでいるようですが、陛下がどう思われるか……」

「そうね。登城はともかく、せめて手合わせについては知らせて欲しかったかしら」

「そうですよね、それが普通ですよね……えっ」

「こんにちは。ユーリさんに、マイロさん」

「はっ……え?」


 うーん。彼らの場合、登城についても事前に知らせてもらった方が良かったかしら。



「それは残念だった! お前たちの呆ける顔を見損ねるとは」

「母上……悪趣味すぎます」

「そうだぞ。いくらあの時、我々も同様の対応をしていたとはいえ……」

「だが、あらかじめ言ったところで信じなかったのではないか?」

「それは……おそらく……」

「ごめんなさい、私も諜報活動中とはいえ、クリス様に合わせて調子に乗ってしまいました」

「いえ、そんな! 恐れ多いことです……」


 クリス侯爵とガリウスの一戦が一区切りついたところで、侯爵一家を招いての昼食となった。


「食事はどうかしら? スープを中心とした質素なもので申し訳ないのだけれども」

「とんでもありません! 確かに、見た目鮮やかではなく、量も少なめではありますが、根野菜の素材を活かした素晴らしいもので……」

「間違いではないな。今や魔物肉よりも野菜の方が高値で取引されている。小麦などの穀物を除けば、商業的には野菜料理の方が贅沢と言えよう」

「母上! そのようなトゲがある言い方は、陛下に対する不敬です!」

「いいのよ、マイロ殿。交易都市の領主となれば、これくらいの批評ができなければならないと思うわ」

「そうでしょう、そうでしょう。さすがウェンディ陛下、旧皇族と違い、懐が広い」

「ですがクリス様、この料理の野菜は皇城内の敷地で栽培したものなの。城下町への割譲を想定していた土地だったのだけれども、なかなかうまくいかなくて」

「む、そうなのですか? 確かに、堀や街道を大幅に再編成しない限り、皇城の余剰土地を分割するのは厳しいですが……」


 皇城の地域一帯は、邪神竜を封印するため、帝国勃興の時点で広く取られた経緯がある。当初は、万が一の邪神竜復活を想定してのものであったが、今となっては無駄に広いとしか言いようがない。建国当初に作られた城壁と共に、長年維持されてきた道や堀が物理的な障害となって、皇都全体の効率の良い土地運用が難しくなっていた。


「いえ、陛下。無理に土地割譲を進める必要はありますまい。確かに、邪神竜討伐後の目覚ましい人口増加への対策は必要ですが、それは皇都の住居地を広げることで解決しなければならないわけではないでしょう」

「と、いうと?」

「我が交易都市レナルドは、交易都市ゆえに、都市部に過剰な人口を抱えてはおりません。近隣の町や村、そうですな、このユーリの実家が治める町との街道は、特に整備を強化してまいりました。必要な時に容易に移動できるとなれば、ひとつの都市に集中することもないのです」

「なるほどね……」


 実のところ、皇都近隣には町や村がほとんど存在しない。あったとしても、自然発生した数軒の一族集落でしかなく、それらは閉鎖的で実態がつかめていない。要するに、先のサリー・モルネスの結界魔法による地域と同じ立ち位置である。故意のものではないから介入することもないのだが、逆に言えば、それらの集落とて望んでそうしているわけではない可能性もある。


「ただしもちろん、逆もあり得ますがね」

「逆?」

「行き来が容易になることで、むしろひとつの都市に人口が集中してしまうことがあるということです。いつでも故郷に帰れるならば、より豊かで住みやすい場所に定住したいと思うのは自然でしょう」

「レナルドでは、そのあたりはどのように解決しているのかしら? 交易都市なのだから物にあふれ、豊かで便利と思う人々も多いのでは」

「簡単なことです。何もせず、交通網の整備にのみ集中しています。申し上げましたよね、政治経済は庶民が自由に行えば良いと」

「自由に……物価も、かしら?」

「御明察です」


 なんとも思い切った対応である。物価が上がれば、人々は物を手に入れにくくなり、不満が増大する。特に、物価の安かった地方の町や村から来た者にとってはなおさらである。にも関わらず、レナルド一帯では特段問題が起きていないということは……。


