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高橋さんの場合。


今日は日曜日。

私は少し気合いを入れる。

シェリーの入ったキャリーバッグを抱えお店に向かうと、もうすでに何人かのお客さんがベンチに座って居た。先頭は史乃ちゃんと田中君だ。2人は先日から仲むつまじいカップルになっている。私に気が付くと大きく手を振ってくれた。


若干斜めになったベンチは文さんの熱いポリシーでそのままになっているので、こちらから見るととても面白いことになっている。


「あらやだ。史乃ちゃんたら、ベンチが余計斜めになっちゃったじゃないの。」


すぐ後ろからやって来た文さんが大きな声で叫び、笑いが起きる。もうすでにこのベンチが斜めな事は有名で色々な人がネットに上げるのでちょっとした写真スポットにもなっている。


最近は週末順番待ちしているお客さんに出す《斜めベンチ珈琲》が人気だ。いつまでも待ってくれるお客さんに申し訳ないからと特別にメニューに入れた。お店で出す珈琲と同じだけど、斜めベンチで飲んで頂く分少し安くした1杯200円。


約6人が座れるベンチ。

知らない人同士が座り珈琲を飲むことで不思議な連帯感が生まれるらしく、ここで珈琲を飲んで友達になったという人もいる。嬉しい話だ。


私はおはようございますと挨拶をしてお店に入っていく。文さんは立ち止まりオープンまでお客さんの話し相手になっている。


シェリーを出して、さっと準備をしたらあっと言う間に10時だ。壁掛け時計の合図で文さんが札をクローズからオープンに代えて入ってくる。


「おはようございます。いらっしゃいませ。」


お客さんが入ってきてメニューを頼み、それぞれ思い思いの時間を過ごす。私自身は忙しいけれどお店の中に流れるゆったりした時間は何とも言えない安心感を私にくれる。


忙しいお昼の時間を抜け夕方、平静が訪れる。

少し早いけれど、クローズのプレートを提げた。

もうすぐあの人が来る。

カララーン。

扉が開く音がして高橋さんが入ってきた。


「いらっしゃいませ。」


「こんにちは。今日は宜しくお願いします。」


「こちらこそ。お願いします。」


高橋さんはフリーペーパーの記者だ。1週間前に1度やって来てこのお店を記事にしたいと言ってくれた。今日は記事に載せる写真を撮りに来てくれたのだ。


「あらぁ。高橋君いらっしゃい。今日はよろしくねぇ。相変わらずいい男ね。」


文さんに褒められ、くしゃくしゃとした笑顔を見せてくれる。私にはとても眩しい笑顔だ。


「じゃぁ、まず外で撮らせてもらえますか?シェリーも一緒に。あのベンチに座ったカットを撮りましょう。」


当然のように文さんに抱かれてシェリーがやってくる。斜めベンチに座り写真に収まる予定だがシェリーを除いた私と文さんは緊張してしまう。


「顔が硬いですよ。笑って、笑って。そう言えば、このベンチで出される珈琲が話題だって聞きました。《斜めベンチ珈琲》面白いですね~。本当に斜めだ。」


感心したように言うので笑ってしまう。


「あっ、良い写真が撮れましたよ。綺麗だ。」


やっぱり顔をくしゃくしゃにして笑う。

大きな口と三日月のように細められた目。

人の良さが全て現れているようだ。


「あとは店内とフードメニューと皆さんをそれぞれ撮っていきましょう。」


「ちょっと待って。もうひとりいるのよ。大事な立役者が。卵の節子さん。」


文さんは携帯電話を取り出し節子さんに電話を掛けた。


「早くいらっしゃいよ。ウチの看板メニューのオムライスは節子さんの所の卵なんだから来なきゃ駄目。早くね。」


少し待っていると節子さんがやって来た。

うっすらとメイクをしている。


「こんにちは。写真を撮らせてもらう高橋です。宜しくお願いします。」


屈託のない笑顔に節子さんも安心したようだ。


「宜しくお願いしますね。綺麗に撮ってね。」


笑いながら言う。


パシャリ、パシャリと店内、それからメニューを撮って皆を撮っていく。


