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続 高橋さんの場合。


フリーペーパー用の写真を撮ってから1週間。

どこか気持ちが上の空になってしまっていた。

仕事に影響が出ていないことが救いではあるけれど。


先週の日曜日あったことは本当にあった事なんだろうか?

いや、本当にあったことだとして、2度目に高橋さんが戻ってきた所からはもしかしたら夢だったのではないだろうか?


でなかったら、目の前の高橋さんの普通過ぎる対応に納得がいかなくなってくる。普通なのだ。何事も無かった位に普通。


「こんばんは。」


爽やかな笑顔で現れて先週撮った写真を見せてくれる。

シェリーに文さんに節子さんに私。

どれもどれもどれも素敵に撮れている。


「いやぁ。良い写真がたくさん撮れて選べなくて、皆さんに選んでもらおうと思って持ってきました。」


「あらぁ。良く撮れてるじゃない。斜めベンチに座った写真良いわぁ。」


「ですよね。僕もこの写真良いなと思っていて。皆さんの仲の良さが写真にすごく現れているというか。」


「そうねぇ。」


文さんが写真をパラパラとめくり確認する。

ふと手を止めこちらに向けてきた。


「これなんか、愛情がダダ漏れなんじゃない?作る側の料理に対する愛情。そして撮る側の被写体に対する愛情。アタシ、写真なんて分からないけど、これは何だか愛を感じるわぁ。」


私がオムライスを焼いている横顔の写真だった。

高橋さんは耳まで真っ赤になっている。


「いや、まぁ。それは。」


くしゃくしゃと頭をかいた。

照れているときの癖らしい。

少しホッとした。気持ちが上ずってしまっているのは私だけじゃないようだ。仕事中だからと切り離しているのかも知れない。これ以上困らせたくない。


「私は、これと、これと、これと。あとこれとこれが良いです。」


さり気なく横顔の写真も滑り込ませる。

選り分けた写真を4人でチェックする。


「いいと思うわ。このお店の良いところ全部写ってる気がするもの。」


節子さんが感心したように言う。


「はい。全部詰めさせて頂きました。おかげで選ぶのが大変で。それと記載するお店の営業時間なんですが、10時5時でいいのでしょうか?夜の営業は?」


「それは、こちらのオーナーのポリシーでやってないのよ。夜は駄目なんですって。夜を受け入れるとどこかの家庭の食卓が淋しくなる気がするからって。」


「えっ?」


「ウチのお店、比較的に女性のお客さんが多いんです。夜にお客さんを受け入れてしまうと、その分お母さんがいないとか娘さんが居ないとかでで淋しい食卓を囲む家が増えちゃうんじゃないかって思うんです。今って、朝に家族で食卓を囲むって事も少ないだろうし。夜くらいは家族の時間を大切にして欲しいなって思ってて。夜は家族単位限定とかひとり暮らし限定とかも考えましたけど、ちょっと難しいなって断念しました。だったらやらないって。文さんもシェリーもああ見えて高齢ですし。でも、ウチだけ営業しなくてもそんなに影響はないんですけどね。」


「そうなんですか。何か僕、感動しました。ここに来るとなんだか安心するなってずっと思っていたけれど、それは聡子さんの優しさだったのかもしれませんね。」


「私じゃないです。文さんとシェリーがお店の雰囲気を作ってくれていて、私はその雰囲気を感じながら幸せだなぁって料理してるんです。だから食べてくれる人も幸せになれますようにって思いを込めて作ってますけど。私がするのはそれくらいです。」


グスグスと音がして振り向くと節子さんが泣いていた。


「私、このお店に卵卸せて良かったわ。こんなに素敵な思いを持った人と関われるんですもの。」


「そんな事でメソメソするんじゃ無いわよ。」


ボックスティッシュを引き抜いて文さんが節子さんに渡している。そんな文さんも涙目だ。


「あぁ、もう嫌だわ。癒やし庵に涙は禁物よ。ましてや従業員が泣くなんて。もう営業時間も過ぎているし撤収よ。撤収!!あんたはちゃんとウチのオーナーを送りなさいよ。アタシは節子さんを送るから。さっ、いつまでもグスグスしてないで帰るわよ。」


文さんが節子さんを引いて帰って行った。

店内が急に静かになる。


「僕らも帰りましょうか?」


「はい。」


「車まで送ります。」


「ありがとうございます。」


高橋さんはシェリーの入った重いバッグを車まで運んでくれた。

助手席にシェリーのキャリーバッグを乗せたとき高橋さんが呟いた。


「今日は月が綺麗ですね。」


真っ直ぐな目で見つめてくる。


「・・・。」


返事を返せない私。


「って、なんの事か分かりませんよね?」


確認を取られたことで確信に変わる。


「本当。月が綺麗ですね。漱石ですよね?知っています。」


不意に高橋さんにふわりと抱きすくめられた。

びっくりして固まっていると


「ごめん。」


と離れられた。


「好きなんだ。ちゃんと言ってなかったから。」


掠れた声での告白。

嬉しかった。


私は月の光を浴びて、ただただ頷くばかりだった。




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