11話 黄緑棒と用心棒(後編)
・・・殺される!
黄緑棒は、一度迷い込んだら二度と生きては出られないという保護林に迷い込んでしまい、さらに悪いことに、保護林の用心棒に見つかってしまった。
用心棒に見つかってしまったら最後、その場で殺されると聞いていたので、黄緑棒は、もうこの先の自分の運命は、「死」しかないと思った。
ただ、死ぬ前に、そう、用心棒に殺される前に、自分の父や母、家族、そして友達のことを、せめてその用心棒に話しておきたい。
そして、機会があれば、つまり、その用心棒が保護林の外に出るようなことがあれば、この際生きて帰れなくてもいいから、せめて父と母のところに自分を送り届けてほしい、と願い出てみよう。
黄緑棒はそう思って、その用心棒に話しかけた。
「あのう、僕は、この近くの集落に住んでいる、黄緑棒といいます。集落から自転車で高校に通っています。僕、昆虫が大好きで、小さい頃からよく友達と虫採りしてたんですけど、今日は学校が休みなので、久しぶりに虫採りしようと思って、近所のお花畑にいたという珍しい蝶をつかまえようとしていたら、間違って、保護林の中に入っちゃったんです。勝手に入っちゃってごめんなさい。わざとじゃなかったんです。何か、途中にフェンスみたいなものがあったんですけど、そこに穴が開いていて、追いかけていた蝶がそこに入っていったので、つかまえようと思って夢中になってその穴をくぐったら、どうやら保護林の中に入っちゃったみたいで・・・ホントにごめんなさい。」
用心棒は、保護林の中で部外者を発見した場合には、ボーニンゲン国政府の規定により、直ちに部外者の身柄を拘束し、尋問し、その結果、危険人物と判断した場合(その判断は、不審者を捕まえた用心棒に委ねられる)には、その者を生きて保護林から出してはならないことになっている。
大抵の場合、ここで命乞いをした者は、その願いが叶えられることはない。
その態度が、たとえ死んだとしても保護林から出ることを決して許されない用心棒の逆鱗に触れ、危険人物とみなされて殺されるからだ。
保護林の用心棒が死んでも保護林の外に出られない理由は、国家機密を守るためであろうと言われている。
それを知るよしもない黄緑棒は、用心棒に思いを伝え続ける。
「僕が小さい頃は、虫採りに行く時はいつも、山吹棒という友達が一緒でした。山吹棒とは同い年で家も隣同士で、どこへ行くのも何をするのもいつも一緒の無二の親友だったんです。でも今日は彼は一緒ではありません。それどころかこれから先、いつかどこかでまた一緒に虫採りできるか、いえ、これから先、一生のうちのどこかで会えるのかどうかさえもわかりません。だって山吹棒は、僕らがまだ小学生だった時に、お父さんのお仕事の都合で遠くの街へ引っ越してしまったんですから・・・彼にはそれ以来、会えていないんです。用心棒さん、僕を保護林から出してください。そうしたら、山吹棒にも会えるかもしれないですから。でも、あなたはきっと、僕を生きて保護林から出すことができないんでしょうね。僕が生きて父と母に会うことが叶わないんだったら、もしあなたが保護林の外に出られるんだったら、僕を父と母の元に届けてください。・・・ただ僕は、死ぬ前に、もう一度でいいから山吹棒に会いたい・・・山吹棒・・・」
無理な頼み事をしている、と、自分でもわかってはいた。
だが、言わずにはいられなかった。
最後の方は、涙でほとんど声にならなかった。
黄緑棒の心の叫び、思いのたけを聞いていた用心棒は、自分がこの保護林に迷い込み、ここから脱出することを諦めきれずにいた頃のことを思い出していた。
あれは確か、父親に連れられて、どこか遠くの街へ行くところだったと思う。
なぜそうなったのかは、覚えていない。
とにかく俺は、目的地にたどり着くことができず、途中で迷子になってしまった。
迷子になって、気づいたらここにいた。
俺がまだ、小学生の頃だった。
父の元に戻りたくて、友に会いたくて、ここから何度も抜け出そうとしたが、それを果たせないうちに用心棒に捕まり、どこかの小屋に連れて行かれて頭に何かをかぶせられてそれからは・・・それより前のことはほとんど何も思い出せなくなっていた。
そうして俺は、いつの間にか、ここの用心棒になっていた。
なぜ俺は、父とはぐれてしまったんだろう?
なぜ俺は、途中でひとりぼっちになってしまったんだろう?
そしてなぜ、俺はここでこうして用心棒をしているのだろう?
・・・あれ以来、父に会えていない。
・・・あれ以来、友にも会えていない。
特に、いつも一緒に遊んでいたアイツ・・・
・・・何して遊んだかは覚えてないけど、アイツといるといつも楽しかったのは、何となく覚えてる。
・・・アイツ、どうしてるかな。元気かな。
・・・なのに、アイツの顔も名前も思い出せない。
・・・なんてことだ!
