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ボーニンゲン・ガンバローズ~熱き男たちの友情~  作者: きちやまきちこ。
第1章 ボーニンゲン・ガンバローズのメンバーたち
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19話 平棒と新たな幸せ

「大将、もう一杯!」


平棒は、おでんの屋台の主人に、冷酒のおかわりを要求した。


「平棒さん、今日はもうやめときな。あんたちょっと飲みすぎてるよ。明日も試合で球審するんだろ?二日酔いで正しいジャッジができるほどプロ野球の審判ってぇのも甘くねぇんだろ?あんたいつもそう言ってるじゃねぇか。」


屋台の主人は、いつもより酒量の多い平棒を気づかった。

しかし、この馴染み客は、いつもと違ってまだ冷酒を飲みたがった。


「しょうがねぇなぁ、全くよぉ…。」


困った主人は、新しいグラスに水をなみなみと注ぎ、カウンターに置いて彼に勧めた。


冷酒のおかわりをもらったと思った平棒は、主人に礼を言って、また一気にあおった。

彼は、水を飲まされていることに気づいていないようだった。


主人は、空になった平棒のグラスに水を注ぎながら、静かに彼に語りかけた。


「あんたまた、息子さんのことを考えてるんだろう。そんなに会いたいんなら、考えてばっかりいねぇでいっぺん探してみたらどうだい?」


平棒は、またその水を一気にあおった後、深いため息をついて、ボソボソと話した。


「そうなんだよ大将、私は息子に会いたいんだ。ただ、息子に新しい父親がいて、それで息子が幸せだったら、今さら私がのこのこ会いに行っても息子に迷惑がかかるだけではないだろうか、と思うと、なかなか行動に踏み出せないんだ・・・。」


「そうは言ってもよぉ、新しい父親なんて、はなからいねぇかもしれねぇだろ。別にあんたが息子さんを見つけだして再会したって、何も罪はねぇじゃねぇか。ひょっとしたら息子さんだって、あんたに会いたがってるかもしんねぇよ。もし新しい父親がいたらそりゃあんたぁ、そん時ゃそん時さ。」


主人は、煮え切らない平棒の様子に少し呆れつつも、この馴染み客にはそろそろ新しい幸せをつかんでもらいたいという思いから、空になったグラスにまた水を注ぎつつ、彼が語る後ろ向きな可能性とは別の、前向きな可能性を示した。


それに対して平棒が口を開いて何か言おうとしたが、それより先に、後ろから男の声がした。


「すみません、いいですか?」


主人がその声に反応して顔を上げると、ボーニンゲン国民の平均的な体格より少し大柄な一人のボーニンゲンと、そのボーニンゲンと同じような体格をした一匹の巨大なカマキリが、屋台の暖簾をくぐって入って来た。


主人は新しい客を快く迎え入れた。


「いらっしゃいませー。ご注文はカウンターの上のメニューに載ってるものからどうぞー。」


席に着くやいなや、ボーニンゲンの方が、カウンター席の隅にいる平棒に気づき、声をかける。


「あれっ?平棒さんじゃないですか。お疲れ様です。こんな所で会うなんて、奇遇ですね。」


平棒は、声をかけてきた相手の顔を見て、意外そうな顔をして、返答する。


「やぁ、紅棒君じゃないか。今日も試合お疲れ様。お連れの方がご一緒なんだね。」


主人がそれを聞いて驚き、連れの巨大なカマキリの正体にも気づいてまた驚いた。


「もしかして、ボーニンゲンガンバローズの紅棒選手ですかい?それでそちらのお方は、昆虫プロレスのマンティス鎌切選手・・・ですよね?いやぁ、屋台で仕込みをしながらテレビでいつも見てるけど、お二人とも生で見るとテレビで見るより大きくて、オーラがありますねえ。そんなスターがうちに来てくれるなんて嬉しいなあ。」


そして、自分の屋台にスターが来たことに興奮している主人は、平棒に尋ねた。


「紅棒選手はあんたと知り合いなのかい?まあそうだよな。言ってみりゃあ職場が同じだもんなあ。」


平棒が返事する。

心なしか、先程よりは少し元気を取り戻したようだった。


「そうなんだ。ただ、紅棒君とは職場が一緒というだけではなく、釣りにも時々一緒に行く仲なんだ。一緒に釣りに行った時には、我が国の五つ星シェフでもある彼が、釣った魚たちを料理してくれるんだ。これがまた、いつも絶品でね。」


