1話 紫棒と青棒
「ボーニンゲン・ガンバローズとはどんなチームですか?」
ボーニンゲン国は我々ニッポン国と似ているところがある。例えば季節や風土。あげていけばキリがない。
だが1つ、完全に違うことがある。それは何か。
我々ニッポン国には人間が住んでいる。ボーニンゲン国にはボーニンゲンが住んでいる。
このボーニンゲン、見た目はほぼみんな一緒である。
だから他人と区別するために、個性を目立たせる必要がある。そこで昔から利用されているのが色だ。ボーニンゲン国は色彩豊かな国だと言える。なんせボーニンゲンの名前自体が「~棒」と表現されるのだから。
ここにその一人、黒棒がいる。
ただし黒棒、ボーニンゲン国出身ではない。見た目はボーニンゲンなんだが、年齢不詳、出生不明の謎の商人なのだ。
この黒棒がボーニンゲン国に商売できたときに感じた違和感がある。
それはボーニンゲン国の野球リーグ、ボーニンゲン・リーグ(縮めてボ・リーグ)。
ニッポン国だと2リーグ12チームだが、ボ・リーグは1リーグ・5チームだけだった。
何だか変な感じがする、それなら自分で6チーム目を作ってしまおうと黒棒は考えたのだ。
資金はある(なんせ謎の商人なので)。
問題は人材である。
そこで黒棒は選手を自らスカウトしたり、入団希望者を募りテストを実施したりもした。
そして完成したのがボ・リーグ6番目のチーム、ボーニンゲン・ガンバローズなのである。
ここで冒頭のセリフに戻ろう。
「ボーニンゲン・ガンバローズとはどんなチームですか?」
いま、黒棒はボーニンゲンTVの取材を受けている。ボーニンゲン国の国民は全員がその新しいチームに期待している。その期待を受けてアナウンサ-は質問しようとしている。実際、このアナウンサーも新しいチームには興味があるのだ。
「申し訳ありません。」
質問するアナウンサーに答えたのは黒棒ではなく、その後ろに立っていた灰棒だった。灰棒はボーニンゲン語に不慣れな黒棒の通訳とチームトレーナーを兼任している。
「まだ黒棒オーナーはボーニンゲン語に不慣れなので、私が通訳させていただきます。」
灰棒が黒棒に話しかけると黒棒がそれに応じる。そして頷く灰棒は黒棒からアナウンサーに顔の向きを変えた。
「黒棒はこう言っております。ボーニンゲン・ガンバローズはできたばかりのチームだが、その結束力はどのチームよりも強いと思う。そして仲も良い。」
結束力が強い、そして仲も良い。チームとしては最高である。
「どの選手がキャプテンなのですか?」
「特にいません。まだチームはできたばっかりですし。いるとすれば、それは全員です。」
灰棒がそつなく答える。
「ムードメーカーは?」
「それも全員ですね。」
こうなるとアナウンサーも意地である。ここで灰棒が困るような質問をしたのだ。
「それでは変な選手は?」
「それは…」
灰棒は困った顔をしている。通訳された黒棒もだ。ガンバローズの場合、みんなどこかしら変なのだ。特に一人をあげるとするならば…彼しかいない。みんなから愛される「変な選手」がガンバローズにはいるのだ。しかし、それをどのようにアナウンサーに伝えればいいのだろうか…。
(この質問はその年の暮れ、ボーニンゲン国では風物詩の番組「ボ・リーグ珍プレー好プレー」で「アナウンサー・ベストクエスチョン賞」に選ばれた。そのときの受賞した映像は『困った顔の黒棒と灰棒』と名付けられた。)
もちろんみんなから愛される「変な選手」と言えば、このボーニンゲンしかいない。
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「もうすぐ始まるよ、青棒!」
紫棒の声が台所にいる青棒にまで届いた。
「わかった、すぐ行くよ!」
冷蔵庫からジュースを取り出した青棒は、グラス片手にソファに向かった。
「よかった、間に合ったよ。」
紫棒はうれしそうな声で言った。
ここは紫棒の家。ニッポン国でいうところの2LDK相当のマンションに住んでいる。そんなに広くはないのだが、ほぼ毎日、誰かしらチームメイトがやってくる。そのチームと言えば、当然ボーニンゲン・ガンバローズ、紫棒はこのチームのピッチャーなのだ。
だがこの紫棒、ドジなのである。
その抜けっぷりはボ・リーグの選手でも1位だ。
例えばある日の試合。満塁になったチームのために何としてでもバントを成功させようと頑張ったのだがアウトにしてしまった。普通であれば許されない状況である。でも紫棒は許されるのだ。なぜならその理由が「スイングの瞬間、足元にいたアリを踏みたくなかったから空振りしたんだ。みんなゴメン…」。そう、紫棒はとにかく一生懸命なのだ。それがチームメイトにも伝わっている。だからガンバローズのチームメイトは誰も紫棒に怒らない。むしろその性格を愛しているのだ。毎日のように誰かが遊びに来るのにはちゃんとした理由があるのだ(ただし「抜けっぷりが心配だから」という説もある)。
今日は同じくガンバローズの4番バッターで大の仲良しである青棒が紫棒の家に遊びに来ていた。残念ながら大の仲良し、と思っているのは青棒だけであり、紫棒はそんな青棒の気持ちに気づいていないのだが…紫棒は一言で言えば鈍感である。
「よし、もうすぐ始まるよ!」
