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06 交易都市での密談

前回の続きです。

 その日の夕方、私たちは無事、交易都市レナルドに到着した。しかし、護衛完了のサインをナンシーよりもらい、都市入口の門で別れて……とはいかなかった。


「おっ、お忍びであることは、重々承知しております。で、ですが、ぜひ当商会にお立ち寄りいただき、父と会っていただけないでしょうか……!」


 今朝の出発時は気づかないフリをしていてくれたナンシーも、レナルドに到着する頃にはすっかり『隠し隠され』の状態ではなくなっていた。実際のところ、ナンシーお付きのメイドと執事は一気に疲労困憊した。なんだか、とても申し訳ない気分になってきた。


「……確かに、無断で娘さん達を利用したことを、謝罪しなければなりませんね」

「しゃ、謝罪だなんてとんでもない! こう言ってはなんですが、父も喜ぶと思います。謁見の間では、王侯貴族の方々のずっと後ろで、そのお姿を拝謁しただけと聞いておりますので。私も、お披露目の場で、遠目に伺っただけですし……」

「陛下、どうでしょう? (くだん)の情報も、大商人であるノーリス商会より得られるのでは?」

「そうね……でも、なんだかますます申し訳なくなってくるのだけれども」


 いくつかの思惑が絡み合った結果、レナルドの冒険者ギルドにクエスト完了の報告をする前に、ノーリス商会に向かうこととなった。



 大商会だけあって、その本店は中央通りの目立つ場所にある。ただし、普段の住まいは郊外の邸宅であり、本来であれば、ナンシー一行はそちらに直行するはずであった。だから、本店の従業員がナンシーを見た時の驚きは明らかに大きかった。


「お父様! お父様は、いらっしゃる!?」

「ナンシーお嬢様!? 皇都よりお戻りになられたのですね。旦那様でしたら奥の執務室におられますが……」

「わかりましたわ。さあ、みなさん、こちらへ!」


 ノーリス商会はあらゆる物品の流通を請け負っており、奥の部屋に向かう途中の仕事場は、書類や帳簿が積み上げられた机で、大勢の人々がせわしなく働いていた。不意に現れた、商会長の娘とそのお付き、そして、冒険者の風体をした男女ふたり。とても注目されたが、少なくとも、私の素性がバレた様子は見られなかった。ほっとする反面、やはりどこでも発言には注意しようとあらためて誓った。


「お父様、ただいま帰りました!」

「ナンシー! 無事、戻ってきたのだな。だが、ノックをしなさいといつも言っているだろう?」

「ご、ごめんなさい。少し、急いでいたものですから」

「それに、店に直接やってくるとは珍しい。何か、急用なのか?」

「その通りです! さあ、お二人とも、こちらへ!」


 こうしてあらためて急かされると、なんとなく入りづらい雰囲気であったのだが、意を決して、商会長の執務室であろう、その部屋に入る。


「こちらは、私を皇都から護衛していただいたラン(・・)様です!」

「ああ、現地で雇った冒険者だな。ナンシー達を無事に送り届けてくれて……」


 ………………


 相応に姿勢を正した私を見た商会長は、その場で固まる。どうやら、ナンシーはイタズラ好きらしい。



 なんとか動き出したノーリス商会長に経緯を説明し、『機密』であることを強調した上で、ようやく普通に話すことができた。


「申し訳ありません、驚かせてしまって」

「い、いえ、どうかお気になさらず。そ、それに、私のような者に、敬語で話しかけるなど……」

「ああ、冒険者は敬語を避けるべきでしたわね。でも、癖なのですよ。こうして諜報活動をしている間は、特に」

「そ、そうですか。いえ、そういう意味ではなかったのですが……それで、ええと……ベラード卿、でしたな。ええ、確かに、この都市に住む一部の貴族の方々や商人とも懇意にしておりましたな。単なる取引相手、という可能性もあるのですが」


 単なる、取引相手……。取引の内容、にもよるのかもしれないけれども、商売として真っ当なものであるのならば、(皇帝)がとやかく言うことではないだろう。


「あなたは、ベラード卿とは?」

「数年前、とても魅力的な穀物取引を持ちかけられましたが……売値のあまりの安さに、逆にお断りいたしました」

「安いのに?」

「商人としての勘、もありましたが、捨て値同然で売りさばくその態度は、とても好ましいものとは言えませんでした。穀物は、農民が命がけで生み出した物。それを捨て値で売るということは、農民の命を捨て値で売るということです」

「農民の、命……」


 命の価値を、他人が求めてはならない。その命は、その人のものなのだから。


「……陛下は、そのような厳しいお顔もされるのですな」

「いろいろ、ありましたから。私は……何もできなかったのだけれども」

「私の妻……ナンシーの母は、たまたま皇都に逗留していた時、皇妃様の死をきっかけとした混乱に巻き込まれ、命を落としました」

「……!」

「皇都を中心とした物流も途絶え、私と、当時赤子だったナンシーと共に、命からがら逃げてきました。妻の亡骸は、未だ行方知れずです」


 皇都の混乱は、やはり皇都民だけの悪夢ではなかった。そして、その傷跡は、いつまでも残るのだろう。


「陛下に責任を問うつもりはございません。それは、今の貴方様が皇帝陛下であるからではなく……共に苦しみ、嘆き悲しんだ方だからです。あの頃は、怒りの捌け口を求めることさえ困難でした」


