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理想の世界で選択肢頼みの令嬢ライフ  作者: 睡蓮
1人目 理想の世界のご令嬢(ロベリア)
8/9

8 理想の世界からの逃走


 ここまではきちんとできているのに……


 誰もいない練習室に私のため息が響く。窓の外にはもう満月が浮かんでいる。寝不足はお肌の大敵。早く寝たいのはやまやまだけれど、学園卒業はもう明日。私にはもう時間が無い。

 一呼吸おいて、魔方陣から溢れる光を手繰り寄せもう一度精霊を呼ぶ。何度練習しても来てくれない精霊につい苛立ってしまい、心の中の口調も鋭くなってしまう。すると、いつもと同じようにさっきまで私の掌の中で輝いていた光は一瞬で消えてしまった。


 シレネ様と一緒に学院で過ごすようになってから4年。あっという間に私達も最高学年だ。なのに、私の精霊問題はなんら解決することはない…… よく進級できたなと自分でも思う。

 少し休憩するつもりが、考え込んでしまったみたいだ。練習のしすぎで腕と目が痛い、特に目が。


 最近は選択肢の力を酷使しまくっているからな……


 危惧していた視力の低下は免れたけれども、目つきの鋭さは順調に育っていってしまった。少しでもほぐそうと目のストレッチをする。瞳を上下左右に動かしていると、練習室の蝋燭の明かりがオレンジから青に変わったのが目に入った。もうすぐ消灯時間という合図。


 タイムリミットが来てしまったんだ…… 


※※※


 今日も夜の廊下を1人で歩く。日が暮れてから寮から出ることははしたない! とされているらしく、この時間に誰かと会うことはほとんどない。最初は私も侯爵家の娘、王子の婚約者として振る舞うために慣例通り、すぐに女性寮へ帰っていた。けれど、徐々にそんなことに構ってられなくなってきた。


 時間があれば必ず行っている精霊を呼び出す練習。

 最初はシレネ様と一緒にしていたけれど、シレネ様の精霊からの助言以降、1人で練習するようになった。なんとなくシレネ様の精霊、それにシレネ様自身にこれ以上練習している姿を見せたくないと思ってしまったからだ。

 1人で練習するようになってから、試しに選択肢の力を使わずに光を手繰り寄せようとした。自分なりに精霊からの助言を考えてそうしようと思ったのだ。けれど、その結果は魔方陣からひたすら光の糸が溢れ続けるだけという結果に終わってしまった。よし来い! と身構えた私の腕はピクリともしなかった。何度か試しても同じ結果。これならまだ次の段階まで進める方がましだと、今ではまた選択肢の力を使ってしまっている。

 以前よりのさらに練習室に引きこもるようになった私を心配して、シレネ様は初めの頃は何度も様子を見に来てくれた。けれど、私が必死に断り続けたため今では滅多に練習室に来ることはない。


 そういえば…… シレネ様に最後に会ったのは先週か……


 卒業が近づくにつれて、皇太子としての公務が増えていったシレネ様に会うことは難しくなってきている。最後に会った時の。どうやっても精霊を呼べず落ち込む私を心配そうに覗き込んだシレネ様の顔を思い出した。最近は笑顔よりもそんな顔ばかりさせてしまっている気がする。婚約者失格だ。


 はぁ…… 

 

 もう何度ため息をついたのか分からない。

 私が皇太子の婚約者になってから、他の令嬢達からの視線は初っ端から厳しかった。そりゃそうだっと思ったので、批判はそれなりに素直に受け止めた。問題はもっと上の、現在国を取り仕切っている方々からの視線だ。優秀な期待の皇太子、その婚約者が精霊を呼べないへっぽこなのだから体裁が悪いとその目は語っていた。最初はそのうちに…… なんて見守ってくれていた一部の人々の目も年々厳しくなり……

 ついに最終通告されてしまった。


 学園の卒業記念式典までに精霊と契約すること。さらに、その後の晩餐会でシレネ様と一緒にお披露目すること。できないのなら即刻婚約解消。


 この世界に来た頃なら、それを聞いた時点で泣いて暴れただろう。でも、侯爵令嬢として赤ん坊からこれまで過ごしてきた今の私には、この国の貴族としてわきまえなきゃいけないことがあると悲しいけれど理解できる。引き際は美しく、だ。


 シレネ様に出会ってからは、その隣に立つのにふさわしくなるためにやることがいっぱいだった。精霊学ができない分、これまで以上に見た目を磨いて、貴族としての振る舞いや教養を学び、選択肢をフルに活用し好印象を振りまいた。だから、何とか今まで婚約者でいられた。


