夏樹くんの場合。
飲食店の閑散期は週の中頃なのだろうか?
癒やし庵も水曜、木曜はお客さまの入りがまばらだ。
特に今日は、酷い雨降りで木曜日。
午前中にひとりと、ランチに2人来たきりだ。
店内はとても静かでシェリーのカリカリを食べる音が本当にカリカリと響いてくる。
「今日は暇だわねぇ。」
「そうですね。でもたまにはいいかな。こんな日も。」
最近は来店者がSNSに写真等を載せてくれたりしてお店の客足が伸びていた。特にシェリーと文さんはその見た目のインパクトからちょっとした有名人になりつつある。お店のオーナーは私なのだけれど。。。まぁ、そのお陰で私は調理に集中できるからバランスは上手く取れているのかもしれない。
土日は比較的人の入りが多く忙しい。どこかで休みを取るなら、水木のどちらかかな?と考えていたら雨足が強まってきた。屋根に打ち付ける雨音がやけに響く。雹が混じっているのだろうか?
外からダダダッと駆け込んでくる音がして、扉がカララーンと鳴った。駆け込んできたのは黒い学生服姿の少年だ。時刻は13時過ぎ。学生が帰ってくるにはまだ早い。
シェリーが寄っていき、少年の足元に纏わり付く。少年は座り込みシェリーを撫でた。
「いらっしゃい。今日はとても暇なのよ。お客が来て良かったわ。ここに座りなさいよ。」
文さんが奥のテーブルへ誘う。
少年は素直にやって来て椅子に座った。
「貴方、随分濡れたわね。これ使いなさい。」
タオルを手渡す。少年は無言で受け取り髪を拭いていた。
「あらやだ。可愛い顔してるのね~。寒くない?お腹空いてるでしょう?お昼まだ食べてないんでしょう?」
見透かしたように文さんが話し掛ける。
少年はただ頷いた。
「フレンチトーストと珈琲を出してくれる?ついでに同じものをアタシも。」
「了解です。」
「ついでにフレンチトーストの卵は節子さんの所の烏骨鶏使って頂戴。今日はオムライス出そうもないから良いでしょう?」
「はい。今日だけ特別ですよ。」
「ありがとう。さてと、貴方はどこの誰なのかしら?」
少年は黙ってシェリーを撫でている。
「話したくないのね。まぁいいわ。その子可愛いでしょう?」
少年はこっくり頷く。
「シェリーって言うの。素敵な名前でしょう?」
「・・・うん。」
「話したくないことは別に話さなくて良いわ。代わりにお昼に付き合って頂戴。こんなに可愛らしい子と食べられるなんて夢のようだわ。」
少年は怯えた目で文さんを見上げる。
「大丈夫よ。アタシ、未成年には興味ないから。ほら、フレンチトーストと珈琲。召し上がれ。」
少年は出来たてのフレンチトーストをいそいそと切り分け口に運んだ。
「美味しい。」
「でしょう?今日は特別な卵を使っているから余計美味しいのよ。貴方に特別ね。」
「ありがとう。」
「いいのよ。」
「・・・僕、学校サボったんだ。」
「そうなの?」
「連絡する?」
「しないわ。どうでもいいもの。アタシも学校好きじゃなかったし。」
「おじさんも?」
文さんが少しムッとして訂正する。
「おじさんじゃなくて、文さん。」
「文さん?」
「そう。」
「文さん。僕、転校してきたんだ。4月に中学生になって慣れてきたと思ったら突然こっちに転校になって。パパと飼ってた猫と離れて今はママとアパート暮らし。友達も出来なくて学校楽しくない。」
「そうだったの。可哀想に。でもどうしてここに駆け込んできたの?」
「猫カフェって書いてあったから。猫に触りたくて。本当は今日来るつもりじゃなかったんだ。お店の前を通りかかったら雹が降ってきて痛くて入っちゃった。」
「神様のイタズラかしらね?」
「神様のイタズラ?」
「そう。そこに入りなさいって、神様が雹を降らせたのかも。」
「そうなのかなぁ。」
少年は楽しげに笑った。
まぶしいくらい爽やかな笑顔だ。
「貴方、いい顔してるけど笑うともっといい顔してるわ。好きなスポーツとかないの?」
「サッカーが好き。」
「ぴったりね。サッカーやりなさいよ。部活とかあるでしょう?」
「そうしたら学校に行かなきゃ行けない。」
「サッカーやるために行ったらいいじゃない。」
「学校、怖いよ。誰も友達居ない。」
「居なくてもいいじゃない。とりあえずサッカー部に入部してサッカーやるの。どうしても辛くなったら行かなければ良いし、いつでもここに遊びに来ればいい。」
「本当?」
「本当よ。」
「ありがとう。僕ね、伊藤夏樹って言うんだ。」
「夏樹ね。覚えておくわ。」
「そろそろ帰らなきゃ。お金、これしかない。」
ポケットから千円札を取り出し、文さんに渡そうとする。
「今日は奢りよ。そのかわり明日から学校に行ってサッカー部に入りなさい。どうしても駄目ならここに駆け込んでくればいいから。」
「うん。ありがとう。またね」
それから1週間後、夏樹くんが友達をつれてお店にやって来た。
「こんにちは。」
「あらっ、夏樹。いらっしゃい。」
「僕、友達出来たよ。サッカー部にも入った。でね、サッカー始めたら友達出来たんだ。文さんに
知らせたくて来たんだ。」
良く日に焼けた少年が4人、みんなでクリームソーダをひとつと揚げドーナツを頼みワイワイと食べている。若い子特有の空間が出来上がっていた。