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節子さんの場合。

翌日お店に向かうと、木を切り落とすような音が響いてきた。何となくの予感がしていたが、文さんが店先でノコギリ片手に板を切っていた。今日は鮮やかなオレンジ色のジャージーを着ている。


「おはようございます。」


「あら、おはよう。」


「何を作っているんですか?」


「何って見れば分かるじゃない。看板とベンチよ。ここに看板を掲げて、ここに順番待ちのお客様に座って貰うベンチを置くの。」


「順番待ちのですか。並ぶかな?」


「貴女ね、自分のお店でしょう?繁盛させると思ってやってないのかしら?」


「まだ、想像できませんね。」


突然文さんが持っていたノコギリを放り出して手のひらをパンパンと叩く。


「やってらんないわぁ。辞めよ。辞め。お店も何もかも辞めてしまいなさいな。自分を信じられない人間なんて大成しないんだから。私もそんな人間支えられないわ。」


切り揃えた板も放り出される。慌ててシェリーのキャリーを店内に置き板を拾い集めた。


「すみません。まだ始まったばかりで何も想像できなくて。」


「良いことだけ想像すれば良いのよ。まだ始まってもないんだから。心はね、沈ませる為にあるんじゃないの。高揚させるためにあるんだから。分かったらさっさと貴女も手伝いなさい。」


「はい。」


「それからね、これからはアタシの前で後ろ向きの発言をしないこと。いいわね?常に前を見なさい。変えられるのは未来だけなんだから。貴女は素敵な切符を手にしたの。それを活用しなくてどうするの?」


素敵な切符。。。

すごく良いことを言われ胸に響いた。

私はこの切符で明るい未来へ向かわないといけないんだ。拾い集めた板を置き、洋服の腕をまくり上げる。それを見た文さんがニヤリと笑いノコギリを差し出す。


「これ、切り落とすところで印を付けてあるからやって頂戴。アタシ、切るのはもう疲れたわ。」


「はい。切らせて頂きます。」


慣れないノコギリで木を切り落とす。

その横で文さんが金槌を使いベンチらしきものを組み上げていく。時間を忘れ作業に没頭していたら突然に文さんが道行く女性に声を掛けた。


「あらぁ。節子さんじゃない?どこ行くの?」


「散歩ですよ。」


どことなく元気が無い様子だ。


「元気ないわねぇ。いつまでも引き摺ってちゃ駄目よ。人はいつか居なくなるんだから。」


「分かってはいるの。でも、張り合いが出なくてねぇ。」


「忘れ形見の烏骨鶏は元気なの?」


「ええっ、元気だわ。今朝も卵を産んでいたわ。食べる気もしないけど。」


文さんの目がキラリと光った。


「卵?あらっ、いいじゃない。もう直ぐお昼だし食べないのならアタシ達に分けて頂戴。」


「いいわよ。持ってきてあげる。」


少し待っていると節子さんと呼ばれていた女性がバスケットを携えてやって来た。


「はい、どうぞ。じゃぁね。」


「まぁ、待ちなさいよ。」


踵を返す女性の腕を文さんが引き止める。

代わりに私を前に押し出し


「この子ね、こんなだけど料理が上手いらしいのよ。私もまだ食べた事がないの。ちょっと不安だから一緒に味見してくれるかしら?」


「やめておくわ。」


「いいから来なさいよ。」


文さんは力尽くで女性を店内に引き入れた。

シェリーの入ったキャリーバッグに躓く。


「ちょっと貴女、シェリーを出してあげていないの?可愛そうに。早く出してあげて。」


すっかり忘れていた。

慌てて扉を開けるとさすがに少し不機嫌な様子で出てきた。伸びをして気に入ったらしいカウンター席の端っこに丸まる。


「さっ、何か作って頂戴。オムライスなんか良いわね。」


ご飯が無いのでオムライスは無理だ。

オムレツを作ることにする。

烏骨鶏の卵は初めて手にするけれど、コロリと小さくて可愛らしい。ひとり3個といったところか。コンコンと卵を割り、塩コショウを振り入れて牛乳を少し。よく解きほぐしたものをバターを溶かしたフライパンでフワリと焼き上げる。冷蔵庫に入っていたケチャップを絞り完成。


「どうぞ。ご飯が無いのでオムライスは無理ですがオムレツを作りました。」


「見た目はまぁまぁね。」


3人でテーブルに座り試食した。


「いただきます。」


「・・・烏骨鶏の卵って美味しい。」

「・・・焼く人が違うと美味しいのね。」


節子さんと私、同時に違う意見が出た。


「面白いわねぇ。」


文さんが笑う。


「ねぇ、節子さん。烏骨鶏ってどの位卵を産むの?」


「今は、30個行くかいかないか位かしら?」


「オムレツ1つに卵はどれ位必要なの?」


「オムレツ、オムライスなら3個~4個ですね」


文さんは暫く考え込んで口を開いた。


「ねぇ、節子さん。カフェが始まったら毎日20個売ってくれないかしら?こんなに美味しい卵で作るオムレツやオムライスなら限定5食とかで出せると思うのよ。」


「卵じゃなくてお嬢さんの腕だと思うわ。私じゃ同じ卵でもこんなに美味しく焼き上がらないもの。こんな風に仕上げてもらえるなら亡くなった主人も喜ぶわ。」


節子さんのご主人は、平飼いの烏骨鶏の卵を販売していたが半年前に亡くなったらしい。節子さんは忘れ形見の烏骨鶏を大切に育てていた。ご主人を亡くしてからは気力がなく卵の販売はやめていたそうだ。


「健康の為にも歩いた方がいいわよ。で、ここでアタシと話して気晴らしして。可愛らしい猫も居るわよ~。」


シェリーは喉を撫でられゴロゴロとしている。


「可愛いわね。少し元気が出たわ。文さんと話すのも楽しいし。これからはここに来るのを楽しみに頑張るわ。オープンしたら知らせてね。」


「もちろんよ。」


「またね。」


「また。」


ふたりと1匹で節子さんを見送った。

節子さんの姿が遠のくと急に文さんが


「烏骨鶏の卵なんてなかなか手に入らないわよ。私のお陰ね~。節子さんもこれから張り合いが出るわよ~。みんな幸せね~。」


文さんはとても前向きな人だ。

この人について行けば大丈夫な気がする。

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