3 理想の世界のお茶会模様
聖サフラン学院に入学し早2年。我が望み未だ叶わず……
いや、ふざけている場合ではない。私はもう14歳になった。この学院に在籍しているのは貴族の中でも上位の家系が多くを占めている。14歳なんて若いじゃない、なんていうのは前の世界の感覚だ。同級生たちのほとんどは去年から将来の本格的な社交界デビューに先駆け、お茶会デビューなるものを始めている。そしてそこで広がった独自のネットワークによる良い人探しが始まり、婚約する人が急増する時期なのだ。そんな令嬢達の情報交換の場であるお茶会の共通話題筆頭。かつ、未来の婚約者に求める条件No.1。それは……
「あなたはどんな精霊と契約していらっしゃるの?」
である。ちなみに私は未だに精霊と契約どころか、召喚すらできていない。もちろん感じることすら皆無である。そのせいか、お茶会へ行っても
「私の家では代々闘いを得意とする精霊と縁がありますの」
「まぁ、さすが多くの有名な騎士を輩出していらっしゃるレグニツィア家ですわ。ですから、ご一緒の精霊も凛々しいお顔をしてますのね」
「やっと契約してくれたんですのよ。そうそう、リンバード家は豊穣の精霊とご縁があるとお聞きしました。とても綺麗な緑色の羽を持っていらっしゃるとか」
この我が家の精霊自慢からのお宅は? の流れが必ず挟まってくる。しかもいつも会話の最後を振られるのは私担当みたいになっている。私が精霊呼べないの知ってて話を振ってくるんだからたちが悪い。いらっとする気持ちを隠すように、優雅に微笑みながら相手の顔を見た。精霊なくとも、貴族として品を忘れることなかれ。私のモットーだ。
微笑みを保ったままさりげなく相手の後ろへと視線を移す。すると、そこに四角い半透明のものが浮いていた。その枠の中にはまるでゲームのように3つの選択肢が書かれている。
「はい、一族皆そうですので。早く皆様のように契約したいですわ」〇
「はい、そうですの」△
「まぁ、以前もお話したのに忘れてしまわれたんですか?」×
一瞬で文字を読み、丸の付いた1番上のセリフを言う。羨望していますわと言わんばかりに目をかすかに潤ませながら。この数年の私の演技力の向上には眼を見張るものがあると自負している。すると皆さまの矜持を満たせたようで、令嬢方は嬉しそうな顔で口々に慰めの言葉を投げかけてきた。
「そんな……」
「きっと、もうすぐですわ」
「ロベリア様は優秀ですもの」
ほほほほとご令嬢達の笑い声が響く。合わせて私もおほほほほっと笑っておく。この話し方も笑い方もなかなか板に付いてきた。時折無性に恥ずかしくなるけれども。
どんな願いを叶えたいかと聞かれた時、最初に頭に浮かんだのは大好きな乙女ゲームのタイトルだった。乙女ゲームの世界でイケメンに囲まれきゃっきゃうふふと過ごしたい。何の飾り気もない私の素直な気持ちだった。
でもよくよく考えたら、それはちょっと危険じゃないか? と気がついた。だって考えてみてほしい。その世界に飛び込んで暮らしたとして、クリアの先を私は知らない。クリアまでの月日は上手に立ち回れても、問題はその後だ。ゲームならクレジットが流れて、CGがドーンっと出てきて終了。けれどゲームとは違って、私の人生はその先へと続いていくのだ。攻略本も何も無して私がお話の中のヒロインのように上手に立ち回れる自信なんてない。そんなんできてたら元の世界でも上手くやってたわ! エンディング終わった途端に、周囲からあれ? 君なんか昨日までと違くない? なんて言われること間違いなしである。
それならいっそ新規開拓。そう思って私が改めて望んだのは今まで夢見ていた世界。色々な話を見聞きする度に妄想していた、剣に魔法にのファンタジーな世界。剣に魔法にイケメン、精霊、貴族の令嬢、王子様そしてイケメン。大雑把に自分にとって大切なキーワードを思い描き、後は運に任せようと思った。出たとこ勝負の方が人生楽しかろうと。
そして、願いを思い描きながら本をめくる直前。最後の最後に攻略情報を片手に乙女ゲームをひたすら進めた日々がふと頭をかすめた。
私、見知らぬ世界で上手く立ち回れるのだろうか?
