ムラマサの子供【二】
雷鼓達の件から数日後、人間の里で猟師達が動物を一匹も仕留められないと言う事態が起こる。
猟師と言っても殆どが人間に化けた妖怪か何らかの厄除けをしている里の人間である。
猟師は妖怪の山などに入る必要がある為、人間が出入りするのは基本的に禁忌とされている。
ーーでは、何故、肉などの流通があるか?
答えは里を支配したいなどの願望がある妖怪が狩りをするのである。
例を上げるなら焼き鳥の撲滅を掲げ、代用として八ツ目鰻を扱うミスティア・ローレライなどが代表的な妖怪だろう。
そんな妖怪達でさえも何故かこの数日、仕留められなかったーーいや、その獲物の痕跡すら見掛けなかったと言う。
俺は博麗神社に行き、霊夢に相談する為に向かった。
これは間違いなく、何らかの異変と見て良いだろう。
「ーーと言う訳なんだが、どう思う?」
神社の階段を上ると話し声が聞こえ、俺は気配を殺して霊夢の家に近付き、物陰から様子を窺う。
そこで見たのは、こたつで暖をとる霊夢とそんなのをお構い無しに雨戸を全開にして一方的に喋る魔理沙の姿があった。
異変っぽい情報を魔理沙が持って来て、霊夢が面倒臭がりながら乗っかる。
それが何らかの事件が起きた時に良く見る彼女達の光景である。
「冬眠してるんじゃないの?
それよりも寒いんだから、早く閉めてよね?」
「これは新手の異変だ!
この異変を解決出来るのは私達しかいない!」
「寒いし、面倒臭い」
「おいおい!やる気を出せよ!
折角、また異変が起こったんだろ!」
そんな魔理沙の言葉に霊夢は構わず、こたつの中で横になる。
相変わらず、霊夢の腰は重い。
やる時にはやる奴なんだがな。
「まあ、頑張りなさい。応援はしてるから」
「本当にやる気出せよ!解決したら美味いもんでも御馳走してやるからさ!」
魔理沙のその言葉に横になった霊夢は右手をひらひらさせる。
「あんたが御馳走してくれるのなんてキノコ鍋くらいじゃないのーーと言うか、たまには闇鍋擬きのあんたのキノコ鍋以外が食べたいわ」
「安心しろ。今回は私じゃなくて猟師の連中が協力したら御馳走してくれる約束になってるんだぜ。
勿論、解決出来たら報酬で新鮮な肉が食える」
「……あんた、それが目的なんでしょう?」
「まあな!」
屈託のない笑みを浮かべる魔理沙に霊夢は溜め息を吐くとこたつから出て、出掛ける準備を始める。
「準備するから待ってなさい」
「おう!手早く頼むぜ!」
霊夢はもう一度溜め息を吐くと妖怪退治に必要な道具を取りに奥へと入って行く。
「……いるんでしょう?」
俺は黙って気配を殺したまま、準備をする霊夢の言葉に壁越しに耳を傾ける。
「あんた達が動くとなると異変に近い何かがあるんでしょう。
私が異変を解決する間、神社と人間の里を見張ってて頂戴」
「……解った」
霊夢のその言葉に俺は静かに肯定するとその場から離れ、神社の裏へと姿を隠す。
そして、そこで待っていた幻想郷の守護者の一人と話し込む。
正確には守護者見習いだが……。
「聞いていたな、あうん?」
「はい。ムラマサさん」
「華扇が不在で八雲紫が冬眠している間は俺達が守らにゃならん。気を引き締めろ」
俺は博麗神社の現狛犬である高麗野あうんにそう告げると霊夢達が人間の里へ飛んで行くのを見送る。
こいつは博麗神社に来て、まだ日も浅い。
おまけに表沙汰になっている為に影から支える守護者の役目を担うにはマイナスだが、自覚がある分、頑張っている。
その為、霊夢のいない間は幻想郷の守護者見習いとして八雲紫がスカウトし、博麗神社の守護を任されていた。
ーーと言うよりも、あうん自身が自分を売り込んで来ただなんだとか……。
「それじゃあ、俺は里を見てくるから神社は任せたぞ?」
「はい!お任せ下さい!」
返事は良いんだが、何処か抜けているから心配なんだよな。
この間、任せたらチルノとか言う妖精達がドンチャン騒ぎをしていたしな。
まあ、あうんの事は置いといて、人間の里である。
とりあえず、此処は任せると言った以上、あうんに期待しよう。
「ムラマサさん!」
俺が神社から出ようとするとあうんが叫ぶ。
「どうした、あうん?
何か気付いたか?」
そう言って振り返るとあうんは頭上を指差していた。
見上げると何かが降って来る。
ーーあれは雷鼓か?
よくは見えないが、どうやら、気を失っているらしい。
恐らく、今回の異変に関係あるだろう。
俺は飛翔すると空中で雷鼓をキャッチする。
「……うっ……にい……さん」
「大丈夫か、雷鼓?」
雷鼓は酷く衰弱している様で妖力も低下している様である。
「ごめん、なさい……私……」
「何があった?」
「私、どうしてもムラマサの兄さんとの子供が欲しくて……マミゾウに……」
「マミゾウーー二ツ岩に何か言われたのか?」
俺の問いに雷鼓は弱々しく頷くと涙をこぼす。
ーーったく、こう言うのを慰めたりするのは苦手なんだがな。
「あー。なんだ?雷鼓?
お前は大きな勘違いをしているぞ?」
「……解ってます。兄さんには迷惑ですよね」
「まあなーーって、そうじゃねえ。
あーっと、だからな?」
俺は深呼吸すると腕の中で俯く雷鼓に声を掛ける。
「お前はガキを欲しがっていたみたいだが、俺はお前がいりゃあ良い」
「え?」
「付喪神としての腐れ縁だが、お前との関係は嫌いじゃない」
そう告げると雷鼓は頬を赤らめ、俺は真剣な表情をする。
「だから、すまんな。俺なりのケジメを着けさせて貰う」
俺がそう言うと雷鼓は先程は打って変わって悲かなしそうな表情をして俺を見る。
「最初で最後の親子喧嘩だ。幻想郷の守護者としてーーそして、そいつの父親として元の道具に戻す」