風見幽香の招待状【一】
そろそろ春の時期に変わる頃合いである。
そろそろ、春を告げる妖精であるリリー・ホワイトが現れる筈だ。
そんな事を思いながら、いつものように人間の里を巡回しているとなにやら、ガキ達が騒いでいた。
どうやら、妖精を捕まえたらしい。
下位にあたる妖精は悪戯の度合いにもよるが、基本的には密集しない。
集まるとすれば、何らかの異変があった時や強力な妖精や妖怪のいる時くらいだ。
幻想郷の妖精と言えば、上位の存在である大妖精や更に上の存在であるチルノなどが上げられるが、下位の妖精単体では人間であっても捕まえる事が可能である。
幻想郷では特に珍しくもない事なので俺はそのまま、歩き去ろうとする。
「春ですよー」
その声を聞いて、立ち止まったのは次の瞬間である。
今の声はリリー・ホワイトだろう。
俺は集まるガキ達に振り返るとそちらへと向かう。
「おい、ガキ共」
「あん?」
俺が声を掛けるとガキ大将らしき子供と目が合う。
その瞬間、ガキが俺を見て、震え上がる。
まあ、いつもの事だ。
ガキは大抵、俺を見ると震え上がる。
だが、今回のガキは生まれたての小鹿みたいに震えながら、睨んでくる。
なかなか、根性のあるガキだ。
だが、それは恐らく、ガキ大将としてのプライドからだろう。
まわりのガキがいるから、俺にビビりながらも凄んでいるのが解る。
もっとも、そんな奴はこの幻想郷では格好の餌だ。
俺はそのガキ大将の前まで近付くとニタリと笑って見せた。
「なかなか、根性ある奴だな?
だが、そういう奴がどうなるかって知っているか?」
俺がそう言って笑うとガキ大将はいよいよ震え上がる。
「俺達、妖怪はな・・・お前みたいなガキが大好物なんだよ」
「う、うわああああああぁぁぁっっ!!」
大将気取りのガキが俺に恐れをなして逃げ出すと頭を失った他のガキ達も逃げて行く。
まあ、行き交う里の大人達からすれば、またかと思い、少し俺と距離を取る。
中には俺の存在を知る奴もいるのか、苦笑しつつ去っていく。
さてと、ガキも追い払ったし、今回の問題である妖精と対面するか。
どちらかと言えば、危うかったのはガキ達だ。
「春で興奮するのは解るが、もう少し考えて行動しろ、リリー・ホワイト。
まあ、どうせ、俺の言葉なんぞ、覚えちゃいないだろうがな?」
俺はガキ共に捕まっていた妖精ことリリー・ホワイトにそう告げる。
「春ですよー!」
やはりと言うか、こいつは人の言う事なんぞ聞かない。
俺が解放してやると春を告げながら、何処かへと飛んで行く。
まあ、春になると毎度の事なんであまり気にはならないが、里の人間に危害を加えたとあったら大事だからな。
今年のリリー・ホワイトはまだ大人しい方だが、やはり、里のガキに怪我をさせた事がある。
まあ、大人が散々注意しているのに聞かないガキには丁度良い薬かも知れないが、その度に博麗の巫女が出ていたらキリがない。
つまり、俺達の仕事も増えるってもんだ。
あとは春を待ちわびる人妖から捕まえたガキに仕置きをされないかなどもある。
例えば、俺の背後を取るどっかの大妖怪とかな?
「あの子を助けてくれて、ありがとうね、守護者さん?」
「そう思うなら、俺の背後を突きつけたその傘をしまえ、風見幽香」
俺がそう言って後ろを向くと相変わらず、不敵な笑みを浮かべる花の大妖怪である風見幽香に振り返る。
風見幽香は自分の緑色の艶やかな髪を傘を持ってない方の手で弄りながら、傘を傾ける。
そう。こいつも春を告げるリリー・ホワイトを待ちわびる妖怪の一人である。
そして、俺が気付かなければ、こいつがガキ共に仕置きをするところであった、と言うところであろうか?
「最近、枝が長くなってしまったの。
どこかによい植木屋はないかしら?」
「血で染まって良いなら、俺がしてやろうか?」
「それは私を誘っているの?」
「何故、そうなる?」
相変わらず、こいつの考えは読めん。
解るとすれば、こいつも俺と仕合いがしたいのだろうと言う事くらいか。
無論、俺としては鬼と手合わせする位に厄介な相手だとは思うが・・・。
まあ、本気でそう言う事を言い出さないと言う事は俺の事など、本当はどうでもよいのかも知れないが、こいつの意図は解らん。
もっとも、こいつに限らず、強い妖怪ってのは皆、そんな感じでどこかしらの余裕と言うのを持っているものだがな。
「それで?用件はなんだ?」
「たまたま通り掛かっただけよ。他意はないわ」
「・・・そうか」
本当に読めん奴だ。
だが、この言葉で正解だろう。
売り言葉に買い言葉をするのは争いの種だ。
その証拠に風見幽香の奴も酷く残念そうな顔をしているしな。
「相変わらず、つれないわね、妖刀の付喪神さん。
たまには私の暇潰しの相手でもしなさいな」
そう言うと風見幽香は俺に何かを押し付ける。
それは雷鼓のネクタイについている飾りだった。
まさか、雷鼓が人質になっていると言う事か?
「待っているわよ、ムラマサ?」
俺はその飾りを受け取りながら、去っていく風見幽香を見送った。
やれやれ。春も間近だと言うのに俺の運と言う名の小船はいきなり、大荒れの中にあるらしい。
俺は他の守護者の仲間に後を頼むと風見幽香の待つ向日葵畑へと向かう事にした。