 あまりに絶望的な状況に、生き残った者たちでさえ、自害を選ぶことは珍しくなかった。私も、そのひとりとなるはずだった。なるはずだったのだが……。


「ガリウス様は、今は宰相閣下ですな。戴冠宣言では後ろの方に控えていたため、よくはわからなかったのですが」

「ええ。今でも、騎士団に顔を出しているようですけど」

「実は、一度だけ、おふたりが城下町を歩いているお姿を、見たことがあります。そうですな、おふたりとも、ちょうど今のナンシーぐらいの年頃で……おっと」

「ごめんなさい、若作りばかりがうまくて。でも、よくわかりましたね? その時も今のように、こっそり……だったかと思うのだけれども」

「わかる者にはわかります。そして、だからこそ、自ら他言無用を通しました」

「いまさらでしょうけれども……ありがとう、ございます」


 私は、昔も今も、様々な人々に支えられてきた。だからこそ、今をこうして生き延びているのだろう。お母様の死に錯乱して、自暴自棄となった私を必死になって止めてくれた、あの時のガリウスのように。



 ノーリス商会を出て、ハロルドと共にレナルドの冒険者ギルドに向かう。今度こそ、護衛クエストの完了報告のためだ。


 それと、もうひとつ。


「はい、護衛任務の完了を確認しました。こちらは報酬です」

「ありがとう。それと、この手紙を、預かってきたのだけれども」

「これは……ウチのギルドマスター宛でしょうか?」


 クエスト完了を報告した受付嬢に、手紙を差し出す。『預かってきた』とは言ったが、実のところは、違う。


「少々お待ち下さい、鑑定の魔導具で差出人の確認を行うタイプのようですので……えっ、皇城!?」

「あの、機密扱いでお願いしたいのだけれども」

「は、はい、申し訳ありませんでした! こちらも報酬をお支払いする必要があるかもしれません。ギルマスに確認しますので、併設の食堂でしばらくお待ちいただけないでしょうか」

「わかりました。夕食を摂りながら待ちますので」

「ありがとうございます。それでは……!」


 そう言って、奥の部屋に向かう受付嬢を横目で見ながら、食堂に向かう。ハロルドとふたりでテーブル席に付き、給仕におすすめを聞いてから夕食を注文する。今晩は、都市の近くの森で大量発生したイノシシの料理がメインとなるらしい。


「ハロルドは、お酒を飲まないの?」

「はっ、あ……いえ、任務中ですので」

「護衛任務は終わったよ?」

「私の本来の任務は、陛……ラン様の護衛ですので」

「ここなら大丈夫よ。ね、ローレンス?」

「まあな。あ、俺はラガーで」

「えっ!?」


 いつの間にか、同じテーブルに座っていた、フードをかぶっている壮年の男性。この冒険者ギルドのギルドマスター、ローレンスである。


「ひさしぶりね。相変わらず、気配を消すのが上手くて助かるわ」

「アンタほどじゃねえよ。とはいえ、俺もここでは有名だからな。下手に注目されて、アンタまでジロジロ見られたらさすがにヤバい」

「そうね。今の私も、わかる人にはわかるらしいから」

「なんだそりゃ? っていうか、今回は何をしにここまで?」


 私は、べラード卿から聞き出したこと、ノーリス商会長から聞いたこと、などを、ローレンスにかいつまんで話した。


「なんだ、そこまで情報が揃ってるんなら、ウチで対応するぜ? アンタが出張る必要もねえ」

「いいの? 万が一のことを考えて、ここの領主にも会わないようにしていたのだけれども」

「ああ、この都市を治める侯爵家はシロだ。当主は俺のダチだしな」

「あら、元皇都のギルマスにそんなコネがあったの?」

「いや、アンタほどじゃねえが、あいつも平気で城下をうろつくタイプでなあ。昨日も、この食堂で一緒に酒を飲んだ」

「そうなんだ。なら、逆に会ってみたいわね」

「おお、絶対気が合うぜ。そんでもって、そのまま嫡男とくっついちまえ」

「急に何よ……」


 今の会話からわかるように、ローレンスは本来、皇都の冒険者ギルドのギルドマスターだった。私の『ラン』名義のギルドカードを自ら発行してくれたのが、他ならぬこのローレンスである。お母様の事件の際に父上から嫌疑をかけられ、この都市に逃げてきたという経緯がある。私としては皇都に戻ってきて欲しいのだけれども……なるほど、ここはローレンスにとって住み心地は悪くないようだ。


「で? このひょろっちい真面目くんは何者だ?」

「……ハロルド、と申します。お見知りおきを」

「ガリウスの甥っ子よ。将来有望な騎士なのだから、バカにしちゃダメよ?」

「してねえよ。なんだあ? もしかして、こいつもアンタの婿候補か?」

「ぶほっ!?」

「ああもう、ハロルドが吹いちゃったじゃない。あと、『も』ってなによ『も』って」

「そりゃあ、晴れてアンタが皇帝陛下となられたんだ。お世継ぎは重要だろうがよ。この国で最もホットな話題ってやつだ」


 ああ、それで醜聞を気にしていたのね、ガリウスは。でも、だからって、自分の甥を私にあてがって牽制するっていうのは、何かが違わないかしら……。

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