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第二章:似合わない

……なんか、あっさり合格だって言われたんですけど。


その後すんなり帰されたかと思えば家に大量の書類(雇用契約がどうの、守秘義務がどうの)が届き、一通り目を通しては自署サインとハンコを押しまくり、まとめて送り返した翌日には警察の制服が一式ダンボールで届いた。


サッポロ市 ソウエン街区


皇国電鉄ソウエン駅から徒歩5分。大型ショッピングセンターの裏にあるアパートの一室が、ハヤブサの家だ。

14畳ワンルーム。広めだが、欲を言えば2つに分けてリビングと洋室の1LDKにしてほしかった間取り。家賃は6万円。部屋の隅に置かれたFF式ガスストーブは、冬になると極寒の大地と化す蝦夷島で暮らすには少し心許ない。


せっかく届いたので、試しに制服とやらに袖を通してみて、ハヤブサは早速絶望した。


コスプレ感しかない。


黒を基調とした、作業服と「警察官の制服」の中間のようなデザイン。

中に着るのは真っ白なシャツ、首元には黒と紫色で構成されたギンガムチェックのネクタイ…申し訳ないが若干ダサい。

両袖には切り込みが入っており、腕につけた魔法能力強化拡張腕装着型デバイスに干渉しないようになっている。

制服は全体的に厚みがあるが、軽量で通気性もよく、かっちりして見える割に動きやすい。さすが税金で作った一張羅は質がいい。

問題は、それを着ている人間だ。


あえて再度言うなら、コスプレ感しかない。


お世辞にも体格がいいとは言えない、ひょろりとした人間が着こなせる代物ではなかった。言い換えるなら、母親に大きめの学ランを買い与えられた中学1年生の姿に近い。

何故かズボンの裾もジャケットの袖も全てサイズはピッタリだが、そうじゃない。そこじゃない。

絶望的なまでに似合わないのだ。


洗面台の鏡を見れば、切ない顔をした男性がコスプレ感満載の衣装を着せられている姿が映っていた。


背丈は平均的、少し痩せ型で若干色白。

試験&面接のために、髪はさっぱり短めに整えている。

ザ・幸薄な表情をたたえ、どうキメ顔をしてみても気弱そうに見えてしまうのは、右目の下にある泣きぼくろの所為。


「…似合わねぇ〜……」


声に出せば尚更似合わなさ倍増。

こんな警察官がいたら、道を尋ねるのも憚られる。童謡でいえば、困ってしまってワンワンワワーンである。泣きはしないが。


あの日、あの試験会場で、即応魔装機動隊の隊長に「合格だ」と言われ、それを証明するかのように大量の書類が届き、あなたをかくかくしかじかの条件でサッポロ市警に迎え入れますよ、これからよろしくね★という警察長官殿とサッポロ市長殿からのメッセージまでご丁寧にいただいたが、ハヤブサには正直実感がなかった。


なにせ、次の就職試験で不合格だったら死のうと思って臨んだ試験でうっかり合格してしまったのだ。

背水の陣といえばそうだし、自分でも気付かないうちにどことなく気合が入っていたのかも知れないが、こんなに都合よく決まるものかと不安になる部分も大きい。

やったあ合格だぁと少し浮かれて、届いた書類に記名捺印したテンションは、既に無い。

本当に合格なのか?本当に公務員になったのか?壮大なドッキリではないか?海外では他人の家に虚偽の通報をして特殊部隊を突入させる、スワッティングなる恐ろしいイタズラもあると聞く。新手のイタズラか嫌がらせではあるまいな?

一度疑えば、正気には戻れないのがハヤブサという人間である。


「…どうしよう」


届いたばかりの制服に身を包みながら、ハヤブサはテーブルの上に置かれた紙を見下ろした。



フドウ・M・ハヤブサ

貴殿を、4月1日付でサッポロ市警察本部魔装警備部即応魔装機動隊に配属する。



A4のコピー用紙には、2行。

その文字だけが印字されていた。

今日は3月31日、つまりは明日から正式に配属だ。

おう、バカ言え。エイプリルフールじゃないだろうな。


他の警察官とは違い、Q-MAPだけは完全実力主義。警察官としての経験やスキルは不要、採用試験官となる部隊長の鶴の一声で着任が決まる。

警察学校への入校や新人教育、交番勤務のおまわりさんからのレベルアップ、大卒だから君はキャリア組ね、といった構造ではない。

採用するといったら採用され、明日から来いといわれれば明日から行かなければならない。全ての警察組織の中で、Q-MAPという部隊だけが異質な存在、らしい(届いた書類の中にそんなことが書いてあった)。

