風見幽香の招待状【二】
風見幽香の向日葵畑は相変わらず、太陽に向かって不自然に向いていた。
そもそも、夏でもないのに毎日咲いている此処が異常なだけかも知れないが・・・。
そんな事を考えながら花畑を歩いていると風見幽香が俺に微笑みながら日傘を差して歩いてくる。
「来たわね、ムラマサ?」
「まあな」
俺は言葉短く答えると風見幽香の様子を探る。
この時点では俺に敵対するつもりはないらしい。
ーーとは云え、花の大妖怪がいつ仕掛けてくるかも分からない。警戒だけでもしておくか。
そんな俺を見ながら愉快げに風見幽香が笑みを強める。
「心配しなくても、別に貴方と敵対するつもりも戦う気もないわよ。私の方が強いんだからもの」
それに対して反論はしない。
話が拗れるのも面倒だし、実際に俺は風見幽香の歯牙にもかけぬ相手なのだろう。
そんな俺を見て、風見幽香が残念そうな顔をする。
「残念ね。あの頃の人妖構わず、斬り捨てていたギラギラした貴方の眼差しが好きだったのに今では刃を失った刀だわ」
「元より俺はそういうモノだ。
それと誤解があるようだから言っておくが、別に見境もなく、斬り捨てていた訳ではない。
そういう時代だったと云うだけだ」
「つれない付喪神ね、貴方は。
まだ、あの子の方が話していて面白いわよ?」
「・・・雷鼓の事か?」
俺がそう問うと風見幽香は再び笑みを浮かべた。
「意外ね?そんなにあの子が大事なの?」
「まあ、色々、世話になっているからな?
流石に見捨てるのは後味が悪い」
俺がそう告げると風見幽香はまるで何か面白い冗談でも聞いたかのように腹を抱えて笑った。
「あははは!貴方は私があの付喪神を人質にでもしているとでも思ったの?」
「可能性として考えただけだ。勿論、お前がそんな事をするとも思えんがな?」
「本当に変わったわね、ムラマサ。
進化する妖刀なだけあるわ」
「そんな二つ名を持った覚えはないが?」
「私がそう呼んでいるだけよ。
貴方は血を吸えば、吸うだけ強くなる。
しかも、その力に溺れるでもなく、今日まで幻想郷を守ってきた。
そして、未だに人間を守り、それが受け入れられている」
そう言うと風見幽香は遠い目をして空を見上げ、近くの向日葵をいとおしげに触れる。
あの風見幽香でも、このような顔をするのだな?
まあ、茶化しているように聞こえそうなので口には出さんが・・・。
「妖怪は不変よ。自分から変わる事はできないわ。
それが強力な力を得れば、得る程にね。
強い妖怪ほど孤独を愛するものよ」
「俺は違うとでも言いたいのか?」
そう尋ねると風見幽香は触れていた向日葵を優しく撫で、俺にゆっくりと顔を向け直す。
その目には今までの風見幽香にはない感情が宿っているように思えたが、それが何かまでは解らない。
「気付いてないフリも程々にしないと敵を作るわよ、ムラマサ?」
「いや、本当に意味が解らん」
「鈍いわね?貴方は私も認める妖刀の大妖怪でありながら仲間が多いでしょう?」
「そんな事を言ったら、天狗の頭もそうだろう?」
「馬鹿ね。天狗は縦社会を構築しただけよ。
信頼を勝ち得た訳ではなく、支配で徒党を組んでいる。でも、貴方は違うわ。
貴方は里の人間に畏れられつつも信頼されている。
私達、大妖怪とも違うし、だからと言って通常の妖怪とも違う。
貴方はある意味、幻想郷にもっとも適した妖怪であり、もっとも大妖怪らしからぬ妖怪だわ」
話は解らんが、風見幽香から見て、俺が異質だと言いたいのは理解した。
つまり、二百余年も人妖問わず、血を吸って来た付喪神である俺に風見幽香は遠回しに警告しているのだろう。
風見幽香が俺の立ち位置に羨んでいるようにも聞こえるが、流石にそれは考え難いしな。
「忠告として受け取っておく」
「その辺りは変わらないわね?
まあ、貴方らしいと言えば、らしいけども・・・あの堀川雷鼓って子のようにもっと感情的になってみたら、どう?」
「付喪神には不必要なモノだ。
それに仮に俺が感情的になったとしても、失敗した奴を多く見てきた俺がニノ鉄を踏む訳にもいかんだろう?」
俺がそう答えると風見幽香はまたクスリと笑う。
「貴方、今、自分が矛盾している事に気付いて?」
「なんだと?」
「貴方は私が彼女を人質にして自分をおびき寄せたのだと思って行動しているのでしょう?
なら、今の貴方の行動は感情によるモノではなくて?」
そう言われれば、そうかも知れんな。
風見幽香の言うようにそこは確かに変わったかも知れん。
そう考える俺を見て、風見幽香はこちらに背を向けると日傘を回しながら元来た道を歩き出す。
「立ち話も疲れてしまったわ。
私の家でお茶にしましょう。
貴方は飲食が必要ないんだったわね?」
「ん?ああ」
俺は頷くと風見幽香のあとについて行く。
風見幽香の家に到着すると雷鼓がプリズムリバーの三姉妹と演奏していた。
「よう、雷鼓」
「あ、兄さん!来てくれたんですね!」
雷鼓は演奏を中断すると俺に笑い掛ける。
「今日は独占ライブですよ!じっくり聞いてって下さいね!」
「ああ。そうさせて貰おう。だが、一つ聞いて良いか?」
「なんでしょう?」
「あのネクタイの飾りはお前が意図したものか?」
「そうですよ。普通に誘ってもムラマサの兄さんは断るかなとおもっーーいったあぁっ!」
俺は雷鼓にデコピンして溜め息を吐くと風見幽香と共に机を挟んで椅子に座る。
「本当に仲が良いわね?」
「茶化さないでくれ、風見幽香」
「折角、貴方とこうして話せるんだし、何かお話ししましょう。勿論、最近、里で起こった出来事とかをね?」
「曲を聴きながらする話でもないと思うが?」
「私の暇潰しには丁度良いわよ」
「仕方ないな」
俺はもう一度、溜め息を吐くと風見幽香に里で起こった大した事のない出来事を話す。
それを聞きながら雷鼓達の演奏を楽しみつつ、風見幽香は微笑みながら紅茶を飲む。
こうして、風見幽香に優雅な一時を満喫させ、俺達はそれぞれ、帰って行く。
本当に大した事件でなくて良かったが、雷鼓には同じ手で俺を呼ぶなと釘を差して置く。
本当にやれやれだ。