「無論、大前提があります。交易都市レナルドでさえ、さほど豊かで便利ではないのですよ。皇都と比べれば」

「あら、ここ数年で皇都がそれほど豊かで便利になったとは言えないと思うのだけれども」

「それが、今回登城してこうしてあなた様に謁見させていただいた最大の理由ですよ。『回復の聖女』にして救国の英雄、今上陛下であらせられる、ウェンディ・フランシス・オヴ・ガーディナー皇帝陛下」



「……なにかしら、あらたまって」

「陛下が近くにおられるだけで、人々は安寧を得る。比喩ではなく、文字通り。深夜、皇城の近くに向かえば、心が洗われる。切り傷程度ならば、すぐに癒やされる。簡単には薬が手に入らない庶民ならば、すべからく知って(・・・)おりますよ?」

「……噂レベルの流布、と思っていたのだけれども」

「甘いですな、陛下。私も以前は噂と高を括っておりましたが、先の陛下のレナルド来訪で確信してしまいましたからな」

「……」

「それと、この料理の野菜。確かに皇城の敷地は土地を無駄遣いしておりますが、もともと皇都一帯は農業には向いていない、不毛な土壌。草花すら育つのが厳しいと言われていたのに、どうですか、窓からも伺えるこの穏やかな庭園は」


 意識が緩むと私から漏れ出る、余剰魔力。『回復の聖女』である私の魔法効果を乗せたそれは、意図的に行えば超広域治癒魔法(ハイエリアヒール)として発動するが、眠っている間も、同様の効果が皇城敷地を中心とした一帯に広がる……らしい。らしい、というのは、つい最近、それが単なる噂ではなく、実際の効果であることが判明したからだ。他ならぬ、サリー・モルネスの一件を詳しく分析した結果が、どこかで聞いたような『現象』とよく似ていたのである。


「この皇城の雰囲気こそ、まさしく陛下のイメージ。陛下が眠っていた5年の間に、自然と(・・・)(つちか)われていったと聞き及んでおりますが、どうやらそれも、ある意味間違いだったようですな。結果、帝国内のあらゆる地域から皇都を目指して人が流出する。比較的近隣と言える、我が交易都市一帯からも。移動の制限は専制の典型ですからな、私としては行いたくないのですが……」


 今となっては、騎士団を始めとした皇城の人々に、毎日のように広域治癒魔法を発動することはなくなった。人知れず城下町をさまよい、同様の効果を発動させることも。だから、目覚めてからの私は、ほぼ常に魔力が満たされている状態である。それが、このような結果をもたらすことになるとは……。


「……しかしクリス様、今すぐその『問題』を解決することは厳しい状況です。最近、付与魔法に優れた者が協力的になりまして、あるいはもしかすると……」

「なに、今日明日解消することを求めてはおりません。ですが、そうですな。数年、数十年の見通しで解決できれば良いのですよ」

「……と、いうと?」

「陛下の『お世継ぎ』も、かなりの魔力を有することが期待されます。そして、その全員が皇都に住む必要はない」

「それは……政略結婚と呼べるものでさえないのでは。仮に、私がマイロ殿と子を成したとして、」

「ごふっ。……けほっ、けほっ」

「……として、クリス様は、それで民を守ることができると考えているのかしら?」

「……そうですな。そんな策謀の下に生まれた者の魔力が、安寧をもたらすとは思えない」

「私は、自身の意思で『魔導具』としての機能を果たすことに躊躇(ちゅうちょ)はないわ。しかし、それは真の解決にならない。魔導具ギルドの推移を見守ってもらえないかしら」


 クリス侯爵の案件は、期せずして、サリー・モルネスの一件と同様の『なんともいえない』問題となってしまった。そういえば、あの問題はどのように解決したのだったか……。


「全ては陛下の御心のままに。ですが陛下、マイロを皇城で働かせてはいただけないだろうか? 城に住まわせろとは言わない。皇都の侯爵邸からの通いで良いのですが」

「そうね。ちょうど、宰相補佐として働いてほしい文官を探していたところだったわ。ガリウスに再度騎士団長としての仕事に専念して欲しかったから」

「なるほど、武官としての補佐はあのハロルドというわけだな! マイロ、ライバルが多そうだな!」


 マイロの背中を豪快に叩きながらそう言うクリス侯爵を見て、彼には皇城で働く、貴族令嬢でもあるメイド達との出会いを期待させても良いのではないだろうか……とも思ってしまった。政略結婚は、必ずしも当事者たちの思惑を無視する必要はないのだから。

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