5話 薄紫棒と謎のアロハ
薄紫棒がどこからか仕入れてくる不思議な飲み物。
それがとにかく美味しい。
チームメイト全員がいつも絶賛する。
「おいしいよ、薄紫棒!」
特に喜ぶのが桃棒である。ボーニンゲン・ガンバローズのコック長は料理が得意な紅棒だが、その紅棒がつくった料理と薄紫棒が持参する飲み物の組み合わせが桃棒は大好きなのだ。
しかし。
「薄紫棒、このジュース(かどうかも怪しい飲み物)、どこで手に入れているの?」
「ふふっ、教えない。」
薄紫棒は絶対にその入手先を桃棒に、いや誰にも教えない。
(何か、非合法的なルートなのか…)
桃棒が空想し始めたのを薄紫棒が慌てて全力で止める。
「違うよ、大丈夫だよ、桃棒。」
「じゃあ、教えてよ。」
「だめ、教えない。」
いくらお願いしても、薄紫棒は絶対に入手先を教えてくれない。
オフの日。
「薄紫棒、これから一緒に食事でもどう?」
桃棒は電話で薄紫棒を誘った。しかし返事はNoだった。
「ごめん桃棒、これから人と会う約束なんだ。本当にごめん!」
「いや、いいよ。気にしないで、薄紫棒!」
と言いつつ、気にする桃棒。なぜならいままで薄紫棒がこんなに桃棒に謝ることなんてほとんどなかったからである。それどころか、桃棒の誘いを断ること自体がほとんどない。そこで桃棒、ピンと来た。
「もしかして薄紫棒、これから飲み物を手に入れにいくのでは…?」
すぐに家を出た桃棒、目指すは薄紫棒の家である。そんなに遠い距離ではない、歩いて2~3分のところにある。でも薄紫棒を見失っては作戦が失敗してしまう。すでに桃棒の頭の中には「薄紫棒を追跡して入手先を発見する作戦」、作戦名「ウスムラサキボウ・インポッシブル」が始まっていた。
薄紫棒の家に着いた桃棒、すぐそばの電信柱に隠れた。ちゃんと変装はしてきた。バレないように帽子をかぶったのだ。これで絶対にバレるはずはない。
数分後、薄紫棒が家から出てきた。どうやら歩いて入手先まで行くようだ。桃棒は少し離れてあとをつけた。気分は刑事である。
(そういえば、この前、紫棒がボーニンゲン警察を見て泣いていた、と青棒が言ってたなぁ。紫棒らしいや。)
1人笑いながら歩いていると、前方の薄紫棒が立ち止まった。すぐに隠れる桃棒。そこは商店街だった。薄紫棒は周りを確認した後、ある喫茶店に入った。
(うん?あの喫茶店で入手しているのか?)
2~3分してから薄紫棒が店から出てきた。手には何も持っていない。
(なんだ、コーヒーを飲んだだけか。)
また歩く薄紫棒。それを追いかける桃棒。
(でも紫棒、どのシーンで泣いたんだろう。あのときの話は車の爆破がメインで、泣くようなシーン、ないと思うんだけどな。今度、参考に聞いとかなくちゃ。)
するとまたもや薄紫棒が立ち止まった。さっきの喫茶店から5分ほど離れた、別の喫茶店にまた入っていった。
(また喫茶店!?)
桃棒が喫茶店に入っていった薄紫棒を待った。
さっきと違い、今度はなかなか店から出てこない。かれこれ15分経っただろうか。
(お腹空いたなぁ…そうだ、食事の前だったもんなぁ)
何となく寂しくなり、泣きそうになってきた桃棒。
すると喫茶店から出てきた薄紫棒がこっちに戻ってきた。慌てて隠れる桃棒。桃棒の前を横切った薄紫棒はそのまま来た道を戻り始めた。
(あれ、これじゃ、薄紫棒の家に戻る道じゃないか)
不思議に思った桃棒。すると信じられないことが起こった。薄紫棒が角を曲がり、桃棒もそのあとを追って角を曲がった瞬間、なんと薄紫棒を見失ってしまったのだ。
(しまった、薄紫棒がいない!)
桃棒、少し考えていた隙に薄紫棒を見失ったのである。
(どうしよう!)
