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ボーニンゲン・ガンバローズ~熱き男たちの友情~  作者: きちやまきちこ。
第1章 ボーニンゲン・ガンバローズのメンバーたち
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6話 銀棒と青いトラック

 意外な光景を目撃した銀棒は、自らの気配を消して、その視覚の望むままに、その光景を凝視していた。

 

 今、彼が身を置いているのは、自らが所属するプロ野球チーム、ボーニンゲンアフローズのロッカールームの入り口である。中に用事があって立ち入ろうとした彼の足をその寸前で留めているのは、そこで彼の大先輩である金棒が、チームメイト全員の野球の道具を一切合財取り出している光景である。


 「金棒さん、みんなの道具を取り出して、これから一体何をするんだろう。」


 息を殺して瞬きも忘れて、金棒の動きを凝視していた彼は、その次の金棒の動きに驚き、立っていた右足に思わず力を入れてしまった。


 ・・・・・・ミシッ。

 ───────────しまった!


 ほとんど音のない空間の中で、彼が発したわずかな足音は────そう、ほんのわずかであったのにもかかわらず────、その存在の光を、あまりにもまばゆく放っていた。

 

 ロッカールームの中から足音が近づいてくる──────。


 銀棒にとって、それはちょっとした恐怖だった。


 近づいてくる足音の主である金棒は、確かに同じチームで毎日一緒にプレーしているが、高校を卒業してからプロ入りして間もない新人の銀棒にとって(たとえ彼が高校時代、超高校級スラッガーと呼ばれて野球の超名門校から鳴り物入りでアフローズに入団した超大型新人であったとしても、である。)、頭に鬼のような角を持つその風貌と、プロ野球界に並び立つものがほとんどいないその強打者ぶりから、チーム内外より『アフローズの鬼』と呼ばれて恐れられており、チームの屋台骨を長年支え続けている大ベテランに、おいそれと話かけられるはずもなかった。


 つまり、銀棒にとって金棒は、いわば『雲の上の人』であり、尊敬はしているものの、怖い先輩であったのだ。


 それまで挨拶程度しか言葉を交わしたことがなかった、そんな怖い先輩がこちらに近づいてくる恐怖、それも、その先輩をこっそり見ていたことがバレる瞬間が刻一刻と近づく恐怖・・・銀棒は、恐怖のあまり、目を固く閉じ、その場から動けずに震えていた。


 とは言え、彼が抱える本当の恐怖は、実は別のところにあったのであり、彼はそれから間もなくしてその恐怖に直面することになるのであるが・・・。


 足音が銀棒のすぐそばで止まった。

 その時銀棒は、その大きな体をこれ以上小さくできないくらいに丸め込んで座り込み、両足を抱え込んで下を向いていた。

 

 そんな銀棒の丸まった背中に、優しい口調の落ち着いた声が降ってきた。


 「おや、銀棒じゃないか。一体どうしたんだい。ロッカールームに用事があるんじゃないのかい。」


 声はさらに、銀棒の震える背中に穏やかに降り積もる。


 「ちょうどよかった。もし、今君に時間があるなら、いい機会だからゆっくり話でもしたいのだがどうかな。ちょうど今からみんなの道具の手入れをするところだったから、ついでに君にも手伝ってもらえると嬉しいのだが、この後何か予定があるのかな。」


 銀棒にとっては意外過ぎる申し出だった。

 幸か不幸か、この後の予定は特にない。

 怖い先輩ではあるが、実はいい人かも・・・。


 恐る恐る顔を上げた銀棒は、その穏やかな声の主の申し出を受けることにした。


 道理で、自分の道具の手入れをしようとしたら、いつもきちんと整えられていて、すべてがピカピカだったわけだ・・・。


 銀棒は、アフローズ入団時から、この怪現象に見舞われ、少し怖い半面、この現象を引き起こす謎の人物に感謝もしていたのであるが、思わぬ場面で、その怪現象の真相を知ることとなったのである。


