クレームブリュレ
高速の魔列車は優美な姿に反してすさまじく速い。
陸路で行くと1時間かかる所を5分で行く。
興味が無いので詳しくは知らないが、魔技術に長けた我が国の錐を集め、動力源に最高の魔石を惜しげも無く使った、快適かつ速く目的地に到着する素晴らしい乗り物だ。
ヒースの住む南端の都市からも数回乗り継げば半日程度で首都に着いてしまう。
もっと速く首都に着く、同じく魔石が動力源の飛空艇もあるが、魔列車ほど快適とは言えない。
空には気流があるからだ。最高水準の魔技術を持つとは言え、空はまだ人間の領域では無い。
欲張りは良くないので、空は永遠に人間の領域にならないでも良いんじゃないのかと、向上心の薄いヒースなどは思ってしまう。
などと考えていたら、クレームブリュレが程良く溶けてきた。
せっかく冷凍して販売されていたんだもの、ちょっと硬めでヒヤーっとするくらいで食べてみるのもまた一興。
だいたい、普通のお店で硬めのクレームブリュレなんて食べれないし。
卵と生乳と天然の香料から作られる濃厚で滑らかなクレームブリュレは、各々の好みはあれども、豊かな風味と濃厚な味わい、舌触りが滑らかで舌の上で蕩けるようなものが良いとされている。
硬くてヒヤっとするなど言語道断、そもそもの概念からして冷や冷やで硬い訳が無いのだ。
だから良いのだ。
せっかく旅のお供として、好きな時に食べれる様にと冷凍して保ちが良く作られているのだ。
ちょっと硬くてヒヤッっとするのを試さないのは勿体無い。
ヒースは美味しいものが大好きだし、食のいろんな可能性を信じているし、試す機会を失するという勿体無い事が嫌いなのだ。
地元の朝採れ卵と生乳で作られたという触れ込みのクレームブリュレは黄味がかった固めのプリンに美しい幾何学模様を描いて褐色のカラメルソースが掛かっていて見た目にも良い。
お行儀良くテーブルを整えて、いざ、実食。
スプーンで豪快に掬う。
手応えはやや硬め。
先ずはヒヤッとした温度に舌が反応し、じわりと濃厚な風味が口いっぱいに広がる。口の中で溶け始め、持ち味の滑らかな食感も楽しめる。でもヒヤッ。
途轍もなく濃厚なアイスクリームみたいでなかなかに乙。
ふむふむと感心しながら、苦味の強い熱いコーヒーを口に含む。
またクレームブリュレが欲しくなる。
ヒヤヒヤで甘くて濃厚で、最初は硬かった食感が舌の上で滑らかになって、二度異なる食感が楽しめる。
おお、何だか、大発見だ!それに旅ってかんじ!
見た目にも美しいクレームブリュレと、熱いコーヒー、いつでも食べられる可愛らしいマカロン。
何だか優雅で非日常。
これで美しく装ってたら完璧だったが、ヒースは旅に向いた軽装と、どうせ今日は移動して宿に籠るだけだしと、化粧もせずに魔列車に飛び乗った。
己の姿がちょっと残念な中年のヒースだった。