別に困ることでもないが、焦った桃棒は薄紫棒の家に走って戻っていった。
それをお店の中から見ていた薄紫棒。そこは最初に入った喫茶店だった。桃棒が自分の家の方向に走っていくのを店内から見届けて、薄紫棒はテーブルに座った。
「すいません、友達が後ろから尾行していたのが分かってたんで…。あっお姉さん、ホットコーヒーを1つ。」
「では、私も。」
目の前にいるボーニンゲンも注文した。そのボーニンゲンはニッポン国でいうところのアロハシャツを着ていて、黒いサングラスをしていた。
「彼、桃棒というのですが、変装したつもりだったんでしょう。でもバレバレでした。」
「どうして、ですか?」
アロハシャツが不思議そうに聞く。
「だってあの帽子、僕が桃棒にあげた、この世に1つだけの特注品ですから。」
「ハッハッハッハ。」
アロハシャツは愉快そうに笑った。
「じゃあ、いつ、もの、を…」
アロハシャツが横に置いてあった紙袋を薄紫棒に手渡した。
「いつもすいません、ただでもらって。いいんですか、お金は?」
するとアロハシャツはお姉さんが持ってきたホットコーヒーを飲みながら言った。
「いいん、です、それ、より、それを、メンバーに、飲ませて、あげて、くだせえ。」
薄紫棒はそのイントネーションからアロハシャツはボーニンゲン国以外の出身者であると考えていた。
「そして、ぜひ、紅棒、さんの、ごはんと、いっしょに、メンバーを、よろこばせて、あげて、くだせえ。」
最後の「くだせえ」がどうしても気になる薄紫棒。
「あと、安心、して、くださえ。それは、安全、な、飲み物、です。」
「わかりました、いつもありがとうございます!」
「でも、約束、は、忘れ、ないで、くだせえ。わたしの、ことは、内緒、です。」
「はい!」
薄紫棒は紙袋を手に持って自宅も戻った。すると玄関の前で桃棒が泣きそうな顔で待っていた。
「どうしたんだい、桃棒!」
「君を追いかけて…いや、なんでもないよ!」
口が裂けても「尾行していた」なんて言えない桃棒。しかし薄紫棒はすべてわかっていた。自分がいつも差し入れする飲み物の入手先を知りたくて、あとをつけていたことを。
(でも桃棒、入手先は秘密なんだ。ごめんね。)
薄紫棒自身、あのアロハシャツが誰だか分かっていない。ある日突然、薄紫棒のところにやってきて、飲み物の差し入れをしてくれたのだ。最初は薄紫棒も怪しんだ。タダで飲み物をあげるなんて、どう考えてもおかしい。でも飲み物はとてもおいしく、そして体にも良いことがわかった。もちろんドーピング検査にも違反しない。
ではあのアロハシャツは誰なのか。ドリンクメーカーの営業か、チームメイトの身内か、それともそれ以外の誰か…、いいや、いましばらくは考えないでおこう、それが薄紫棒の結論だった。それはあのアロハシャツがガンバローズのみんなを喜ばせたい、熱狂的なファンの一人であるということに間違いはない、という結論に達したからだ。
「じゃあ、桃棒!一緒にご飯を食べようよ!お腹、空いたよ!」
「うん!」
座り込んでいる桃棒に薄紫棒が手を差し出されと、桃棒は笑顔でぐっと手を握った。
翌日。
「さあ、今日もしまっていこうぜ!」
「おう!」
白棒監督の掛け声に答えるメンバー。
「今日も勝ったら紅棒の食事と薄紫棒の飲み物だ、だが負けたらご飯は抜きだぞ!」
もちろん白棒監督の発破ということに気付いているメンバーだが、1人だけ真に受けたボーニンゲンがいる。
「それはないよ、監督~。」
緑棒の落ち込んだ声に笑いが生まれるガンバローズ。
ちなみにこの日の試合、監督の発言を本気にした緑棒、全打席すべてランニングホームランにしてしまった。もちろんチームは快勝である。
試合終了後。
球場応接室にはガンバローズの黒棒オーナーと対戦相手のボーニンゲン・ブシドーズのオーナーがいた。黒棒オーナーはいつものようにターバンを巻き、サングラス、海外製の高級スーツを着こなしている。
「いやあ、今日の緑棒くん、すごかったですねぇ。」
ブシドーズのオーナーが感心していると、黒棒がそれに答えた。
「はい、緑棒、くん、すごかった、です。チームの、食事が、いい、結果を、出して、いると、思います。」
「確か、ガンバローズのコック長は紅棒くんで、飲み物を薄紫棒くんが差し入れしているのですよね?」
黒棒オーナーは頷いた。
「はい、そうです。紅棒、くんの、食事、おいしい、です。いちど、食べて、みて、・・・」
黒棒オーナーは立ち上がりながら嬉しそうに言った。
「くだせえ。」