第四章:辞めたい
即応魔装機動隊の面々を乗せた装甲車が停まったのは、住宅街のド真ん中。
少々狭い道幅の両側に、アパートやマンション、一軒家がびっしりと並んでいる。
装甲車の前にはパトカー2台と、刑事部の覆面パトカー、捜査車両たちが数珠繋ぎに停まっていた。
Q-MAP隊長のオオスミは、装甲車から颯爽と降りると、スーツ姿の刑事たちのもとへまっすぐ歩いて行った。その後ろを、金髪をなびかせてタイヨウが追う。
まるでヤクザの親分と腰巾着だ。
アカリも装甲車を降り、副隊長のサクラも車両後部の油圧式ハッチに向かい、そこでくるりと振り向いた。
「ハヤブサくん」
「あ、はい」
「あたし外で突入の準備しとくから、キミは車ん中で制服に着替えて!もうQ-MAPの一員なんだからさ」
「あ、はい」
「着替え終わったら声かけてねー」
「あっ、はい!」
あ、はい、としか答えていない。
サクラはひらひらと手を振りながらもう片方の手でサングラスを装着すると装甲車を降りていき、車内にはハヤブサだけがぽつんと残された。
…状況を整理する。
自分はこれから、サッポロ市警魔装警備部Q-MAPの一員として、凶悪魔法犯罪に関わる被疑者の確保へ向かうらしい。
車内で受けたアカリからの説明によれば、ベランダからの突入が必要。テラスではないということは、必然的に最低でも建物2階以上の場所だ。
被疑者を刑事部魔法犯係に引き渡すということは、Q-MAPは犯罪捜査に積極的に関わるのではなく、純粋な実力行使部隊であるということ。
すなわち、攻撃系魔法を扱えない自分の居場所はない。
「oh…」
気づいてしまった、核心に。
「やっぱ辞めよう…」
見える。未来が見える。
大暴れする被疑者。オオスミ隊長が放つ紅蓮の炎が、サクラ副隊長の凍てつく氷の刃が、被疑者の強力な攻撃魔法が閑静な住宅街に乱れ飛ぶ。
オオスミとサクラに追われてハヤブサのもとへ向かってくる被疑者。さぁ、やれ!やっつけろ!ここで攻撃魔法を繰り出して、格の違いを見せつけるのだ!否、ハヤブサは攻撃系の魔法がうまく操れない。リズム感のない者にヒップホップを踊れというように、ハヤブサには攻撃魔法がよくわからない。
はい、彼は全く使い物になりませんでした。この話はおしまいです。
THE★END
「辞めたい……」
ブザマな姿を晒す前に、一刻も早く辞表を提出したい。皆を失望させる前に、辞めますと一言伝えてこの世界から消えて無くなりたい。
この場から黙ってこっそり逃げ出すことは考えないあたり、ハヤブサはまだまともな大人である。
ちらりと車内を一瞥。
床に置かれたダンボールの中には、黒を基調とした警察の制服が折り畳んで入っている。
もちろん白のワイシャツと、若干デザインのダサいギンガムチェックのネクタイも一緒だ。
これを着てしまえば、もう逃げられなくなる。そんな気がした。
制服とは、ある集団に帰属していることを内外に証明する装備品。ブレザーや学ランの意匠を見ればどこの学校の生徒かわかるように。もっとわかりやすくいえば、作業服を着ていれば何かしらの作業員だし、腕に報道の腕章をするだけでマスコミ関係者だとわかる。
今ここで警察の制服を着れば、警察官だと一目でわかる。それは、自身が警察官であることを証明するものであり、周囲の人間からは「あのひとはおまわりさんなんだ」と信用され信頼させるに足るコスチューム。
辞めたい、辞めよう、作戦が始まる前に立ち去ろうと思っている者が着ていい代物だろうか?