今度は用心棒が涙する番であった。
彼は、黄緑棒の話を聞いて、自分がこの保護林に迷い込んだ頃のことを思い出し、もはやこの保護林から二度と抜け出せない自らの境遇に思いを馳せてしまっていた。
黄緑棒は、驚いた。
なぜなら、用心棒が、自分以上に涙を流していたからである。
用心棒は分厚い覆面をしているのだが、その覆面から溢れ出るくらいの涙を流し、そのうえしゃくりあげていたので、彼が泣いているのは誰の目にも明らかであった。
「よ、用心棒さん、ど、どうしたんですか?なんで泣いてるんですか?僕、何か悪いこと言いましたか?」
用心棒は本来、保護林に入り込んだ部外者(その者がどれほど善良で、あるいはどれほどいたいけであっても、である。)の話に感情移入するものではない。
しかし、黄緑棒を見つけたこの用心棒は、実は、黄緑棒と同年代の少年だった。
そして、黄緑棒が、無二の親友である山吹棒との別れがあったように、この用心棒にも、無二の親友との辛く悲しい別れがあったのだ。
彼は、同じ年代で同じ境遇を持つ黄緑棒の話に、完全に感情移入していた。
「・・・そうだよな、そうだよな。お前まだ高校生だもんな。何となく俺と同い年っぽいけど、ここからもう出られない俺と違って、お前には楽しい高校生活があるし、将来の夢や希望だってあるもんなあ。俺は用心棒として、ここに入った部外者をつかまえて、場合によっては色々やらないといけないんだけど、お前みたいなヤツには・・・お前みたいなヤツには・・・・・お前みたいなヤツには・・・・・・・」
用心棒は、とめどなく流れる涙のせいで、今自分が黄緑棒に一番伝えたいことをなかなか言葉にすることができずにいたが、ようやく絞り出すように、それを言葉にした。
「無事にここから出ていってもらいたい。」
「・・・え?」
黄緑棒は目を丸くして、用心棒の顔を見ようとした。
しかし、用心棒は相変わらず顔全体を覆面で覆っており、その表情を伺い知ることはできなかった。
ただ、彼の覆面の下は、まだ涙で濡れているであろうことだけは、黄緑棒にもわかった。
「え?僕、ここから生きて出られるのですか?ていうか用心棒さん、あなたは僕と同い年なの?学校行ってないの?なんでここで用心棒やってるの?もしよかったら、一緒にここから出よう!一緒に学校行こう!僕ら友達になろうよ!」
黄緑棒の、たたみかけるような意外な申し出に、用心棒は一瞬面食らったが、自分が置かれている状況に思い至ると、すぐに冷静さを取り戻した。
「いやあの、お前の申し出は嬉しいが、俺は用心棒だから、俺がお前を保護林の出口に連れて行って、そこでこっそりお前を解放するぐらいのことしかできない。お前が保護林の外に出て、そのどさくさに紛れて俺も一緒に外へ・・・というわけにはいかないんだ。それに俺の頭には、保護林の外に出た途端に爆発するマイクロチップのようなものが埋め込まれている。保護林の外に出た瞬間、俺は終わりだ。だから、お前だけは無事にここから出て行ってくれ。ここであったことは誰にも言うな。言うと、お前の家に政府の役人が来るぞ。役人が来たら、お前だけじゃない、お前のお父さんもお母さんも、きっとただでは済まない。だからここであったことは、ここから出たらすぐに忘れるんだ、いいな。」
黄緑棒は、用心棒の長いセリフを静かに聞いていたが、渾身の力を自らの声帯に込めて、叫んだ。
「・・・いやだ!」
そして、自分が思うことを、さらに吐き出し続けた。
「用心棒、君のことを忘れるものか!要は君の頭に埋め込まれているマイクロ何とか、ってヤツを外せばいいってことだよね?今すぐは無理でも、そういう何かややこしそうなヤツを外せる人を連れて来たらいいんでしょ?それで、それを外したら、一緒にここから脱出したらいいじゃん!ここから出ることをあきらめちゃダメだ!」
「お前な、今の俺の話、ちゃんと聞いていたのか?俺の頭に埋まっているのはマイクロチップって言っても爆発するヤツなんだぞ、いいか、爆発物なんだぞ!そんな簡単に外せるものじゃないぞ!そんなの外せる人なんて、この広いボーニンゲン国、いや、もっと広いボーニンゲン界のどこ探してもいないかもしれないんだぞ。そんなことをしている間に俺たち寿命が来て死んじまうよ!」
「いや、僕は君をあきらめない。絶対にここから助け出す。それまで待っていてほしい。それが、僕を助けてくれた君への恩返しなんだ。」
「無理だって。今までここから無事に抜け出した用心棒はただの一人もいないんだから。お前の気持ちは嬉しい。お前のその気持ちを胸に、俺はこの先ここで生きていく。それでいい。ほら、保護林の入口に着いたから、他の用心棒に見つからないうちに早く出て行け。」
そう言うと用心棒は、黄緑棒を保護林の外にその体を押し出すように追い出し、自らは踵を返して鬱蒼とした保護林の中へ戻っていった。
「ありがとう、用心棒・・・。必ず助けに来るからな。」
黄緑棒は、保護林の闇に再び溶け込んでいく背中に、新たな友の救出を誓った。
こうして黄緑棒は、保護林から生還し、無事に家へ帰った。
用心棒との約束通り、保護林での出来事は一切誰にも語らなかった。
しかし、あのあわれな少年用心棒の頭に埋め込まれているという、爆発するマイクロチップを安全に取り外すことができるボーニンゲンを、密かに、しかし必死に探し始めた・・・いつか、無事に保護林を出た用心棒と一緒に虫採りを楽しむために。
黄緑棒を無事に保護林から救い出した用心棒は、昔別れた無二の親友について、あることを思い出し始めていた。
俺は小学生の時、アイツと虫採りをよくやってたんじゃなかったっけかなあ・・・
虫採り網を持って、アイツとよく蝶を追い回してたような気がする・・・
さっきまで一緒だった高校生、黄緑棒っていったな、何か、アイツが高校生になるとああなるのかなあ・・・っていう感じのヤツだったなあ。
まあ、もう会うことはないだろう・・・でも、黄緑棒のことは一生忘れないさ。
実は、それからしばらくして、用心棒は、ひょんなことから、そう、黄緑棒の熱い思いとは何の関係もない事情から、保護林から無事に出ることができたのであるが、それはまた別の話、また別の機会に語ることにしよう。




