第26話 貴方の選ぶ相手
海へと出発した車内では何となく聞いた事のある洋楽が流れている。 両隣りの櫻と凛は未だにご機嫌斜めの様子だ……。 ここで櫻の機嫌取りをすれば凛が、凛の機嫌を取れば櫻が不機嫌になるのは明白。 俺は身動きが取れずにいた。
雄也、頼む。 この状況で目的地までは辛い。 何でもいいから話をしてくれ……。
俺は助手席の雄也に救いを求める視線を送り続けた。それに気付いたのかは分からないが、無言の車内で雄也が口を開く。
「なぁ、南々子は親父のどこに惚れたんだ?」
「な、なに突然!?」
雄也の質問に南々子さんは頬を染めて狼狽えている。 質問の内容を思うと当然だとは思うが。
「人生の先輩として、結婚しようとまで想ったその理由を若輩の俺達は聞きたいんだよ。 なぁ喜多川」
「え、う、うん」
相変わらず最もらしい事を言うのが上手い奴だな、櫻まで巻き込んで。 まぁ俺としては耐え難い沈黙から解放されて助かったが……ありがとう雄也。
「そ、そうね……」
南々子さんは恥ずかしそうにしながらも雄也の質問に答えようとしている。
「自分の考えを自信を持って言える人だと思ったし、それを行動出来る所、かな?」
「へぇ、素敵ですね! 優柔不断な男は嫌ですもんね……」
南々子さんの言葉に共感しながら横目で俺を見る櫻。 その視線は……心に刺さるものがあるな。
「昔のこーくんの方が男らしかったかも……」
右からぼそっと呟く声が聴こえる、今日の凛は厳しい気がする……。 雄也、話をしてくれたのはいいが、状況が悪化しているぞ……。 いかん、心が折れそうだ……。
「なるほど。 凛はどんな男がいいと思う?」
雄也が凛に話を振る。 いや、今そういう質問は危ない気が……。 思わず凛を見ると、凛も俺を見上げて、
「私は、頼り甲斐があって、笑顔が素敵な人がいい」
俺を見ながら、優しく微笑み凛は言った。 その表情は、今でも俺はそうだと言ってくれている様に見えて、そして、その凛の可憐な笑顔に目を奪われた。
雄也の質問のおかげで凛の機嫌が直ったみたいだ。 流石雄也、ここまで計算していたのか。
「喜多川はどうだ?」
「私? 私は……」
今度は櫻に話を振る雄也、俺はちらりと横目で櫻を見る。
「その人の前では自然な自分でいられて、それに向き合ってくれる人、かな」
少し潤んだ瞳で俺を見る櫻。 前と違って怒っている櫻をよく見るからか、こういう顔の時の櫻が驚くほど可愛く見える。
……ありがとう雄也。 どうやら危機は去った様だ。
お前は俺の、親友だよ……。
「じゃあ孝輝はどうだ? どんな女に惹かれる?」
「ーーーは?」
俺? 俺は駄目だろ? 両隣に櫻と凛がいて、何て言えばいいんだよ……。
もういいんだ親友よ、そこで終わってくれてよかったのに……。
ど、どうする? 両サイドから視線を感じる。 制限時間なんてない筈なのに、沈黙と言うプレッシャーが自然とそのタイムリミットを伝えてくる……。
結果、出た答えは……。
「や、優しい女性がいいかな……」
「なにそれ曖昧」
「優しさって色々」
……櫻に続き凛までも酷評してくる。 ありきたりで曖昧な俺の答えは全くの期待外れだった様だ。
「ゆ、雄也はどうなんだよ」
最早八つ当たりの様に雄也に恨めしく聞いてやった。
「俺か? そうだな、面白くて興味の持てる相手だな」
「ふーん、久保君にもそういう好みあるんだね」
櫻は意外そうな顔をして雄也の答えに反応していた。
俺はちょっと面白くない、なんだあっさりと答えやがって。 しかも俺より評価高い様な……。
「へぇ、やっぱり親子だね。 あの人もそんな事言ってたな」
俺から見えた南々子さんの横顔は、何だか楽しげに見えた。 車内の雰囲気は良くなってきたが、今回の話題の不正解者は俺だけ、か。
いや、違うな。 自分の考えを持って本音を言えば良かったんだ。 その場を乗り切る事ばかり考えて言った言葉なんかじゃ誰にも届かない。 また、勉強になりました。 雄也……。
その後も穏やかに会話は続き、そして、太陽の日差しを水面に弾く海が見えてきた。
「ほら孝輝、見えてきたよ! 去年はみんな受験だったもんね、久し振りの海だね!」
「ああ、そうだな」
楽しそうな櫻を見ているとこっちまで気持ちが高まってくる。 ふと凛の方を見ると、櫻とは対照的な表情をしていた。
「りん、どうした?」
「え? ううん、なんでもないよ」
そう言えば最初海に誘った時も少し渋っていたな、あ、そうか。
「泳げないのか?」
「泳げるよ、ていうかこの歳で海で本気で泳ぐ?」
……確かに。じゃああれか。
「足が付かない所までなんか行かないから平気だぞ?」
「こ、子供扱いしないで!」
真っ赤な顔をして怒る凛。 何だか可愛いな。
さて、やっと着いたな。
長いドライブから開放的な海へ、みんな車から降りると活き活きとした顔をしている。
そんな中まだ車内から出ようとしない凛。
「ほら、行こうりん」
「……うん」
本当にどうしたんだ? まるでトレードマークのポニーテールまでしょんぼりして見える。
「りん、夏の思い出作るんだろ? ほら」
そう言って俺は凛に手を伸ばした。 すると凛は少し照れながら俺の手を取り、
「うん。 今度は忘れないでね。 私も、忘れないから」
「ああ」
これからまだ長い夏休みは続くが、大事な今日を楽しもう。
周りには俺達と同じ様に楽しそうな家族や恋人、友達と来ている人達。 其々が海へと向かって行く。
俺達五人もまた、高まる気分のまま開放的な海へと向かって歩き出した。