第5話 想定外の帰還
初評価とブックマークをいただきました。
非常にうれしいものですね。
ありがとうございます。
絶句する一同──まあ分かるはずないんだけどね。 魔王を倒した後に消えた《越境者》がどうなったかなんて、その先を見れもしないんだから。
この世界から消えたから元の世界に戻ったなんて単なる思い込みなんだよ。
「今までこの世界に呼ばれた《越境者》は過去千年の間に八人──魔王を倒して消えていなくなったやつらはさ……女神様とやらに無慈悲にこの世界から世界の《狭間》に弾き出されただけだよ。 元の世界に帰ってなんかいない──そもそもそんな方法はこの世界に用意されていないんだからね」
世界によってはちゃんと元の世界に帰れる方法があるところもある。 召喚時に召喚相手のいた世界の座標を記録してある場合なんかはそれも可能だ。
だけどこの世界の魔術的技術はそれを可能としていない。 適当にランダムで呼んでそれっきり──まあ女神の存在で安定した世界では異世界からの召喚が不可能なせいでそうした技術に発展の余地がなかったのだろう。
召喚の術式については遥か昔に女神から人類にもたらされたそれを女神が封印される度にそのまま使ってるだけみたいだし。
自分の封印を解くために利用するだけで歪みにしかならない《越境者》はどうでもいいと──まあ神様からしたら人間なんてちっぽけでどうでもいい存在なんだろうけどさ…………まじでえげつないよ、ここの女神様。
「元の世界には帰れないし魔王を倒せば世界の《狭間》で永遠の迷子か死──この世界にきた《越境者》は詰んでるよね。
さて、これで俺はどうすればいいと思う?」
顔を真っ青にして口許を押さえながらガタガタと震える王女様──ふぅん……罪の意識は感じてるみたいだね。
「そ……んな…………だ、だって伝承では……」
「千年も前の伝承が全て真実なわけないでしょ? 書いたやつの思い込みか意図的にか歪曲されてるんだよ。」
実際、女神が召喚の儀式をもたらしたときには《越境者》が役目を果たしたらこの世界から消えるとしか伝えていない。
薄々気付きながら後世で儀式をする者が罪悪感を感じずに済むように書いたんじゃないかな。 こういう個人の思惑なんかは《天耳通》じゃ分からないけど。
「で、では貴方はこれから……いえ……私たちはどうすれば……」
「さてね──帰れないんだったら女神様が封印されたままでこの世界で暮らすのが《越境者》にとっては一番なんじゃない? 世界の《狭間》に放り出されることもないし魔族連中もどうにでもなるし。
自分たちのことは自分たちで考えてくれないかな?」
うん、帰れないんだったらそれが一番だろう。 どこかの街か国を庇護下に治めて魔族は撃退、魔王には手を出さずと。
「ですが! それではこの世界の多くの民が──」
「でもそれを何とかするためには《越境者》に命がけで戦って死ねっていうことだよね? 多くの民衆を守るために自分の命を捨てる──まあ感動的な英雄譚だよ。 何の義理もないのに無理矢理そんな立場に立たされるなんて悲劇を通り越して喜劇でしかないけどね。 魔王を倒したところで死ぬことも知らずに必死に戦って、まあこの世界に呼ばれた《越境者》は滑稽もいいとこだよ」
ぐっと押し黙る王女様──ちょっといじめすぎたか。
だけどまあどうでもいい話なのは確か。 これ以上は付き合う必要もない。 夕べ殿村がうちにおすすめのゲームを持ってくるって言って約束してるし早いとこ帰らないと。
「まあ、俺は俺で好きにするからさ。 魔王のことは自分らで何とかしなよ。 本当に世界がやばいなら政治やらなんやらで御使い級が協力できないとか言ってる場合じゃないでしょ?」
さっきも言ったけど御使い級では六人で魔王に対抗できるかどうかギリギリ。 逆に言えば十三人全員が協力すれば十分に魔王を倒せるということでもある。──魔王だけが相手なら。
相手も軍勢で攻めてくる。 数では人間側の方が上だけど貴族級や高位魔族に対抗できるのは一握りの人間だ。
魔王に匹敵する《越境者》を欠いて複数の高位魔族や悪魔たち、それも侯爵以上の爵位持ちを相手にした上で魔王との戦いになれば少なからずでは済まないほどの犠牲者が出る。 魔王の前に御使い級が全員、無傷で立てるなんてことはあり得ないだろう。
《越境者》がいてすら魔王の軍に対抗するために御使い級や聖人級、英雄級といった実力者たちが協力した上で大きな犠牲を払うことになるのだから。
《越境者》抜きで魔王の軍勢に対抗した場合、俺の見立てでは魔王は倒せるけど聖人級、英雄級の約六百人はほぼ全滅。 御使い級で生き残るのが二人か三人がいいところだろう。
その場合、魔王を倒した後の世界での軍事バランスに影響が出る。──そのせいで全員が協力できないでいるのが現状だ。
そんなやつらのためにわざわざ俺が戦ってやるなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがある。 自分たちで何とかできるんだから自分たちで何とかしてください、だ。
「分かって……います……でも…………でも……!」
王女様が悔しげに涙を流し声を絞り出す。 ヤバッ──この娘、思ったよりいい娘だった。
分かっていてもどうにもできないことって──それも一介の王女じゃどうにもならないことはあるよね。 あのムカツク髭親父に言うべきことだった。
俺は慌てて王女様に背を向ける。 美少女の涙には勝てない──三十六計逃げるにしかずだ。
「それじゃ、悪いけど俺は行くから後はがんばって。」
それだけ言い残すと俺は《道》を作る。 空間に空いた穴の向こうには見慣れた自分の部屋がある。──異界同士を繋ぐ《道》だ。
これは俺の持つ『六神通』の権能じゃない。 『六神通』の1つ、《天眼通》を介して得た力だ。
こういうことができるから余裕だったんだよね。──まあできなくてもさっき言ったみたいにこの世界で暮らしていけたけどさ。
まあその場合は魔王が討伐されるのを邪魔しなけりゃならなかったわけだけど。
俺はさっさと《道》をくぐり自分の部屋へと体を潜り込ませ──
「お、お待ちくださ──キャッ!?」
突然の悲鳴に振り向くと、俺に駆け寄ろうとした王女様がつまずいて突っ込んできた。
──!? まずいっ!──
何がまずいって、俺が半身をすでに元の世界に突っ込んでいたことだ。
王女様が駆け寄るのにも、つまずいてこっちに突っ込んでくるのにも気付かなかったし反応できなかった。 魔法でどうにかすることもだ。
俺にできたのはただ王女様の体を受け止め、そのままの勢いで倒れ込むことだけ──そうして王女様ともども俺の部屋へと転がり込むとそのまま《道》が閉じる。
──やべっ……これ……どうしよう?──