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風見幽香の招待状【終】

 一週間後、俺は人間の里で再び、風見幽香と遭遇する。

 今回は行き交う人妖の中をすれ違う際にお互いに気付いた感じだ。

「今日も巡回と精が出るわね、付喪神さん?」

「一週間ぶりだな、風見幽香」

 俺は立ち止まって振り返るといつものように強者の余裕ともとれる笑みを浮かべる風見幽香に言葉を返す。

「この間は楽しい一時をありがとう。

 お陰で充実した一日になったわ」

「そうか。それは良かったな?」

 俺は風見幽香に言葉短く答えるとあの時、聞けなかった疑問を口にする。

「何故、俺を自分の領域に招く真似をした?

 今まで守護者が自身の領域に入る事を拒み続けていお前がどういう心境の変化だ?」

 俺がそう問うと風見幽香は先程とは打って変わった妖怪独特の獲物を見るような眼差しで此方を見詰めて笑みを強める。

「流石に貴方も馬鹿ではないでしょ?」

「人間の里の事情に関する事はあくまでもついでだろう?

 本当は俺の事について調べる為じゃないか?」

「ええ。そうよ。すべては人間の里を守る付喪神と言う大妖怪ーーつまり、妖刀ムラマサの泣き所を探る為」

 風見幽香はそう告げると雷鼓の次の演奏会のチケットを赤いベストの胸ポケットから取り出す。

 雷鼓の奴、気を許しすぎだな。

「大妖怪同士がかつてのように戦うとなれば、彼女の為に任務を放棄した貴方はどう出るかしら?」

「・・・それが本当の狙いか?」

「そうよ。貴方は花の大妖怪である私も認める付喪神と云う名の大妖怪。

 そんな貴方を倒したい人妖は多いのよ?」

 そう告げると風見幽香は胸ポケットにチケットをしまい、鋭く俺を見る。


 まさか、ここで仕掛ける気か?


 俺は風見幽香から半歩下がり、何が起こっても良いように身構える。

 そんな俺と風見幽香の様子を見て、里を行き交う人妖が俺達から距離を取る。

 そんな里の連中を見て、風見幽香はフッと笑って妖気を放つのをやめた。

「今回はこれ位にしてあげるわ。

 私もここで何かしようって訳じゃないもの」

 そう言われ、俺も風見幽香に放っていた妖気を止める。

 風見幽香が里に害をなさないのなら、問題はないだろう。

 花の大妖怪と謳われる風見幽香と戦って無事では済む訳もないし、俺もそこまで警戒して身構える必要もない。


 だが、今回は違う。


 風見幽香の真の狙いが雷鼓だとしたら、俺はどうすべきか。


「貴方が彼女に特殊な感情を持つと言う事はそれこそが弱点よ。

 せいぜい、寝首をかかれないように用心する事ね」

「・・・風見幽香」

「今回はただの警告よ。

 でも、貴方がもしも、私と敵対するような事になったのなら、私は貴方の大切にしているモノを奪うと思いなさい」

「すべてはお前の気分次第と言う事か」

「そうなるわね。そして、私が貴方の弱みを言いふらせば、どうなるか解るわね?」

「そんな小細工をお前がする訳がーー」

「するかも知れないわよ?

 幻想郷の守護者の代表とも言うべき妖刀ムラマサを追い詰める為ならね?」

 風見幽香にそう言われ、俺は今まで感じた事のない感情で敵になるかも知れない相手を睨む。

 風見幽香の招待状に応じてしまったのは失敗だったようだ。

 だが、時すでに遅し、すべては風見幽香に委ねられてしまった。

 大切なモノとやらと幻想郷の守護者ーーどちらかを選択しなければ、俺は手も足も出ない。

 これを苦悩と言うのだろう。

 そんな俺を見て、風見幽香は更に笑みを強める。

 さながら、それは悪女のような笑みだ。

「いい表情をするようになったわね?

 少しは過去の事を思い出したかしら?」

「・・・」

「ふふっ。なにも言い返せないようね?」

 風見幽香は満足げに頷くと傘を閉じ、先端を俺に向けた。

「どちらを取るか、今の内に決めておきなさい、ムラマサ。

 使命か、大切なモノかをね?」

 そう言うると風見幽香はいつもの穏やかな笑みに戻って傘を下ろす。

「私が予言してあげるわ。もしも、かつてのような乱世になった時、感情と言うモノを理解してしまった貴方はいずれ、自身の身を滅ぼす。遅かれ早かれ、ね?」

 そう言うと風見幽香は再び傘を差し、俺に背を向けた。

 そして、ゆっくりと空いている手を雨が降るかを確認するように掲げる。

「忠告はしたわよ。あとは答えを用意して置きなさい」

「・・・その前に一つだけ、答えろ。

 何故、それをあの時、実行しなかった」

 苦し紛れな問いになってしまったが、俺が問いを投げ掛けると風見幽香は背を向けたまま、空を見上げた。

 すると、それに呼応するように雨がポツリポツリと降りだす。

「あの子が貴方の話をする時は女の顔をしていたわよ。それはとても、幸せそうにね」

「・・・それがお前と何が関係ある?」

「同じ女として、そんな彼女の笑顔を摘んでしまうのは気が引けた。それだけよ」

 その感情は俺には理解出来ないが、見方によっては風見幽香は雷鼓に手を出せない理由があるらしい。

 風見幽香は警戒する俺に顔だけ向けるとーー


「彼女を泣かせては駄目よ、ムラマサ?」


 ーーとだけ言って去っていく。


 俺は降りしきる雨の中、風見幽香の背を見送る事しか出来なかった。


 ある意味、俺の中で一番厄介な案件かも知れない。

 俺は風見幽香が見えなくなると再び、里を巡回し始める。

 雷鼓の笑顔と里の人間の命ーー選択する事自体は簡単だ。

 闇に生き、光に奉仕する者として里を守る。それだけだ。


 だが、その答えに後悔しないだろうか?


 今なら、かつて、散っていった仲間達の心情が理解出来そうな気がする。

 俺はずぶ濡れになりながら、答えのない答えを探るように前進を続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] うわぁ… 一番厄介な人に弱点を握られた感じがするなぁ(笑) 義務か感情か…どっちを選ぶんでしょうね… そして大妖怪からも大妖怪扱い… ムラマサさん、影に潜めて…いえ、なんでもないです
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