 彼は、その怪現象を引き起こしていた謎の人物が、チームの主砲であり、長年ボ・リーグの第一線で活躍している大ベテランの金棒であったことに感謝し、金棒への尊敬の思いをさらに強めた。

 金棒の後についてロッカールームに入ると、ベンチ一面に、チームメンバー全員分の道具が整然と並べられていたのだが、その中に銀棒は、今自分がここに来た目的の物を見つけた。


 彼は忘れ物を取りに、いったん後にしたスタジアムへ引き返してロッカールームの入り口まで戻ってきて、そしてその中で金棒が、彼のロッカーから、まさに取りに来たその忘れ物を丁寧な手つきで取りだしている瞬間を目撃し、「あっ、それは・・・」と思ったはずみで足を踏ん張り、音を立ててしまって金棒に見つかったのである。


 「君のロッカーから、少し珍しい物を見つけたのだが、これは・・・」


 銀棒が、本当の意味で恐れていた瞬間が訪れた。


 彼が本当に恐れていたのは、怖い先輩と二人きりになることでも、こっそり覗いていたことがバレて怒られることでもなかった。


 彼が本当に恐れていたのは─────────、たまたまロッカールームに置き忘れた宝物─────それは、青いトラックのおもちゃだった──────を、誰かに見つかって、それについて何かを尋ねられることだった。


 「これは・・・、というより、君はなぜ、試合に関係のない物をスタジアムに持ち込んでいるのかね。まあ、他のチームメンバーの中には、試合の後にパーティーに行く奴が多いから、よく、派手な服や自撮り棒なんかを持ち込んではいるが、君のその青いトラックのおもちゃは、そういうフザケた物とは明らかに違う。おそらく君は、これをとても大切にしているのだろうが、もしかして、いつも持ち歩いているのか?」


 金棒は、普段は寡黙だが、自分がどうしても気になることがあると、途端に口数が多くなる。


 「いや、言いたくないのなら、無理に言わなくてもいいんだ。君の大切な思い出が詰まった大切な宝物なんだろうから、それを無闇に他人に話す必要はないさ。・・・すまない。さっき私が言ったことは聞かなかったことにしてくれ。」


 金棒は、訊いてはいけないことを訊こうとしてしまった自分の非をすぐにでも打ち消したい気持ちに駆られ、いつものような穏やかな口調ではあったものの、いつになく早口でまくしたてた。


 しかし、金棒の長いセリフをずっと聴いていた銀棒は、「金棒さんになら打ち明けてもいい」と思うようになり始めていた───────そう、子供のころ父に買ってもらってからずっと大切にしている自分の宝物で、そのほとんどすべてを埋め尽くす暗く悲しい思い出と、自らが託したほんのわずかな希望でできている、この青いトラックのおもちゃの話を───────。


 「あれは、僕がまだ、幼稚園にも行っていなかったぐらいの齢のころだったと思います。もちろん、そんな頃だったので、詳しいことは何も覚えていないんですが、父が僕に、この青いトラックのおもちゃを買ってくれたんです。」


 意を決して、銀棒は話し始めた。

 金棒は、自分に大切な話をしてくれようとする後輩に敬意をおぼえつつ、黙って銀棒の話を聴いていた。銀棒はさらに話を続けた。


 「でもそれからすぐ、ある日突然、僕は母に、どこか遠くへ連れて行かれて家に帰れなくなり、それ以来、父に会えなくなってしまったんです。母に連れられて家を出てから、いろいろな町に住んで、いろいろな学校に行って、そして、いろいろな施設にも入りましたが、どこへ行っても僕はよそ者で、僕の居場所はどこにもありませんでした。」


