語られる事のないはじまり
「貴方が此処へ来るなんて珍しいわね、刀の妖怪さん?」
「お互い様だろ、レミリア・スカーレット」
瓦礫の山と化した場所で薄紫の髪と赤い刺繍の入った白いワンピースを靡かせるレミリア・スカーレットと俺はそんな話をしつつ、その場に佇む。
「ーーお嬢様、此方の方は?」
「そう言えば、咲夜には紹介してなかったわね?
彼は妖刀ムラマサ。刀の付喪神よ。
咲夜、挨拶なさい」
「畏まりました」
レミリアの上に日傘を差す咲夜と呼ばれたメイドは空いている手でスカートの裾を摘まんで恭しく一礼する。
「レミリアお嬢様に仕えております十六夜咲夜と申します。
以後、お見知り置きを、ムラマサ様」
「ムラマサだ。宜しく頼む」
俺は咲夜にそう告げると再び瓦礫の山に視線を移す。
「それでお嬢様、この場所には何かあるのですか?」
「此処は吸血鬼異変のあった場所よ。元は立派なお城だったわ」
「では、此処がお嬢様が初めて霊夢と対峙した場所なのですね?」
咲夜のその問いにレミリアは首を左右に振る。
そんなレミリアの代わりに俺が咲夜に質問した。
「不思議に思わないか?
スペルカードルールと弾幕勝負の浸透の早さに?」
「え?ですが、それは脆弱な妖怪達が広めたからでは?」
「なら、尚更、おかしいだろう?
脆弱な妖怪が広めたなら、強い妖怪までがそれに付き合う必要はない。
ましてや、今までの異変に共通して全て弾幕勝負で解決している。本来ならあり得ん」
「え?ですが、幻想郷縁起には……まさか!?」
「咲夜。それ以上の詮索は駄目よ。
この件に関しては首を突っ込む事を禁ずるわ」
レミリアが何かを察した咲夜にそう告げると此方へと背を向ける。
「これ以上、そこの妖怪が余計な事を言う前に帰るわよ。咲夜、日傘を」
「あ、はい。畏まりました」
レミリア達はそう言うとその場から立ち去る。
そう。吸血鬼異変には裏がある。
幻想郷縁起などでは力で支配しようとした吸血鬼が力を以て制した八雲紫と和解し、博麗霊夢がスペルカードを作ったーーとなっている。
だが、少し考えて欲しい。
もし、幻想郷全土で弾幕勝負とスペルカードルールを浸透させるには何年掛かると思う?
ましてや、復活してすぐの奴までが弾幕勝負のルールで戦っているのだ。
明らかに矛盾と言う物が生じる。
そして、もしも、本当にレミリアが吸血鬼異変の主犯で再度、紅霧異変を起こしたとなれば、霊夢ではなく、八雲紫が飛んで来て、和平を放棄したレミリアに報復攻撃をするだろう。
ならば、そうしなかったのは何故か?
答えは簡単だ。
記された歴史が誤りであるからだ。
吸血鬼異変で八雲紫が用意した駒は俺達ーー幻想郷の守護者。
そして、先導した吸血鬼とはドラキュラと呼ばれる絶対的カリスマを持つ妖怪であり、その妖怪亡き後に知恵を授けたのは霊夢ではなく、先代の巫女である。
この戦いで多くの仲間を失い、反旗を翻した妖怪達を葬った。
そして、そんなドラキュラを滅したのは他ならぬレミリアである。
レミリアは俺達とドラキュラの乱戦中に現れ、ドラキュラを銀の杭で心臓を貫いたのだ。
ドラキュラ亡き後はドラキュラの代わりとなって混乱する妖怪達を先導して戦わせ、一定以上戦闘が落ち着いてから八雲紫と和平を結んだ。
その後、戦闘で疲弊した妖怪達がまた反旗を起こさぬ様に先代の博麗の巫女がスペルカードルール等を幻想郷中の重鎮と共に生み出したのである。
無論、妖怪も神々も各々の思惑を胸に秘めてな。
そのスペルカードルールの設立辺りの歴史も改竄されている。
稗田家にもそこの歴史は隠蔽を頼んであるので、先代が妖怪と弾幕勝負を作った記録は完全に抹消されている。
まあ、当然の措置だ。
人間を守る博麗の巫女が妖怪と通じていたなど、知られる訳にはいかないからな。
最も、稗田家も吸血鬼異変の真相については知らないだろう。
あくまでも稗田家が記すのは見聞きした事であるからな。
そうして、先代の巫女がスペルカードルールが浸透するまで現在の巫女である霊夢にそのルールと技術を伝授した頃合いを見て、最初の実験も兼ねて紅霧異変と呼ばれるスペルカードルールを使った最初の異変が行われた。
これが俺の知る吸血鬼異変とスペルカードルール等の設立に至るまでの経緯である。
無論、これらを語る者はいない。
記憶から消されているからと言うのもあるが、もし真相を喋ったのなら幻想郷全土を全て敵に回す事になるからだ。
輝針城異変の主犯である天の邪鬼の鬼人正邪の時の比ではない咎である。
先程のレミリアもそれを避けて、俺との会話を切り上げたのだろう。
俺は持っていた花を置き、亡き同胞達に黙祷を捧げる。
レミリアが何しに来たのかは知らないが、俺もセンチメンタルになって口が緩くなったのかもな。
……気を付けなければな。
俺は黙祷を捧げると踵を返して、その場を後にした。