 でも、それも今日までかー。


 どこかで楽観視してた。物語の王子とお姫様のように最後は愛の力で乗り越えられる、というエンディングを。きっと最後には私のもとに精霊が来てくれると。

 シレネ様と出会ったあの日から今日まで、王子様とヒロインが結婚という王道ルートに乗るための過程と信じてがむしゃらだった。昔やっていたゲームが攻略通りに進めれば絶対にうまくいっていたように、選択肢の通りに突き進めば大丈夫だと勘違いして。この世界はゲームとは違うというのに……

 努力し続ければ大丈夫と信じ続けていたから、シレネ様と出会った後は誰といたって、何があったって、冷静に選択肢を出して正しい選択を選び続けてきた。どんな時でも動揺せずに誰とでも対応する私に対して、いつしか雪の女王なんて言う呼び名が勝手に付けられていたけれど…… 実際の私はそんなこと全然ない。むしろ選択肢の力に頼って、頼り切って、それにすがっているような弱虫人間だ。それに、学年が上がるにつれて厳しくなってゆく周囲の態度。それに傷つかなかった訳ではない。どんなにシレネ様や家族が禿げましてくれたとしても。人の悪意は善意を簡単に塗りつぶしてしまうものだ。

 

 寮へと続く渡り廊下に出た。いつも以上に吹き抜ける夜風が冷たく感じる。歪んでくる視界をなんとかしようと、立ち止まり上を向く。何度か瞬きを繰り返しているうちに、明日の卒業記念式典が行われるホールの外壁が見えた。まだ明日の準備をしているのだろう。窓からオレンジ色の光が漏れている。その柔らかな光さえ、今は憎々しく感じてしまう。


 明日の今頃はあそこでお披露目の後のダンス中だったのか……

 あー、何だか急に明日の婚約解消が現実味を帯びてきた。貴族のロベリアとして今までずっと気を張ってきた。こんなにがんばれたのはシレネ様という目標があったから。私って自分で思っていたよりも一途。


 張りつめ続けた糸が切れ、今はどうすべきかを考える気になれない。今こそ今後の身の振り方を知るためにも選択肢を見なくてはいけないというのに、その画面を開く気にもなれない。精霊を呼べない今となってはどの選択もきっと意味をなさない。私が望むような選択肢が出るはずはないから…… 「諦める」「婚約解消」という文字が画面にずらっと並んでいるのを見たら大ダメージだ。絶対に立ち直れない。今すべきことは何か。冷たい外気に触れ、少し冷静になってきた自分の頭で考えてみる。すると1つの結論に辿り着いた。


 そうだ、夜逃げしよう。


 決して混乱している訳ではない。明日、大勢の人の前で見せしめになるぐらいなら夜中のうちにとんずらした方がましだ、そう思ったからだ。それになによりも…… シレネ様の私に失望した顔なんて見れない、見たくない。いや、もう最高学年なのに精霊呼べない時点で失望されていたかもしれないけれど……


 自分でもハチャメチャなことを考えているのは分かる。でも、明日ホールに行ってしまったら私は絶対に平常心でなんていられない。それどころか、無様に泣きわめいてしまうかもしれない。そんなのシレネ様と家族に恥をかかせてしまうだけだ。失踪理由は貴族の娘らしく、あまりの心痛に倒れたとでも触れ回ってもらえばいい。使用人の人々には申し訳ないが、荷物も後で彼女達に取りに来てもらおう。


 そうと決まれば暗いうちに逃げねばならない。即決即断、時は今なり。目的地を寮の自室から転移の魔方陣にに変える。この時期は卒業を控えた学生たちが頻繁に自宅と学院を行き来するので、定められてた時間内なら転移の魔方陣は常に開かれている。まだぎりぎり消灯時間前なのでため通れるだろう。その後は、こっそり迎えの馬車を寄こしてもらおう。それで完璧だ。


 よし、このまま中庭を突っ切って行こう。


 満月の光と、中庭の街灯のおかげで夜でも迷わず目的の場所まで歩ける。本当にこれでいいのか? そう考え始めたらもう歩けない。今はひたすら頭を空っぽにして進む。時折、これまでシレネ様と一緒に過ごした日々が、顔が脳裏に浮かんでくる。けれど、それらを全て無視してひたすら歩いた。

 

 あともう少し、噴水を抜けたらそれで全部終わり……

 ……ん? あれは…… まさかそんな……

 な、なんで……


 もう少しで逃亡完了だと思ったその時、噴水の横のベンチにいるはずのない人が座っているのが見えた。

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