紫棒がさっきから楽しみにしているテレビ番組はドラマである。ここ最近、ボーニンゲン国で大注目されている脚本家が手掛けた作品らしい。
「スティックピンクっていう脚本家が書いたんだよね、このドラマ。」
青棒がジュースを飲みながら言った。少しこぼれているのが気になる。
「うん、そうだよ…」
このソファ、高かったんだけどな…とは言いにくい紫棒。
「スティックピンク…か…」
「どうしたの、青棒?」
「いや、何となく、桃棒っぽいよな、と思って。」
青棒がいう桃棒とは同じボーニンゲン・ガンバローズのメンバーである。ライトの守備は完璧なのだが、趣味が「空想」という少し変わったボーニンゲンなのである。
「まあ、ガンバローズのメンバーズは変なのが多いけどな。」
と思わず口走った青棒に
「うん、何が?」
と紫棒が聞きなおした。
「大丈夫、」
とここまで言って青棒の言葉がとまった。ガンバローズ変な人グランプリでは第1位の紫棒に同情されると桃棒も可哀想だ、と青棒が思ったのだ。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。あっ、始まるよ、紫棒!」
ドラマが始まったのでうまく誤魔化せた青棒だった。
♪チャ~、チャ~、チャ~
車と車がぶつかり合うシーンからオープニングが始まった。
題名は「ボーニンゲン警察」。
登場人物たちが紹介されている。
ボーニンゲン警察のリーダーである団長棒、刑事棒、新米棒、おやっさん、そして課長棒。ニッポン国の住民が見れば「あれ、それって西○警察…?」と思わせるドラマだが、ここはボーニンゲン国、そんなことは関係ない。
むしろ紫棒と青棒の疑問は
「なんでおやっさんだけ、おやっさん?」
という至極当然なものだった。
「まあ、いいんじゃない?面白かったら!」
紫棒はやっぱり変だ。青棒はジュースを飲みながら思った。
ドラマはすすんでいく。
銀行強盗事件がペルリアで発生、さっそく団長棒たちが捜査に出向く。
「ペルリアかぁ、最近行ってないなぁ。」
紫棒がドラマを見ながらつぶやく。ペルリアは実際にボーニンゲン国にある都市で、真珠やホタテ、マグロなど魚介類の養殖が有名である。ここでとれる魚はどれも美味しい。
「仕方ないよ紫棒、野球選手って忙しいから。」
青棒が諦めムードで言った。最近できたチームではあるが、試合はもちろんトレーニングやファンイベントなんかで他のチーム同様に1年中忙しい。
(そうだよ、こんなに忙しいのだから桃棒が脚本を書くヒマなんてあるわけないよ)と青棒は心の中で思った。
そして都合よく容疑者が現れる。
容疑者は爆弾を漁港のどこかに仕掛けたという。警察署の取り調べ室で容疑者を取り調べるおやっさんのシーンになった。
「なぁ、爆弾はどこに仕掛けたんだ?」
渋みのある声でおやっさんが容疑者に問いかける。
「・・・」
それに対して黙る容疑者。しかし顔を見ると苦悩しているようだ。ボーニンゲンの顔なのでみんな一緒では?という疑問については無視しよう。
「まあ、少しワシの話を聞いてくれや。」
おやっさんが容疑者に語りかける。
「ペルリアの海はきれいだよな。ワシも以前、行ったことがある。あぁ、なんてきれいな海なんだと思ったよ。その海を、君は、爆弾で汚そうとしているんだよ?」
さらに苦悩する容疑者。
「聞いた話では、あの漁港、君の父さんがきれいにしたそうじゃないか。いいか、君はあのペルリアの海を、君の父さんの大事な海を、君は、君の手で汚そうとしているんだよ!」
ドン!と机をたたくおやっさん。
するとソファが揺れたような気がした。
(うん?いま、何となく揺れたような…気のせいかな?)
青棒は少し気になったが、そのままドラマを見続けた。
「君に、少しでもボーニンゲンとしての心があるなら、どうか教えてくれ。ペルリアの海を愛する1人のボーニンゲンとしての、ワシからのお願いじゃ。爆弾はどこだい?」
最後は優しく語りかけるおやっさん。
すると容疑者が泣き始めた。
「すいません、私が悪かったです。爆弾は漁港のトイレに仕掛けました。すいません、うぅ~。」
泣き崩れる容疑者。
ふと、青棒が紫棒を見ると顔を伏せている。肩が小刻みに揺れている。
(もしかして…)
と青棒が紫棒の顔を覗き込むと、さっきの容疑者みたいに号泣しているではないか。
「どうしたの、紫棒?もしかして、おやっさんの説得で…」
「だって、あんなおやっさんに言われたら、僕、どんなことでも『やっちゃいました~』と白状しちゃうよ!」
号泣しながら紫棒が言うのを見て
「紫棒、それって冤罪だよ・・・?」
と青棒が言うと
「それでもいいよ~、え~ん、おやっさ~ん~」
と紫棒の号泣は止まらなかった。
(やっぱり紫棒は変だ。だけど…)
青棒は泣いている紫棒の横でジュースを飲みながら思った。
(そんなとこがチームのみんなには愛されるんだけどね。)
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そしてインタビューは続く。
「誰ですか、その、チームメイトから愛される「変な選手」とは?」
アナウンサーが執拗に聞いてくる。
灰棒が困ったところで、黒棒がその口を開いた。
「それは、ぜひ、球場に、お越し、くだせえ。そして、皆さんの、目で、ご確認、くだせえ。」