中年女性は旅が好き
ヒースは怠惰な中年女性である。
人に使われず、適度に稼ぎ、好きな事に金を使う。
老後に向けた貯金は全く無い。
死んだ後に人に迷惑を掛けるのは嫌なので、公的な書類と葬式代程度のお金だけ、然るべき機関に預けている。
それ以外の稼ぎは全部自分の好きに使わせてくれ。
特に子供とか居ない訳だし。
そして今日も最寄りの駅舎から軽い旅行に出る。
明日の夜、魔列車の高速便で駅舎を一つ乗り継いで3時間ほど行った街で、知人4人と最高に美味い肉を食べる約束があるからだ。
次の仕事は4日先。
約束している最高肉を食べるその前後は気ままにブラブラするつもりだ。
旅行が嫌になったらすぐに帰れば良い訳だし。
勝手気儘に過ごすのが休日なのだ。
ヒースの家は国のほぼ南端、そこそこ栄えた地方都市にある。
駅舎の周辺もそこそこ立派で、お洒落なお店と土産物屋、安いお店と高級な店がごったに立ち並び、そこそこの賑わいがある。
普段は入らぬ様な少しだけお高い食料品店に入る。
旅のお供におやつは必須だ。
出来れば、うんと優雅でちょっとだけ非日常なものが良い。
少し悩んだ末に、凍らせたクレームブリュレと熱いコーヒー、ついでに色取り取りのマカロンを買う。
おおー。何だか女子っぽい!
中年だけど。
ホクホクとしながら、予約していたそこそこ良い席の切符を受け取り、出発前の高速便に滑り込んだ。
そこそこ良い席なだけあって、座席も広く、高級感がある。
早速、己が寛ぎ易い様にと、荷物を纏めて、備え付けのテーブルを出し、熱いコーヒーと目下解凍中のクレームブリュレを置く。別に魔法で溶かしても良いけれど、自然に解凍させた方が何だか趣がある。何でも魔法で解決するのはあまり好きでは無いのだ。
熱いコーヒーを一口すすり、のんびりとクレームブリュレが食べ頃になるのを待つ。壊れやすいマカロンは可愛らしい化粧箱に入っていて、それもまたヒースの気持ちを嬉しくさせた。マカロンは化粧箱から取り出していつでも好きな時に囓る事が出来る。
旅の準備は万端だ。
途中で居眠りしても、どうせ乗り換える駅舎が終点だし、親切な誰かに起こして貰える。
その時は感謝を込めてありがとうと言い、笑ってお互いの旅の無事を祈る。旅はそういうものだ。少なくともヒースにとっては。
優雅な見た目の魔列車は、ヒースを乗せて走り出す。
今日の宿はサキハ。
地理から考えて、海岸沿いなのは間違い無い。
わかるのはそれだけ。
全く知らぬ土地、知らなかった駅舎の名前。
きっと観光地ではないのだろう。もしかしたら酷い田舎かも。
しかし、全く知らぬ土地で一晩過ごすのもまた一興。
ヒースは旅に対して大らかなので、大概の土地は楽しめてしまう。
何もなくても知らぬ土地を歩くのは何か心が弾むものだ。
乗り換えの駅舎までは2時間程度。
目的地のサキハまで優雅に暇を潰すとしよう。
なんと言っても休日なんだし。