慌ただしい付喪神【上】
秋も終盤になると流石に行き交う人妖達も慌ただしくなる。
収穫が一段落して冬の準備に突入するからだ。
妖怪もこの季節に冬眠ーーまたは起床する奴もいる。
例えば、八雲紫は冬の到来前に自身の式神である八雲藍に全権を任せて冬眠に入るし、冬の到来に何処からともなく現れるレティ・ホワイトロックが代表的な例だ。
まあ、刀の付喪神である俺には関係無いがな。
俺は飯も食わなくても生きて行けるから、他の奴らみたく、備蓄の準備をする必要もない。
ーーただ、今年はいつになく、周囲が慌ただしく感じる。
恐らく、去年の暖冬のせいだろう。
切り離されているとは言え、幻想郷も世界の一部だ。
だから、台風とか言う代物を操る妖怪もいるし、冬を暖かくする妖怪もいるだろう。
最も、本当に妖怪の仕業かは知らんがな。
人間の里は基本的にそう言うのから他の妖怪によって守られている。
無論、善意の行動ではなく、人間の里を支配する画策があってだ。
ただし、人間の里は幻想郷の要であるパワーバランスの維持と言うのもあって、力を以て、里に手を出さないのが、妖怪同士の前提条件となっている。
それを破るのは妖怪に成り立ての初心者か、ただの馬鹿だろう。
まあ、俺みたいに妖怪と解っていても受け入れられるケースもあるが、俺の場合はかつて、共に戦った同志である妖怪退治を生業としていた人間の子孫とのやり取りを未だに継続し、里を守っているからだから、特例中の特例だ。
他には多々良小傘の様に空飛ぶベビーシッターの真似事をして受け入れられる奴もいる。
ーー今回はその小傘が焦点となる。
小傘は本来、人間の驚いた心を糧にする付喪神の神霊化した唐傘の妖怪な訳だが、その容姿から可愛いがられ、先のベビーシッターになった。
まあ、いつもなら、その奇怪な行動から大人から鬱陶しがられるのだが、この時期には猫の手ーーもとい、唐傘の手も借りたい位、忙しいので人間達も何も言わない。
ただ、今回はその小傘も疲れを感じる程、忙しいらしい。
「よう、小傘」
「あ、ムラマサ君。久し振りだね?」
俺が小傘に挨拶すると小傘は疲れながらも持ち前の明るさで笑う。
俺の事をムラマサ君なんて呼ぶ付喪神は後にも先にも小傘だけだろう。
まあ、小傘は俺の先輩に当たるから良いんだが……。
「随分と疲れている様だが、大丈夫なのか?」
「うん。心配してくれて、ありがとうね?」
そう言った矢先、小傘の腹が鳴る。
「腹が減っているのか?」
「……うん。最近、みんな、忙しいみたいで、いつも以上に驚いてくれないんだ」
「面倒見ている子供はどうなんだ?」
「そんな可哀想な事、出来ないよ」
「……お前は本当に忘れ去られた怨みを持った付喪神の妖怪なのか?」
俺は呆れながら小傘にそう言うとしばし、考え込む。
付喪神である小傘も疲れを感じる程のこの忙しさか……。
これはまた厄介事の臭いがする。
そして、そんな忙しさを操る妖怪には心当たりがある。
「……貸し一つだからな?」
「え?」
「心当たりがある。もしかしたら、お前の忙しさを軽減出来るかもな」
キョトンとする小傘にそう告げると俺は踵を返して歩き出す。
小傘も俺を追って、後について来る。
「何処へ行くの?」
「人里で一番忙しい所だ」
俺はそう告げるとその方角へと進んで行く。