つまり明日から、警察のことなんかゼロ知識の状態で、市民の安心と安全を守る機動隊員の仲間入りを果たしてしまうのだ。

それはそれでとっても不安である。


「そもそも明日何着て何時にどこ行きゃいいんだ…」


肝心なことはどこにも記されておらず。

気付けば時刻は夜11時を回っており、そろそろお休みしたい時間帯。


まずはしっかりたっぷり寝て、一般的な公務員のように8時くらいに市警本部庁舎へ行こう。服はわからんから、スーツを着て制服は段ボールごと持って行こう。


ハヤブサはいそいそと制服を脱いで段ボールの中に押し込み、必要になりそうな書類をまとめてブリーフケースに突っ込み、部屋の電気を消した。

ああ死にたいもう嫌だといつものように即メンタル崩壊しなかったのは、きっと、少しだけ、採用試験合格という知らせに心が踊っていたからだ。






同時刻

サッポロ市警 魔装警備部 即応魔装機動隊 部隊長執務室


他のメンバーは皆、交代制で休暇を取るか、当直の隊員は庁舎内の仮眠室で蓑虫になっている。

隊長のエン・O・オオスミ四等警部のみに与えられた部屋に、男が2人向かい合わせでソファに座っていた。

ひとりは部屋の主、オオスミ。

もうひとりは、彼の上司でありサッポロ市警の長、サッポロ市警察長官である。

応接テーブルに置かれた灰皿から、ゆらりと紫煙が昇る。


「すみませんね、ヘビースモーカーなもので」


オオスミが声を掛ければ、長官は少し眉を顰めた。

「本当にすまんと思ってるなら火を消してくれんかね」

「ヘビースモーカーなもので」

「ガンで死ね」


真顔で放たれた辛辣な一言に、しかしオオスミは小さく笑った。

筋肉に物を言わせたゴリゴリマッチョマン、子供の頃動物園のゴリラさんとお相撲したゼ!な体格・風貌ではない。

むしろその逆で、背格好だけで言えば普通の成人男性。

サイドを短く刈り上げたスポーティーな髪型。胸ポケットに眼鏡を引っ掛け、肘まで捲ったシャツから伸びる腕の筋肉は人並み。

警察官というよりは、週末ジム通いのサラリーマンのようだ。


「それで、こんな夜更けになにかありましたか、長官?」

「あぁ。明日から新人が入ると聞いてね、どんな奴か聞いておこうと思って」

「履歴書と俺の推薦書は長官室のデスクに置いた筈ですが」

「お前の口から聞きたいんだよ、オオスミ隊長。フドウ・M・ハヤブサって男のことを」


そう言って、長官は組んでいた足を組み替えた。

刑事上がりのノンキャリア組。実力で魔装警備部に入ったあとは、無能なキャリア組をこき下ろし、敵同士を争わせてうまくピラミッドを駆け上がり、組織内の派閥争いに勝利した頭脳派。

魔装警備部長になってから現場に出る機会が減り、腹の肉と白髪が増えたと笑っていたが、眼光の鋭さは衰えない定年間近の実力者。


オオスミは手にしていた煙草を一口吸い、煙を天井に向けてふうっと吐いてから長官を見た。


「面白そうな奴です。特級防御魔法能力者なんて聞いたことありますか?サクラの攻撃は無詠唱で無効化、俺の攻撃は散文詠唱で簡単に弾かれました。俺の炎で歯が立たなかったのは久しぶりです」


オオスミが目を細める。が、長官は真顔を崩さない。


「防御魔法を扱えても、他が出来なければ意味がない。それに、お前だって本気の攻撃魔法をあの新人にぶつけた訳ではないだろう。彼の実力はまだわからないんじゃないのか」

「どうでしょう。盾役がいれば、現場での戦術の幅は広がります。他の魔装士との組み合わせ次第では、警備戦略も変わってきます。本当の実力は…明日の本番で見せてもらうつもりです」

「明日?」

「ええ、朝から魔法犯の連中との合同作戦が入ってます」


その言葉を聞いて、長官は初めて口許に笑みを浮かべた。


「期待外れな結果にならないといいな」


オオスミは何も言わずに煙草をくわえ、ゆっくりと肺に煙を流し込んだ。長官は音も立てずにソファから立ち上がり、オオスミを一瞥して部屋から出て行った。


やがて夜は更けてゆき、年度が変わる。

サッポロの4月は、まだまだ寒い。


現実世界の4月の札幌は、たまに雪が降ります。

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