02話 夜の日課
その日の夜、カリスはいつも通りアリアの部屋に向かっていた。
というのもアリアが寝るまで話をする、もしくは絵本を読むというのが日課になっているからだ。きっと暗い中に一人では怖くて眠れないからだろう。そんなところもお貴族様だなぁ、とカリスは思う。自分の小さい頃は母親も忙しく、一緒にいれないことが多かったからだ。
そんなことを他の使用人に話していると、「そんなのは今だけで大きくなったら逆に来ないでと言われてしまうものです。そしたらとっても寂しいものなんですよ」とよく言われるのだった。
そんな日が来るのだろうか?
寂しいと思うだろうか?
そんなことを考えることもあるが、今はそんなことにはならないような気がする。でもきっとそれは自分の矜持が邪魔をしているだけで実際に訪れると寂しいのだろうな、と思う自分もいるのであった。
コツコツと音をたてて階段を歩く。一応、話か絵本か、どちらに転がってもいいようにアリアが興味のありそうな絵本を抱えて。
部屋につくと、上品な細工をあしらった扉をこんこんっと二回ノックした。
「お嬢様、入っても宜しいでしょうか?」
そう聞くと可愛らしい声で「はーい!」という返事が返ってくる。
元気がよろしい!
これもいつもの事であった。カリスはアリアからの返事を確認すると音を立てないように扉をあけて中にはいる。
アリアの部屋にはてんがい付きのベッドが一つ、それにタンスやドレッサー、ぬいぐるみが大半を占めている棚などもある。なんとも可愛らしい女の子の部屋だ。
中に進むと寝間着に着替えたアリアがいた。いつもはいつでも寝れるようにベッドにもぐり込んで待っているのだが、今日は布団の中には入っているが上半身を起こしてわくわく顔で待っているという感じだ。
あー、これは今日は絵本じゃないな。
そんなことが一瞬で見てとれた。カリスもどちらかというと絵本を読むより、アリアと楽しく雑談する方が好きなので申し分ない。
なので、机の上に絵本を置き、すぐにベッドの隣に置いてあるカリス専用の椅子に座ったのだった。
「今日は何のお話をしますか?」
アリアのそわそわしている表情を見れば話題もすでにアリアの中で決まっているのがわかる。そう思って単刀直入に聞いてみた。
「今日はね~~~」
アリアは待ってましたといわんばかりに明るい声でそういうと、枕の下をごそごそとあさり、一枚の紙をとりだした。
「じゃ~ん!クオンに貰ったんだ~♪」
あー、なるほどそういうことか・・・!
その紙には一週間後に行われるお祭りのことが載っていた。
この国ミヴァネル(Mivernel)は王都ミルヴァ、魔法都市イシリス、技術都市アテナスの3つの都市からなる国で、女帝を女神として奉っている。
この国では祭りというものはそんなに珍しいものではない。年に一回は大規模な女神への感謝祭が開催され、その他にもイースターや聖夜祭など小規模な祭りもぽつぽつとあるからだ。
だが、今回アリアが持っている紙に載っているのは"婚約の儀"と呼ばれ、国をあげて盛大に行われる特別なお祭りなのである。
さらに、"婚約の儀"は普通ならば女帝様の娘が婚約する際に行われるのだが、現女帝様は先代の女帝様を早くに亡くしたため、女帝の身にして婚約の儀にあたることになる。ということは、今までの"婚約の儀"よりも殊更盛大に行われることが予想されるのだ。
年に一度の感謝祭ですら道は混み、一度はぐれればもう出会うことができないとまでいわれているくらいなのに、この小さなご主人様を連れていけるわけなどない。カリスはすぐにそう思った。
だが、カリスはクオンがにっこりとアリアに言っていたことを思い出していた。三人でだったらアリアもクオンと町に行けるという話だ。何故その時にクオンはこの祭りの紙を出さなかったのだろうか?
答えは決まっている。
これでカリスが承認すれば計画通りアリアとカリス、そしてクオンの3人で町にいくことができる。反対にカリスがこれを許さなければそれはカリスだけの判断であって自分は無関係、つまり嫌われるならどうぞお一人で。そういうことを意味しているのだ。体よく嫌な役を押しつけられたカリスはアリアに気づかれないようにそっとため息をつく。
「お嬢様・・・」
「うんっ!」
キラキラとした期待の目で見られる。
やめてくれ・・・、そんな断れることなど絶対にありはしないという目で見ないでくれ・・・!
アリアの期待に満ちた表情を見て、カリスの決意はぐらりと揺らぐ。なんていったって、アリアの喜ぶ顔は自分も見たいし、嫌われるのも何だか癪にさわるのだ・・・!
クオンの爽やかな笑顔を忌々しく思いながら、カリスは暫くしてからようやく重たい口を開いたのだった。