桜の木の下で鎮魂歌を捧ぐ
幻想郷には様々な場所が寄せ集められている。
例えば、妖怪達の暮らす山や冥界に繋がる中有の道などが代表的だろう。
その中の一つに無縁塚と呼ばれる場所がある。
此処は縁者ーーつまり、身元のない人間の墓地となっている。
大抵は外の世界の人間達ーー俺達は外来人と呼んでいるがーーが埋葬されている墓地だ。
此処へ来るには魔法の森を通り越した再思の道と言う細い裏道から通る事が必要だ。
再思の道にも軽く触れて置くと命を断とうとする人間に再度生きる気力の与えてくれる場所だ。
こう書くと良い場所にも思えるが、同時に起こる死への不快感とそんな人間を狙う人喰い妖怪などがいるので危険度はかなり高い。
俺は黒い外套に身を包み、その道を通って無縁塚を訪れる。
本来、此処は妖怪にとっても危険な場所であるが、先にも話をした通り、此処には名もなき人間達が埋葬されている。
だが、それとは別に俺の仲間も埋葬されている場所なのだ。
ーーと言うのも、境界がまだなく、外来人と言う概念が生まれる前までは此処は俺達、妖怪と共に幻想郷を守る為に戦場を駆け抜けた妖怪退治を生業とする人間の末裔達が埋葬されているのである。
だが、それを知るのは俺を含め、幻想郷の守護者をしている妖怪の仲間と今は一握りになってしまった生き残った妖怪退治の末裔の血筋が薄れてしまった子孫などだけである。
名家ならいざ知らず、一介の妖怪退治を生業としていた人間に墓が建てられる事はない。
そして、その力を得て、成長したのが、妖怪桜と呼ばれる桜の妖怪である。
俺は無縁塚の奥へと向かうと一際大きな妖怪桜の前で立ち止まり、先に待っていたかつて、共に戦場を駆け抜けた妖怪の仲間を見る。
仲間は皆、俺と同じく黒い外套に身を包んでいる。
言うなれば、この外套は喪服だ。
「久し振りだな、同胞。元気してたか?」
「ああ。変わりはない。元気でなかったとしても此処に来ただろう。今日は亡くなった同胞の周忌だからな」
「人が忘れ去ったとしても我々は忘れまい。
かつて、我々と共に勇敢に戦い、同じ釜の飯を食べた人間の存在をな」
俺の言葉に二人の同胞である妖怪がそう返すと揃って妖怪桜を見る。
時期としても桜が咲くにはかなり早いが、この妖怪桜は同胞の命日の時にのみ咲き、その日にあっと言う間に散る。
この下には百を超える人間の同胞が眠っている。
この桜が咲いては散るを繰り返している間は死した同胞がまだ成仏出来ない証拠である。
それだけ、幻想郷を案じているのか、それとも死した怨念故かは俺には解らない。
そんな風に妖怪桜を眺めていると黒い外套に身を包む八雲紫が桜の前にやって来る。
「皆、集まってくれて感謝するわ。
彼等も喜んでいるでしょう」
八雲紫の言葉に答える者はいない。
八雲紫は続けた。
「例え、世の人が科学を盲信しようと忘れないで」
その言葉に俺達は一丸となって答える。
「「「心せよ。そこに真実はない」」」
「例え、世の人が常識や道徳に縛られようとも忘れないで」
「「「心せよ。許されぬ事はない」」」
「あなた達は闇に生き、光に奉仕する者」
「「「我らは幻想郷の守護者なり」」」
この問答は俺達、幻想郷の守護者の合言葉だ。
古くから伝わる暗殺を生業とする組織の合言葉を俺達、幻想郷流に手を加え、改良されたのが、この言葉である。
この言葉がある内は俺達は離れていようと死した怨念となった後だろうと強い絆で結ばれているだろう。
そして、皆で黙祷を捧げると妖怪桜が完全に散るまで皆で酒を飲む。
飲食などを出来ぬ俺もこの日ばかりは酒を飲むフリをして桜を眺める。
酒を飲んで馬鹿騒ぎする者はいない。
これはあくまでも通夜と同じで静かに死者を追悼する儀式なのだ。
宴好きな鬼ですら、この席には黙って酒を飲む。
そして、桜が完全に散ると俺達は一人、また一人と無縁塚を後にする。
「……またな。兄弟達。古き世を捨て、新しき時代に会おう」
俺もそれだけ言うと無縁塚を後にして、普段の生活に戻って行く。
これもまた幻想郷縁起にも書く事すらない妖怪達の同胞だった人間達への追悼式である。
これを今の若い世代の人間に伝えたとしても、その籠められた思いまでは読み取れないだろう。
人間とは過去の歴史を振り返る事をしない生き物だからな。