それこそ行った先でも選択肢がこちらですよと教えてくれたらいいのに……
貴族社会とか狸と狐の化かし合い状態だろうしな……
そう思ったものの、そんなん無理かと思ってすっかり最初は忘れていた。しかし、最後に冗談で思ったこの思い付きがまさかの採用をされていたのだ。
そう、今私が手にしているこの不思議な力はある日突然その姿を現した。幼い頃は選択肢を出すことなく普通に人と会話していた。でもある日、ちょっとした会話の時に「どうやって返事しよう……」そう悩んだ瞬間のことだった。私の目の前にビュインっと選択肢画面が。しかも、わかりやすく〇△×付きで現れたのだ。それこそ最初に見た時は嘘でしょ? と数秒固まった。でもこんなお助け能力使うに決まっている。そして、その後もこの能力を活用しまくった結果…… 貴族として必須の社交性はかなり磨かれた。同時に私の評判も
精霊の後ろ盾は未だに無いけれど、リンバード家の令嬢はその他の点では劣るところなし
と、なんかいい感じではなかろうか? という所まで上げることができた。貴族必須の精霊関係の能力が無いため、その他のことは死ぬ気でがんばった甲斐があった。後は精霊学さえきちんと修めることができたら…… それさえできたら私の未来は薔薇色なのだ。
それにしても、精霊学さえ、と言ったものの…… 貴族間で婚約者探しをする時に重要視されるこの項目。そこがすっぽり空いている私は、誰にも相手にされないまま今日に至る。侯爵家の令嬢という肩書のせいで、どうしてもお相手候補はそれなりの家系の人間になる。となると、もちろん契約している精霊への関心も普通より高いのだ。
あの不思議な部屋で願い事を言った時にはこんなことになるなんて全く思わなかった。物心ついた時から一緒のかっこいい幼馴染とか、入学した先の素敵な先輩との恋愛イベントが目白押しだと思ったのに…… そんな余裕がない、全然ない、機会もない。どうやら皇太子は私と同い年だというけれど、影すら見たことがない有様である。
今の私と親しい異性の知り合いなんて家族ぐらいだ。お兄様は見た目だけならそりゃあかっこいいけれど、なんせ付き合う女性へのハードルが高すぎる。たぶん、完璧な令嬢そのものであるお母様を見すぎた結果だと思う。日々お兄様から語られる「令嬢とはかくあるべき」論を聞いていたら、ときめきなんて生まれようがない。
学院卒業までに婚約していないと行き遅れなんて言われてしまう、この世知辛い世界。卒業まではまだ時間がある。それまでに絶対なんとかしてみせる。高らかな他の令嬢達の声を聞きながら、私は今日の精霊学の練習は1時間追加だなと思った。
※※※
その後も延々と繰り返される嫌味をやり過ごし、やっと解放された頃にはもう日が暮れ始めていた。今日のお茶会もなかなかに長かった。
貴重な週末がまた今日も潰れてしまったな……
本当は精霊を呼び出す練習をしたかったのにと心底思う。けれどこれも貴族社会を生き抜くためには不参加で、というわけにはいかない。思ったよりも貴族というのは面倒だ。
お茶会からの帰り、精神的な疲れからぐったりとしながら迎えの馬車に乗る。力の抜けた身体には馬車の揺れがいつもより強く響く。馬車というのは想像していたよりも乗り心地があまりよろしくない。車が懐かしい……
それにしても、来週は学院で試験だ。この試験が終われば長い休暇になる。けれど、休暇の予定を優雅に立てる暇なんて私にはない。今回の試験は学年最後の総まとめ試験ということで、どの教科も難しい。聖サフラン学院では身分に関係なく、試験の成績の悪い者はがんがん落とされる。上に立つ物は多くを学ぶべし、という学院開設以来の理念を忠実に守り続けているからだ。まあ、筆記は日々コツコツとがんばってきたので多分大丈夫だと思う。
最大にして唯一の問題は……
精霊学の実技なのだ。
ゆらゆらと揺れる馬車の中、私は今日何度目になるか分からないため息をこぼした。