慌ただしい付喪神【下】
俺が向かった先は明治時代から主流になり、忘れ去られた飯屋である。
そこは案の定、長蛇の列が出来ていた。
「此処って、有名なすき焼き屋さんだよね?」
「知らん。俺は飯を食わんからな」
俺はそう告げると長蛇の列に割り込んで店の中へと入る。
「ちょっーーちょっと、ムラマサ君!?
割り込んじゃ駄目だよ!」
小傘は慌てふためきながら最前列の客に「ごめんなさい」と謝ると俺の後について来る。
中へ入ると案の定、満席になっていた。
「いらっしゃいませ。お客様、何名様でしょうか?」
店内に入ると慌ただしく客の注文を聞きながら走り回る看板娘が駆け寄って来た。
「悪いな。連れを探しているだけで客じゃないんだ」
「そうなんですか。まあ、ごゆっくり。
ああ。忙しい忙しい」
俺は看板娘が後ろを振り返った瞬間、娘に取り憑いていたそいつを掴んで引きずり出す。
「?……なんか、急に疲れが出た様な?」
そう言いながら肩を回す看板娘は首を捻ると再び、また忙しなく働き始める。
「おいおい!どうしてくれんだよ、旦那!
俺の仕事が他の奴に取られちゃったじゃないか!」
「まあ、そう言うな、いそがしよ?」
俺の手の中で襟首を掴まれて抗議する小人ーーいそがしと呼ばれる妖怪に俺はそう告げると小傘と共に店から出て行く。
いそがしとは人を忙しくさせる妖怪で本来なら目に見える様な奴ではない。
まあ、あくまでも人間の目には見えないってだけだが、俺達、妖怪にはこいつーーいや、こいつらの姿がはっきりと見えている。
俺は飯屋の通りにある裏路地に来るとそのいそがしを解放した。
姿としては小さな妖精に近いが、こいつらは日本の妖怪故に服装が岡っ引きみたいな格好をして、髪も黒い色をしている。
「全く!いつから付喪神ってのは人の仕事を邪魔する様になったのかね!
こっちも仕事なんだよ!ああ!忙しい忙しい!」
「解ったから落ち着け。あっと……」
「いそがしの双目木だよ。
こう見えても一人前のレディなんだから、もう少し優しくしてくれよな、ムラマサの旦那?」
自己紹介しながら、双目木と名乗るいそがしは服をパンパンと払うと俺達を見上げる。
どうやら、双目木は俺の事を知っているらしい。
なら、話も解るかも知れんな。
「俺の事を知っているのなら、話は解っているよな?
此処にいる小傘の周りのお前の仲間をーー」
「あっと、いそがしの仕事を減らせって話なら、お断りだよーーって言うか、いそがしってのも社会のニーズって奴が変わって幻想入りした訳だからね?
簡単にはその概念ってモンは無くならないよ。
多分、他のいそがしに話しても、そう言うだろうさ」
「そうか。そいつは困ったな?」
双目木の言葉に俺はそう呟くと小傘に振り返る。
「どうする、小傘?」
「う~ん」
小傘が悩んでいると双目木がポンと手を叩く。
「そうだ。なら、小傘の姉ちゃん自身を忙しくしてやるよ!
そうすれば、食うに困らないし、余計な事を考えなくて済むだろう?」
「そう言えば、小傘にはアレがあったな?」
「え?ムラマサ君?アレって何?」
困惑する小傘に俺と双目木は互いに笑うと同時に呟く。
「「鍛冶屋」」
次の瞬間、小傘が盛大にずっこけた。
「あ、あのね、二人共?
鍛冶屋って副業みたいな物だからね?
それに私にはベビーシッターって仕事もあるんだし……」
「まあまあ、そう言わずによく考えてみなって、小傘の姉ちゃん?
鍛冶屋にも驚きが隠れているじゃないか?」
「え?驚き?何処に?」
「よく言うだろ?驚く程、切れるとか丈夫とか?」
「あっ!成る程!」
「だから、俺が小傘の姉ちゃんに取り憑けば、まさにWIN-WINって奴さ」
「ウィンウィンが何か解らないけど、私が得するのは解ったよ」
「……ん?」
ーーはて?本当にこれで良いのか?
いそがしの影響かは解らんが、忙しさを減らす筈が忙しさを増やす事にいつの間にか話がすり変わった様な気がするんだが……まあ、小傘もまんざらではなさそうだし、俺もなんの間のいそがしの影響を受けるみたいだから言わなくても良いか。
「行くぞ、小傘の姉ちゃん!俺達の夜明けは近いぜ!」
「おー!」
そんな双目木と小傘は意気投合すると明後日の方に駆け出して行く。
俺はそんな小傘達を見送って独り、溜め息を吐いた。
ーー後日、ベビーシッター兼鍛冶屋になった小傘の噂を聞き、その仕事の山に翻弄されたり、霊夢が退治しに来たり、魔理沙に小傘の商品が盗まれたりして小傘は別の意味で忙しい毎日を送る事になるのだった。
その話を小傘本人から聞いて、ついでだから霊夢にもいそがしが取り憑けば、博麗神社が少しはマシになるかもと思っていたのだが、やめて置くとしよう。
小傘の一件を見るに必ずしも予定通りに行く訳でも無さそうだな。
俺はそんな事を思いながら、今日も人間の里を巡回する。
その後、小傘がどうなったかって言うと完全燃焼して真っ白に燃え尽きたそうだ。