と、ここまで話したところで平棒は、少し落ち着くために水をひとくち飲んで、慌てて主人に詫びた。


「・・・おっと、すまない。ここにも見事な腕前の料理人がいたな。あんたみたいな一流料理人の前で他の一流料理人の腕を褒めてちゃ世話ないな。・・・今日私はいささか飲みすぎたようだ。大将、申し訳ない。」


主人は、そう言われてどう返事すべきなのか一瞬悩んだが、酔っぱらった平棒なりの褒め方なんだろうと理解して、素直に喜んだ。

むしろ、平棒に、今日は飲みすぎていて酔っぱらっているという自覚が一応あるらしいことに対する安心感が勝っていた。


彼らの一連のやり取りを聞きながらおでんの具や酒をひと通り注文し終えたマンティス鎌切が、タイミングを見計らって、平棒に自己紹介をした。


「はじめまして。私は昆虫プロレスというプロレス団体でプロレスラーをしています、マンティス鎌切と申します。紅棒君とは趣味の釣りで知り合いまして、今や二人でよく釣りに行っています。平棒さんも釣りをされるというお話は、紅棒君からよく聞いています。どうぞよろしくお願いいたします。」


「これはご丁寧にご挨拶いただいて恐縮です。はじめまして・・・私は平棒、ボ・リーグの球審をしています。私は基本的に毎日早朝に、海や川へ釣りに行っています。釣りには、一人で行くこともあれば・・・紅棒君と行くこともあります。」


飲みすぎて、酒が身体中に回っていくにつれて呂律が回らなくなっていた平棒ではあったが、初対面のプロレスラーに、可能な限り丁寧な挨拶を返した。


「プロレスラーの方ですか・・・そういえば、息子が小さい頃、一度、昆虫プロレスを観に行ったことがあります。もうずいぶん・・・そう、ずいぶんと昔の話なのですがね。プロレスを観た時の息子の幸せそうな顔、今でも覚えていますよ・・・本当にいい思い出です。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。」


とはいえ平棒は、その時以来、プロレスの試合を見ていないので、マンティス鎌切というプロレスラーを知っているわけではなかった。

平棒が息子と昆虫プロレスを見に行った時には、マンティス鎌切はまだデビューしていなかったので、彼らはこの日が初対面だったのだ。


にもかかわらず平棒は、素面な状態なら絶対に話さない息子の話を、よりによって初対面の相手に話してしまった。

たとえ飲んでいたとしても、この屋台で飲んでいる時にそっと主人に打ち明ける程度だったというのに。

この時は、息子のことばかり考えていただけでなく、いつも以上に飲んでいたため、つい言葉にしてしまったのである。


平棒に息子がいるということは、紅棒さえも知らない事実だった。

驚いた紅棒は、平棒に尋ねた。


「平棒さん、息子さんいらっしゃるんですか?今初めて聞きました。ずいぶん昔にご一緒にプロレスを観に行かれたのなら、今やもう、立派な大人になっていらっしゃるんでしょうね。」


平棒は、話すつもりのなかったことを思わず話してしまったことを後悔し、ほんの少しの間、ここで本当のことを話してしまおうか、それとも、場の雰囲気を壊さないように適当にごまかして明るい話題を持ち出すか、どちらにすべきか悩んだが、この話の流れからすると、息子の話をごまかしてしまうのはいかにも不自然なように思えたので、観念して正直に話すことにした。


「そう、息子が・・・いたんですよ。だが息子がまだ小さい頃に、妻が息子を連れて私の元を去っていってね・・・」


予想外の話の展開に、紅棒とマンティス鎌切は内心焦ったが、もはや平棒の話を黙って聞くしかなかった。


「私がずっと仕事で長い間帰れないでいるうちに、妻に子育ての負担をかけてしまっていて、知らない間に妻を追い詰めてしまったようだった。ある日私が久々に家に帰ると、妻からの別れの手紙と離婚届がテーブルに置かれていて、私はそれを読むまで、妻が追い詰められていたことにも息子が寂しい思いをしていたことにも気づけないぐらい、仕事に没頭してしまっていたんだ。妻と息子とは、それっきり会えていない。」


平棒は、妻子が家を出て行くまでの顛末を一気に話し、ここで一息ついて水をひとくち飲んで、さらに話し続けた。


「もし妻が新しい家庭を持っていたら、息子は新しい父親に幸せにしてもらっているだろうし、そうだとしたら、今さら私が父親として息子に会いに行っても、きっと息子は困るだろう。そんなことを考えていると、息子に会いたくても会えないと思ってしまって、ずるずると今まで来てしまっているんだ・・・。」


