ムラマサの子供【四】
霊夢はエメラルドグリーンの髪を靡かせる少女の飛んで来る斬擊と曲に合わせて放たれる弾幕を回避すると彼女に札を投げ付ける。
少女はそれを諸に喰らって動揺する。
ーー倒れはしない。
だが、確実に効いている。
「あんたが誰だとか、どんな目的でやったかなんて興味ないわ」
霊夢は悲鳴すら上げぬ少女を見据え、更に札を放つ。
次の瞬間、その猛攻で少女はへたり込み、子供の様に泣く。
泣き声はしない。
代わりに強烈な超音波となって周囲の存在を吹き飛ばしながら広がる。
そんな中を霊夢は臆する事なく、少女に接近した。
その耳にはまるで予期していたかの様に丸め込まれた札が詰まっている。
「悪いけど、あんたみたいな奴はごまんと退治してるのよ。音を操るんでしょう?
遠くからでも、あんたの笛の独特な音色が聞こえたもの」
霊夢はそう言い放つと彼女の口を札で封じる。
その瞬間、全てが終わった。
少女はただ怯えて、自身をやっつけに来た博麗の巫女を見る。
「あんた、生まれたてなの?
弾幕勝負とかも最近知ったでしょう?」
そう問いながら霊夢は口を塞がれ、戦意喪失も奪われたポロポロと涙する少女を見下ろす。
「話せないなら話せないで良いわ。
あんたは妖怪で私にやっつけられる。
ただ、それだけよ」
「ーーその役目、俺に任せては貰えないか?」
その言葉に振り返るとボロボロの赤黒い着物を着たボサボサの赤い髪と深紅の瞳を持つ人物が鬱蒼と生い茂る木々の合間から現れる。
ーームラマサである。
「どう言う事、ムラマサ?
私の手柄を奪う気?」
「そんなんじゃない。ただ、自分の不始末にケリを着けに来ただけだ」
「……詳しく話しなさい」
「そのガキは俺と雷鼓の妖力を得た付喪神。言わば、俺の子供になる」
そう言うとムラマサが一歩踏み出し、霊夢が構えた。
「なら、あんたは娘を助けに来たって事?
だったら、あんたでも容赦はーー」
「逆だ。俺はそいつを元に戻しに来た」
「はあっ!?あんた、正気なの!?
実の子供を手に掛ける気!?」
「人聞きが悪いぞ。まるで殺すみたいな言い方は止めろ」
血相を変えて叫ぶ霊夢にムラマサはそう言うと彼女の横を通り過ぎ、ジッと自分を涙目で見る名前もない我が娘を見下ろす。
「古き世を捨て、新しい世界を生きよ」
ムラマサはそう言うと彼女を抱き締め、その口の札を取る。
「最後に言い残す事はあるか?」
「無理よ。その娘、言葉が話せないんだから」
ムラマサの言葉に霊夢がそう告げるが、ムラマサはただ、抱き締めた自分の娘の肩を抱き、その瞬間を待つ。
少女は恥ずかしげに口を開きかけたが、霊夢の言葉が事実である様に俯く。
「……そうか。喋れないなら、喋れないで良い。ただ、お前の思いは俺が持って行く」
そう言うとムラマサが抱き締める少女の妖力が急速に減少するのを霊夢は感じた。
思わず、駆け出そうとしたが、それをムラマサの手が制する。
「お前は俺の中で生き続ける。この先もずっとな」
「…………パ……パ」
少女はたどたどしく、そう言葉を紡ぐと瞼を閉じて光の粒子となって消えた。
「……お休み、名も付けれなかった我が子よ」
ムラマサはそう呟くとその足元に転がる笛剣を大事そうに抱える。
霊夢にはその後ろ姿が悲しげに泣いている様にも見えた。
「……ムラマサ」
「何も言うな。異変は解決したんだ」
見かねた霊夢が声を掛けようとするとムラマサはそう告げ、霊夢に背を向けて歩き出す。
「異変はお前が解決した。ただ、それだけだ。
全てはいつも通りに終わる」
それだけ言うとムラマサは再び木々の中へと消えて行った。
「……まあ、たまには楽するのも悪くはないわね」
霊夢は自分に言い聞かせる様に呟くと魔理沙達の元へと戻って行く。
その後、霊夢は首謀者であるマミゾウとついでと言わんばかりに文をとっちめると猟師達に感謝されて嫌と言う程、肉を堪能し、帰ってから、またいつもの様に魔理沙と酒を飲む事で忘れた。
ただ、それでも、ムラマサの寂しそうなあの背中だけは朧気に覚えている。
「……幻想郷の守護者か……そんな大事な物なのかしらね?」
「ん?どうした、霊夢?」
「なんでもないわ。今日はとことん飲むわよ!」
ーーこうして、少女達の日常が再び戻って行く。




