裏・神隠し【終】
雷鼓の説明では、こうである。
ツトムは事故で植物人間になった少年だったらしい。
いつしか、夢幻病になり、ツトムは外の世界より此方の世界にいる様になったんだとか。
そんなツトムにはドッペルゲンガーがいると言う。
そのドッペルゲンガーなる存在はツトムの恨みを宿したものらしく、車への恨みで動いているらしい。
だが、この幻想郷には車なんざない。
つまり、恨みの対象がない訳だ。
なら、どうなるか?
ツトムの場合はその矛盾を解消出来ず、結果的に自己崩壊を起こしてしまったそうだ。
此処までは良い。しかし、此処で自我を得たドッペルゲンガーが反発し、自己の崩壊を防ぐ為に幻想入りした自身を殺すんだとか……。
だが、夢幻病であるツトムにとって、これはあくまでも夢。
要は矛盾の解消の為にドッペルゲンガーがツトム自身を殺そうと躍起になっても、その存在を殺す事が出来ず、ドッペルゲンガーが殺したツトムに成り代わり、死ぬらしい。
まあ、簡単に説明するとドッペルゲンガーがツトムを殺すと殺した筈のツトムがドッペルゲンガーとなり、ツトム自身は存在するって訳だ。
自殺願望とは違うからな。
だから、ツトムは存在し続け、自身のドッペルゲンガーに殺され続けては入れ替わるを繰り返しているんだとか。
なんとまあ、厄介な現象だ。
確かにツトムは保護した方が良いだろう。
だが、植物人間のツトムには幻想郷にいる間は充実した日常を送れる。
霊夢に外へ帰されても、ツトムは再び幻想郷へ来るだろう。
そして、その度にツトムは死と生を繰り返す。
だからこそ、雷鼓はツトムを何とかしてやりたいのだろうーーとは言え、こいつは専門外だ。
死神が迎えにでも来ない限り、この連鎖は止まらんだろう。
俺は雷鼓の説明を聞き終えると霊夢を見る。
「霊夢。お前の意見はどうだ?」
「そうね。そのツトムって子の矛盾を解消しないと妖怪化するかもね?……しかも相当、厄介そうな妖怪よ」
「……なら、裏方の出番か」
霊夢の言葉に俺は静かに呟く。
そんな俺に雷鼓が何か言いたそうにする。
だが、これはどうしようもない。
ツトムには悪いが、こうする他ない。
そんな事をしているとツトムらしき後ろ姿を発見する。
俺達はそのツトムに歩み寄った。
「よう」
俺が軽く手を上げるとツトムが俺達ーー正確には雷鼓に駆け寄って来る。
「お姉さん!」
「ツトムくん。心配したんだよ」
「うん。ごめんなさい!」
そう言うとツトムは雷鼓の手を握る。
俺はそんな雷鼓の反対の手を握り、霊夢を見る。
「行ってくる」
「ええ。行ってらっしゃい」
霊夢にそう告げた瞬間、景色が変わり、俺と雷鼓は病室の一室へと転移した。
そこにはチューブの繋がった延命措置をされた痩せ細った少年が寝ている。
成る程な。これが雷鼓が神隠しにあった様に消えた理由か……。
「ツトム。俺が解るか?」
返事はない。だが、意識はうっすらとあるのだろう。
俺はツトムの延命措置をしている機械を止め、分身体である妖刀を取り出す。
「古き世を捨て、新たな世を生きよ」
俺はそう告げるとツトムの心臓に刃を突き立てた。
幻想郷に戻ったのは、その瞬間である。
手応えはあった。恐らく、ツトムは安らかに逝けただろう。
「……これで良かったんですか?」
「さあな。裁くのは向こうの閻魔だ。
だが、少なくとも地獄には行かんだろうさ」
俺はそう言うと雷鼓に背を向ける。
「兄さんはなんとも思わないんですか?
あんな小さな子を手に掛けて?」
「それが俺の役目だ。例え、間違えてると言われても、俺にはこうする他ない」
俺は憤る雷鼓をそのままに歩き出す。
ーー数日後、俺は花を手に幻想郷の三途の川へとやって来る。
「おや。珍しい客だね?」
そう告げたのは三途の川の渡し船をしている死神、小野塚小町だった。
俺はそんな小町に菊の花を差し出す。
「え?なに?付喪神のあんたがあたいに惚れたって?」
「そんな訳あるか」
俺は小町に菊の花を渡すとポツリと呟く。
「……見ていたんだろ?俺は間違えてると思うか?」
「さあね?少なくとも、あの子は幻想郷には来てないよ?」
「そうか」
小町の言葉に目を伏せ、踵を返して、その場を去る。
「本当に不器用な妖怪だね、あんたは」
そんな小町の言葉を聞きながら……。
願わくば、ツトムに花が届く様に……。