真剣な顔でカメラを覗き込む横顔がとても素敵だ。シェリーと文さんに関しては問題なく終わった。心配していた節子さんも高橋さんの前でとびきり素敵な笑顔を見せた。


問題は私。

恥ずかしすぎて上手く笑えない。

あまりにもぎこちないので料理風景を撮らせて欲しいと言われた。私はオムライスを作ることにする。いつも通り心を込めて。


パシャリと音が響いたが気にならなかった。

出来上がったオムライスを高橋さんに食べてもらう。


「うわぁ。こりゃ美味しいや。」


目を丸くしてスプーンを口に運ぶ。

あっという間に平らげた。


「ごちそうさまでした。」


屈託のない眩しい笑顔にやられてしまう。

とてもとても好きだと思った。


「彼女はいるの?」


不意に節子さんが言葉を投げかける。


「いないですよ。なかなかいい縁が無くて。」


横から文さんが小突いて来る。

この2人にはお見通しなのだ。

お節介な文さんなのでまずいと思ったがこの時は珍しく余計なことを口にしなかった。


「また1週間後、記事が出来たら見せに来ます。その時にチェックして貰ってOKが出たら載せる感じで。」


「はい。宜しくお願いします。」


目が合ったとき、ほんの少しはにかんだ笑顔を向けられた。


「じゃぁ、また来週。オムライス、すごく美味しかったです。ごちそうさまでした。」


「良かったです。今日はありがとうございました。」


高橋さんが帰って行ったあと背中に熱い視線を感じた。節子さんと文さんだ。2人揃ってにやけている。


「聡子ちゃんに春が来るかもね。ついでに高橋君にも。」


私は聞こえない振りで片付けをする。

2人はゴニョゴニョ話しながらお店の外に消えていった。15分程してカララーン。と扉が開く。私は顔も上げず


「何してきたんですか?」と聞くと


「戻って来ました。」と高橋さんの声がした。


「文さん達にチャンスをあげると言われてチャンスを逃がさないために戻って来ました。」


驚いて見上げると優しく笑う高橋さんが居た。

カウンターに座り


「珈琲もらえますか?」


と言う。


「良いですよ。」


熱々の珈琲をカップに注ぎ手渡す。


「どうぞ。」


「ありがとう。」


高橋さんは珈琲の湯気で顔を隠すようにしながら


「あと、僕と友達になってくれませんか?」


と言う。


「良いですよ。私もなりたいです。」


「・・・できれば、恋人を前提に。」


「それもOKです。」


「やった!」


高橋さんが子供のようにはしゃぐ。


「働く姿を見ていて惚れました。この仕事をして初めての事です。」


「ありがとうございます。嬉しいです。私は高橋さんの優しい笑顔に惹かれました。」


くしゃくしゃと自分の頭を搔く高橋さん。

照れているのだろうか?

私にまでその熱が伝わってくる。


「あの、えっとじゃぁ、また来週。記事もって来ます。その時にまた。今日は帰ります。」


「はい。じゃぁ、また来週。」


入り口まで送り届ける。

斜めベンチに文さんとシェリーと節子さんが座っていた。何か言いたそうな顔だ。


私は慌てて店内に戻る。

追うように入ってきた2人は口々に


「高橋君はお勧め。いい人よ。ついでに貴女も高橋君にお勧め。すごくいい女だもの。アタシの目に間違いは無いわ。」


「そうね、聡子ちゃんはとってもイイコ。あの高橋君も誠実そうだわ。」


「ニャー。」


なんだか分からないがシェリーまで応援してくれているようだ。今日はとても疲れた早く帰ろう。

でも、胸がドキドキして眠れそうにもない。


「また明日ね。今日は刺激が強かったみたいだからゆっくりやすみなさい。」


文さんと節子さんは揃って帰って行った。

シェリーも足元に纏わり付いて離れない。


帰ろう。


シェリーをキャリーバッグに戻しお店の鍵を閉めた。外は日暮れてすっかり閉店時間も過ぎていたようだ。







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