「着替え終わったー?」
「あっ、まだです」
バンバンと装甲車の側面をサクラに叩かれ、ハヤブサは慌ててスーツを脱いだ。ハヤブサはプレッシャーと催促に弱い。
昨日着たようにズボンを足に通し、ワイシャツと上着を着用する。なぜかサイズはぴったりだ。
今まで着ていた安物のリクルートスーツを段ボールに雑に押し込んで、ハヤブサは装甲車から飛び降りた。
刹那感じる、刺さるような視線。
気付けばまわりの家から、マンションから、アパートから、多くの住人がこっそり顔を出していた。
一部はスマートフォンを構えている人もいる。このあとツイッターに投稿する気か、あるいは既にYouTubeで配信中か。
魔法犯罪の最前線、サッポロ市警の魔装士実力行使部隊、Q-MAPとはここまで注目される存在なのか。
「あっ、ハヤブサくん!」
サクラが慌てたように走ってきた。
「声掛けてねって言ったじゃん!まだ色々装備品あるんだから!」
言いながら、サクラはハヤブサの横を素通りして一度装甲車内へ戻ると、両手にボディアーマー類を抱えて戻ってきた。
胸から下腹部までを覆う防弾チョッキ、両肘・両膝用のプロテクター、ブーツタイプの安全靴、耳の半分までを隠すヘルメット。そして、Q-MAPの面々が揃って掛けているサングラス。
「膝と肘のプロテクターは自分で着けてね、防弾チョッキは着せたげる。あとヘルメットも忘れないで!」
「…やっぱりQ-MAPといえど防弾チョッキは要るんですか」
「もちろん!魔法なんかより銃の方が威力強いんだから!生身で撃たれたらサクッと死ぬよ?」
魔法。それは、体内にある魔法力を、魔法術式の詠唱や魔法陣の描画によって呼び醒まし、腕に装着した現代科学の粋を集めたガジェット、魔装デバイスを通して身体の外へ放出する不思議なパワー。
魔法の強さは体力にほぼ比例し、どんな魔法を使えるかはその人による。強力な炎や水系の魔法を自在に操れるか、ハヤブサのように何かから身を守るのに特化した魔法能力者など。訓練すればある程度は様々な魔法を使うことができるが、魔法力には限界があり、遺伝的な要素も大きい。それに、どんな人間でも魔法力を使い過ぎれば失神して倒れてしまう。
だが、火薬を使って鉛玉を飛ばす銃は、引き金を引けば誰でも撃て、誰でも人間を殺傷できる。必要なのは引き金を引き切るだけの指の力だけ。そして、防御系魔法に特化した魔法能力者は決して多くない。
「あたしだって後ろからバットで殴られたら死ぬし、隊長だって象さん蹴り上げられたら死ぬし」
言いながら、サクラはハヤブサの防弾チョッキを素早く装着し、股間を守る部分をグイグイと引っ張った。うん、象さん部分のアーマーは大事。そして何故かやはり、ボディアーマーのサイズも事前に採寸したかのようにピッタリサイズである。
「はい、最後にサングラス。これも防弾仕様で、拳銃弾なら弾けるから」
「あの、相手は銃を持ってるんですか…?」
「銃までは持ってないさ、多分。でも、あたし達が出動るってことは、相手もそこそこの攻撃魔法を使う人。もし戦闘になったら、いろんな破片が飛んできたり、物理的に尖った形状の魔法攻撃をされたりするかも知れないでしょ?あたし達は多少の被害はこの身で受け止めながら、最速で相手を無力化するのが仕事だから。だから防弾装備は必須なの、OK?」
「はい」
辞めたい。なにもOKじゃない。
なんてこった、とんだブラック企業だ。完全に入る所を間違えた。
ようやく自分の防御系魔法スキルが世間のお役に立つかと思ったが、やはりこの職場で必要とされるのは腕っぷしであり、生身の身体能力であり、攻撃系魔法だ。
今は試用期間的な扱いなのだろうか?一度現場に連れてってみて、使えなければ即解雇か?クビになる前に辞める?辞めちゃう?
「ゃめ……」
危うくサクラの眼前で「辞めたい」と口走るところだった。一人暮らしのニート期間が長いと、すぐ独り言を発してしまう。
「装備できたか」
気付けば、すぐ近くにオオスミが立っていた。その隣に金髪野郎ことタイヨウ、その隣にアカリ。Q-MAPの面々揃い踏みである。
「さっきのアカリの説明通りだ。俺とタイヨウが正面から、お前とサクラはベランダから突入。必要なタイミングで、必要な魔法防壁を展開して対象の動きを封じろ。指示は俺かサクラが出す」
煙草の煙を深く吸い込みながら、オオスミが言う。
並んで立つと、オオスミよりも隣にいるタイヨウの方が背が高かった。2枚の暴挙鎮圧用防楯を手に、タイヨウはサングラスの向こうからハヤブサを睨みつけていた。
「プランはブリーフィング通りA、場合によってはBに移行する。エスケープは基本ナシだ。いいな?」
「応!」
元気よくタイヨウが応じ、サクラとアカリは深く頷く。
果たしてブリーフィングとは何なのか、どのプランでいくのかハヤブサにはさっぱり不明だが、取り敢えず周りに合わせて頷いておく。皇国民はみな同調性が高い。
「ハヤブサ、ボディアーマーはしっかり着込んどけ。今後、自分ひとりで着れるように特訓もしとけ。魔法に頼り過ぎるな」
「は、はい!」
「象さん蹴られても泣くんじゃ無ェぞ?」
「そりゃ隊長でしょ」
「俺の象さんは蹴られても平気だ」
「黙れ仔象」
なんだろう、この中学2年生の童貞サミットじみた会話は。
ハヤブサは胸の奥でちらりと思う。
「じゃあ始めるよ!」
そう言って、サクラはハヤブサの手を取って走り出した。
同じ方向にオオスミとタイヨウ、アカリが駆け出していき、すぐに路地を曲がっていく。
先程までの和気あいあいとした童貞サミットの空気は一瞬でなくなり、緊張感がピンと張りつめていた。
Q-MAPの動きに合わせて、スーツ姿の刑事たちも一斉に動き出す。制服警官もにわかに色めき立った。
そして、彼らを追う無数の野次馬の目、目、目。
ハヤブサの辞めたくても辞められない、止まらない初陣の幕開けである。
お待たせしました!いよいよ次話から魔法バトルアクションが始まります!
評価も随時お待ちしております!!