平棒の話を静かに聴いていた紅棒は、少し間をおいて、平棒に語りかけた。


「平棒さん、一体何を根拠に、息子さんには新しいお父さんがいる、ということを前提に考えているんですか?もしかしたらそんな人なんて、最初からいないかもしれないですよ。いるかどうかもわからない新しいお父さんのことをそんなに気にしてどうするんですか。そんなことを気にしていつまでも悩み続けるのなら、今からでも必死に息子さんを探して再会する努力をした方が、結果はどうあれ、探さずにいてこの先のどこかで後悔するよりはるかにマシなはずです。だから平棒さんは、今からでも息子さんを探し始めたほうがいいと思います。僕も最大限お手伝いします。一緒に息子さんを探しましょう!」


「この人たちが来る前に俺が言ってたこととほとんど同じことを言ってるな。まぁ、誰だってそう思うだろうよ。」


主人はそう思いながら、表面張力ギリギリいっぱいまで冷酒が入ったグラスを片手に、紅棒の話を聞いていた。


マンティス鎌切が付け加える。


「今日初めてお会いした方に、このようなことをお伝えするのは少々差し出がましいとも思うのですが、平棒さんの息子さんは幸せだと思います。たとえ長い間離れていても、こうしてお父さんが会いたがってくれるんですから。」


さらに彼は、平棒が後悔しないように、自らの身の上話を絡めて、息子を探すことを勧めた。


「自分の話で恐縮ですが、私には父がいません。ですので私は父に会いたくても、生きて会うことはもう叶いません。ですから平棒さん、あなたも息子さんも、お二人ともお元気なうちに再会できるように、一刻も早く息子さんを探しましょう。お会いした息子さんが幸せだったら、平棒さんも父親として、安心できるじゃないですか。」


「平棒さぁん、初対面のスターの人もあんたの秘密を今初めて知ったスターの人もさぁ、みぃんなあんたが息子さんと再会するのを望んでるんだよ。もちろん、息子さんの話をあんたからずーっと聞いてきてる俺だってそうさ。息子さんと再会したらあんただってさぁ、気持ち切り替えてこれから先の人生をさぁ、もっと前向きに生きられるようになるんじゃねぇかなぁってぇ、俺ぁ思うんだよなぁ。」


主人が口を挟んだ。


「だいたいよぉ、息子さんに新しい父親がいたからってぇ、必ずしもあんたに探されるのがメーワクって思ってるたぁ限らねぇぜぇ。むしろ自分がその新しい父親に幸せにしてもらってるからこそ、実の父親のあんたが今幸せなのかどうかがずぅっと気になってるってぇことだってぇあるだろうよぉ。」


そう熱弁を振るう主人が手にしているグラスは、いつの間にか空っぽになっていた。

彼は、紅棒とマンティス鎌切が平棒に話していたほんのわずかな時間の間に、グラスに目いっぱい入っていた冷酒を一気に飲み干してしまったようで、平棒以上に呂律が回らなくなっていた。


対する平棒は、主人に飲まされた水が効いてきているのか、逆に酔いが覚めてきていた。

冷静になった平棒は、自分が今までずっと、固定観念に囚われていることにようやく気付いた。

と同時に、自分が先ほどまで飲んでいたのは冷酒ではなくただの水であることにも気付いた。

平棒は、主人の心遣いに密かに感謝した。


「そうだなあ、たしかにみんなの言うように、息子に新しい父親がいると決まったわけではない。それは息子に会ってきいてみないとわからないことだ。その息子に会えてさえもいない今の時点で、そんなわからないことで悩んでいても仕方がない。それもみんなの言う通りだ。私は息子に会いたい。最低限、息子が元気で幸せならそれでいい。・・・息子を捜そう。」


そう心に決めた平棒は、主人に冷酒のお代わりを求めた。


「大将、冷酒お代わりたのむよ。あっ、さっきから水を飲ませてくれているおかげで酔いは覚めてるよ。ありがとう大将。」


「なんだよぅ、もぉ酔いから覚めたのかい?でも平棒さぁん、あんたやっぱり今日はもう冷酒はやめときな。明日だって仕事なんだからさぁ。」


主人は、今や愛すべき親友でもあるこの馴染み客が何か大事な決心をしたらしいことを察しはしたものの、あえてそこには触れず、冷酒の代わりにウーロン茶を入れたグラスを黙って差し出した。


