絆【一】
蒸すような暑さの昼下がり。
俺は今日も今日とて人里を歩く。
いつも通り、平穏な一日だ。
ーーと、そんな事を考えていると幼子の悲鳴が聞こえた。
俺がそちらへと駆け出すとそこには雷鼓がガキを庇い、人間に扮した妖怪達と対峙している姿があった。
どうやら、また厄介な事になっているらしいな。
俺は物陰に隠れ、様子を探る。
「里の子供を襲うなんてなに考えているの?」
「勘違いするな。目的はお前だ、堀川雷鼓」
「え?私?」
その言葉に雷鼓が戸惑っていると一匹の妖怪が前に出る。
「俺達も不本意だが、上の命令でな?大人しくついてきて貰うぜ?」
「・・・何が目的?」
「さあな?それはあの方次第じゃないか?」
そういうと前に出た妖怪に腕を掴まれ、雷鼓はガキに「大丈夫」と言って歩き出す。
俺もその後を追おうとすると別の方角からも似たような悲鳴が聞こえ、足を止める。
・・・どうする?
このままでは雷鼓を見失う可能性もある。だが、俺も幻想郷の守護者の一人だ。
ならば、なすべき事を果たすのみだ。
俺は新たな悲鳴のした方角へと飛ぶ。
しかし、そこには山彦の妖怪である幽谷響子の姿があるだけだった。
どうやら、ただ、悲鳴に反響して叫んだらしい。紛らわしいもんだ。
お陰で雷鼓の事を完全に見失った。
さて、どうしたものか・・・。
「お困りかしら、ムラマサ?」
そんな俺にスキマから現れた八雲紫が声を掛けて来る。
「八雲紫か・・・」
「ふふっ。貴方らしくないわね?
何か焦っているようにも見えるけれど?」
焦る?俺がか?
その言葉に少し迷った後、俺は八雲紫に問う。
「聞きたい事がある、八雲紫」
「本当に珍しいわね?貴方らしくもないわよ?」
八雲紫は俺にクスクスと微笑むと傘を手にしてクルクルと回す。
「それでどんな事かしら?」
「例えばの話だが、俺がもしも、幻想郷の守護者としての役目を辞めたいと言ったら、お前はどうする?」
その問いに八雲紫は笑みを固めると改めて、真剣な表情で俺を見詰める。
俺はただ、その瞳をじっと見詰め返す。
「・・・なにやら、思う事があるみたいね?」
「雷鼓が・・・堀川雷鼓が連れていかれた。俺個人としては、あいつを助けたい」
「残念だけど、出来ない相談ね。たかだか、付喪神の一匹の為に貴方が出向くのは・・・」
「俺もそんな付喪神の一匹だ」
そんな風に話していると八雲紫がスッと目を細める。
「・・・やっぱり、無理ね。貴方を行かせられないわ」
「・・・そうか」
俺はそれだけ言うと八雲紫に背を向けた。
「今まで世話になったな?」
「待ちなさい。向かう事は許さないわ」
「それは幻想郷の守護者の長としてか?
それとも、八雲紫個人としてか?」
「両方よ。貴方は未だに幻想郷に必要な存在。それを間違えないで」
「なら、この感情はどうすれば良い?」
「落ち着きなさい。感情に任せて出向いて散っていった同志達の事を忘れてしまったの?」
その問いに俺は足を止め、改めて八雲紫を見る。その瞳には何かしらの固い決意が籠められていた。
「私としても、かつて戦って来た同志を失うのはもう嫌なのよ。だから、ここは踏み止まって頂戴」
八雲紫の強い口調に俺は黙ったまま、見詰め返す。
そんな八雲紫に対して、俺はーー