 金棒は、銀棒の話が思わぬ方向へ向かおうとしていることに内心慌てたが、口をはさみたい衝動に何とか打ち勝って、黙って銀棒の話を聴き続けた。


 「そんな僕の唯一の支えが、別れた父がくれた、この青いトラックのおもちゃだったんです。実は、この青いトラックのおもちゃは同じものがもう一台あって、それは、父が持っているんです。だから、この青いトラックのおもちゃをずっと持っていたら、もう一台を持っている父に会えた時に、すぐに僕だと気づいてもらえると思って、僕は肌身離さず持っているんです。それなのに今日、僕はなぜかここに忘れて帰っちゃって、気づいて取りに戻ったのが今の状況なんです。でも、今日、この青いトラックのおもちゃをここに忘れて帰って良かったです。もしもいつものようにきちんと持って帰っていたら、こうして金棒さんとゆっくりお話しさせていただく機会に恵まれることもなかったでしょうし、せっかく憧れて入団したアフローズにも失望したままだったでしょう。」


 ・・・ん? 失望?・・・やはり彼もだったか。


 金棒は、銀棒の話をそこまで聴いて、頭の中で渦巻く様々な思いや考えに、今にも翻弄されそうになっていた。


 ・・・たしかに、彼がアフローズに入ってきたときは、希望に満ちた明るい顔をしていたが、それでもどこか、寂しげな影のようなものがいつも見え隠れしていたように思う。変だなとは思っていたが、そんな苦労をしていたのか・・・。まあそんな彼なら、このチームのお祭り騒ぎな雰囲気にはほどなくして馴染めなくなるだろうとは思っていたから、彼の口から、チームに失望したと聴いても別に驚きはしない・・・。それにしても青いトラックのおもちゃ・・・待てよ、以前どこかで同じ物を見たような気がする。でも一体いつどこで見たんだろう。その話を彼にしようか、いや、いつどこで見たかを思い出せないうちは、そんな話はしない方がいいか。何より、そのトラックのおもちゃが誰のものだったのかがわからなければ、彼に話してもきっと意味のない話にしかならないのではないか。そうは言っても、やはり思い当たることを思い当たる範囲で話せば、彼はそれを手がかりにして、別れた父親と再会できるかもしれない・・・やはり、彼に話そう。


 「銀棒、その青いトラックのおもちゃだが実は・・・」


 そこまで言葉にしたところで金棒は、あることを思い出した。

 それは、その青いトラックを見た場所だった。


 「・・・アフローズのベンチで一度見かけたことがある。君がアフローズに入団する前のことだから、今君が持っている、その青いトラックそのものではない。きっとそのトラックは、君のお父さんがベンチに置いていたものに違いない。と言うのは、もうそのおもちゃは今の時代の物じゃないからもはや作られていないはずだからだ。」


 金棒が思い出したことを全て話すと、銀棒は、すがる思いで尋ねた。


 「えっ?アフローズのベンチで見たのですか?つまりそこに父がいたということですよね?じゃあそれが誰の物だったのか、金棒さんはご存じなんですか?」


 しかし金棒は、それが誰の物であったのかまでは知らないので、

「すまない銀棒、わたしはそれが誰の物であったのかまでは知らないんだ。ただ、あの時他にもそれを見かけた奴ならいるかもしれない。」と、答えるしかなかった。


 銀棒は、それでも嬉しかった。

 「金棒さん、ありがとうございます。僕、アフローズの先輩方に訊いて、調べてみます。・・・父を見つけられるかも・・・!」


 銀棒は、父親に再開できる希望が具体化したことと、怖い先輩だと思っていた金棒の気さくで温かい人柄に触れたことに喜び、アフローズに入団するまでの自分の身の上をすべて金棒に話した。

内容のほとんどは、暗く悲しいものであったが、銀棒が幸せな気分で話していたのがわかったので落ち着いて聴くことができたのが、金棒にとって救いであった。


 ひとしきり話し終わった銀棒は言った。


 「金棒さんのお話も良かったら聞かせてくださいよ。」


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