平棒は、そのグラスをありがたく受け取り、一気に飲み干し、立ち上がって深く息を吸い込んだ。

そして、その吸い込んだ息を一気に吐き出すように言った。


「・・・決めたよ。息子を探す。私は息子に会いたい、幸せな息子をこの目できちんと見たいんだ。それができたら、私にはもう思い残すことはない。」


「そうですよ平棒さん、息子さんを探しましょう。さっきも言いましたけど、僕手伝います。チームのみんなや他のチームの知り合いの人たちにもそれとなく話して、協力を求めてみます。」


紅棒がそう返す横で、マンティス鎌切が相槌を打つ。


「俺ぁよぅ、平棒さぁん、あんたにゃあいい加減幸せになってもらいたいんだぁ。あんたの幸せのためならよぉ、俺だって何だってぇするさぁ。そうだなぁ、馴染みのお客さん、って言ってもあんまり広がってもあれだろうからよぉ、あんたとここで知り合いになってる馴染みのお客さんにきいてみるぜぇ。」


相変わらず呂律の回っていない主人が、それに続く。


「私も、プロレス業界内外の知り合いに、それとなくあたってみることにします。どうかなるべく早く、平棒さんの息子さんが見つかりますように。」


控えめではあったが、マンティス鎌切も、平棒の息子を見つけるための協力を申し出た。


「皆さん、ありがとうございます。元はと言えば私の不徳の致すところによって息子と生き別れることになったのだから、うじうじ悩んでいないで自分でさっさと行動を起こすべきだったんです。なのに大将や紅棒君、そして今日初めてお会いしたマンティス鎌切選手にまでご迷惑をお掛けして申し訳ないです。息子を捜すのに協力を申し出てくださり、皆さんには本当に感謝しています。ありがとうございます。」


平棒は、申し訳ない気持ちと感謝の思いを述べたが、途中で涙が溢れた。

それは、持っていた幸せを突然失ったあの日から、ずっとどこかに忘れていたものだった。


「そうと決まれば善は急げです。明日から、息子さんを捜す活動を始めましょう。まずは、作戦会議をするために、明日の早朝、ペスカディア近辺の釣堀で釣りでもご一緒にいかがですか。」


マンティス鎌切が提案した。

平棒は、その提案を喜んで受け入れた。


「お誘いありがとうございます。ぜひご一緒させてください。」


そこに主人が口を挟んだ。


「おぅ、釣りかい?俺も一緒に行っていいのかい?でもなぁ、俺ぁ釣りをやったことがまだねぇし、釣竿も持ってねぇんだ・・・。」


「大丈夫ですよ、大将。私がいい釣竿をお貸しします。釣りも楽しいですよ。一緒に楽しみましょう。」


マンティス鎌切がそう返事したところに、紅棒がすかさずツッコミを入れた。


「鎌切さん、作戦会議なんて言ってるけど、実際は、あなたが釣りをしたくて、でもって平棒さんだけでなく、大将も釣り仲間にしたいからそんなこと言ってるんじゃないの?」


「人聞きが悪いな紅棒くん、みんなで一つのミッションを成功させるためにだな、みんな集まって、作戦会議ってやつをやらないといけないだろう。チームの勝利という一つのミッションをみんなで成功させるために、君だって毎日試合前にミーティングに参加してるだろう?それと一緒だよ。」


紅棒のツッコミはまさに図星であったが、マンティス鎌切は、それをごまかすためにソツなく返す。

しかし紅棒は、追撃の手を緩めない。


「どんなに上手いこと言ったってダメだよ鎌切さん。平棒さんの息子さんを捜すというミッションを成功させるために、なんでわざわざ早朝から遠出して釣りに行くんだよ、おかしいだろう?僕たち二人が釣りやってたら、いつも釣りに夢中になって、作戦会議どころか普通に話すことだってままならなくなるじゃないか。そんなこと、あなたが一番よく分かってるだろう?」


そこまで言われたマンティス鎌切は、ニヤリとして、決定的な反撃の一言を述べた。


「まぁ、釣りに夢中になるのは紅棒くん、いつも君の方だけどね。」


釣り仲間の二人のこんな掛け合いが続いたところで、平棒が割って入った。


「二人とも、ちょっといいかい?釣りで遠出するなら、その遠出の車中でも、釣った魚をみんなで料理して食べる時にでも、作戦会議はできるさ。釣りの最中はみんな純粋に釣りを楽しめばいいじゃないか。まあ確かに、紅棒君が釣りに夢中になって我を忘れる話は、ガンバローズのみんなからよく聞くけどね。」


「えっ、そうなんですか?それは例えばどんなお話ですか?平棒さん、今後のためにもぜひ私に教えてください。」


マンティス鎌切が身を乗り出して尋ねるのに対し、平棒が答える。


「あれは数シーズン前のことだったかな、ガンバローズがアフローズとの最後の試合に敗れてリーグ優勝を逃したことがあったんだが、それは、どうやら紅棒君が無人島で釣りに夢中になりすぎてその大事な試合の前日の練習を忘r・・・」


「わーっ!平棒さん、やめてくださいその話。この先僕が、釣りを楽しみづらくなるじゃないですか・・・」


あわてた紅棒が、平棒の話を遮った。


「まぁその話、面白そうだから俺も続き聞きてぇけどよぉ、すまねぇがそろそろ店じまいさせてくれぃ。俺ぁ久し振りに飲みすぎちまったみてぇだからちょっと早めに寝るわ。て言うかよぉ、明日朝早ぇんならなおさら早く寝てぇし。そんなわけだから、みんなそろそろおひらきにしようぜぃ。」


主人は未だ酔いが覚めない様子で、友人たちに、帰るよう促した。


屋台の柱に掛かった時計の針は、彼らがそこに、日付にしてすでに二日間もいることを示していた。


「じゃあ、明日は、何時にどこで待ち合わせにしようか?」


平棒が尋ねた。


「じゃあ、ゲンニーボン港に午前4時でいかがですか?そこに僕の釣り船があるんですよ。」


紅棒が答えた。

主人が驚く。


「へぇ、釣り船持ってるなんて、さすがスターだ・・・」


マンティス鎌切が軽くため息をついて、


「いえね、彼の場合は、釣りが好きすぎて、いつでも海釣りに行けるようにしたかっただけですから。」


と主人に耳打ちした。


「そうなのかい?いやぁ、そうだとしても、船だぜぇ。船を一隻買うなんてよぉ、俺らみたいな一般庶民にゃぁ到底手が出ねぇよ・・・いい釣竿をあんたに貸してもらえる上に、紅棒さんの釣り船にも乗せてもらえるなんて、こんな素晴らしいことねぇよぉ〜。」


と主人が、マンティス鎌切の耳打ちにつられて小声で返した。


「じゃあ、ゲンニーボン港に明日・・・じゃなくって、日付替わって今日の午前4時だから、今から3時間半後ですね。楽しみにしています。じゃあ鎌切さん平棒さん、一緒に帰りましょう。」


紅棒が満面の笑みで、次の約束を確認した。


その様子を見たマンティス鎌切が、さらに主人に耳打ちした。


「ほら、やっぱり彼の方が釣りが大好きなのがわかるでしょう?」


「違いねぇや。」


主人がそう返すと、二人して、顔を見合わせてクスクス笑った。


「おぉい鎌切さん、何してるんだよ、いつまでも喋ってたら寝る時間なくなるよ。何しろ今からたった3時間半後にはもう、このメンバーでまた集まってるんだからさー。」


自分が笑われていることに全く気づいていない紅棒は、マンティス鎌切を急かし、平棒と三人で、帰路についた。


「やれやれ、じゃあ今夜も一杯やってから片付けて帰るか・・・おっといけねぇ、今日はそんな時間ねぇんだった。とっととやることやっちまおうっと。」


ひとり屋台に残された主人は、いつもは一杯やってから閉店作業を始めるのだが、一息つく前に、次の朝が早いことを思い出してあわててカウンター席の庇を折りたたんだ。


「あのスターのお二人と知り合いになれたってぇのはぁ本っ当に嬉しかったなぁ。これも平棒さんのおかげだよ。だからってわけでもねぇけど、そろそろ幸せになってもらいてぇんだよなぁ・・・そのためにゃあ明日っから早速頑張らねぇとな。」


そう独り言を言いつつ、慣れた手つきで片付けて、一旦家に帰った。




その日の午前4時、ゲンニーボン港に集まった4人の男たち──早朝から元気いっぱいな一人の若い男と彼より少し年上のこれまた元気な一匹のカマキリ、そして昨夜の酒と睡眠不足のせいで若干憔悴している二人の中年の男たち──は、紅棒の釣り船に乗り込み、ペスカディアの沖にある釣堀で釣りと料理を思う存分楽しみ、釣り談義に花を咲かせて楽しい午前のひと時を過ごした。


この時平棒が、ガンバローズのメンバーから聞いた、紅棒の『釣りが好きすぎ』エピソードを話題にしてその場を盛り上げたこと、そして、平棒のそうした暴露話を止めきれなかった紅棒が赤面しまくっていたことは言うまでもない。


・・・誰ひとりとして、例の作戦会議の話を、その場で持ち出す者はいなかった。

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