私の猫はイケメンでした。
窓の外にひらひらと桜の花びらが舞っている。
また今年も春がやってきた。
あなたと出会った春。
「私、頑張ってるよ」
窓の外を見て呟いた。
もちろん誰からの返答もない独り言は私の口から出て、響くことなく消えた。
-2年前-
「んー……。ダメだ!完全に行き詰まった…」
パソコンの前で私は頭を抱えた。
プロットを書いたノートとパソコン画面を見比べてため息をつく。
「にゃー」
そんな私を見かねてか、私の飼い猫シオンが机に乗って、ひと鳴きした。
「シオーン……この後の展開と、最後の展開へ繋げるフラグが思いつかないよー……」
シオンを抱きしめ、頬ずりをする。
暖かい。
大人しく頬ずりされるシオンは、本当にいい子だ。
「にゃー」
はぁ…癒される。
本当にこの子がいてくれて良かった。
この子を拾ったのは、春の満月の夜。はらはら舞い散る桜が綺麗な日だった。
新人小説家として賞に募集するために、何か思いつかないかなと散歩していた時だった。
「にゃー」
小さいけど生命力に溢れた可愛い声に足を止めた。
みかん箱に『拾ってください』と書かれていて、箱の中にはバスタオル1枚敷かれていた。
そこには小さな小さな黒猫が1匹で、こちらを見上げていた。
「あなた、捨て猫?」
「にゃー」
しゃがんで抱っこしてみる。
ふわふわで艶やかな毛並み。
金色の目。
小さな肉球。
小さいけど、トクントクンと心臓の音がする。
「可愛い…」
私は家に連れて帰った。
冷蔵庫にあったミルクを飲ませてみる。
「ほら、飲めるかな?」
黒猫は恐る恐るミルクを舐めた。
ぺろぺろ ぺろぺろ
どうやら気に入ったらしい。
「いっぱい飲むんだよー」
一生懸命ミルクを飲む黒猫。
可愛いなぁ…ん?
よく見たら、片耳に傷がある。
生まれつきなのかな?
「あ、名前つけなきゃね」
んー……黒猫だからクロ?
いや、ありきたりか…んー…。
「にゃおん」
黒猫は私を見上げてひと鳴きした。
にゃおん……おん……しおん……?
「よし!君は今日からシオンだよ!」
抱っこすると腕の中で嬉しそうに、にゃん!と鳴く。
こうして私とシオンのふたり暮らしが始まった。
翌日には餌やゲージ、首輪にシートにおもちゃ。
シオンのための買い物をした。
シオンは色々と揃っていく自分の部屋に、嬉しそうに目をキラキラさせていた。
思えば色々あったなぁ
シオンが外に散歩に行って、怪我をして帰ってきて慌てて病院に行ったり。
どこからか花をくわえてきて、私の手にポトッとプレゼントしてくれたり。
2年ですくすく育った可愛い黒猫は、今、私の膝で丸くなっている。
「シオン、寝ちゃった。私も今日はもうやめて寝ようかな」
シオンをそっとゲージに入れて、ベッドに倒れ込む。
「明日は良いフラグが思いつきますように……」
私はすぐに深い眠りについていた。
「にゃあ……」
シオンは窓の外の月明かりに目が覚めた。
のびーと身体を伸ばすと、ゲージから出る。
鍵をかけないのが主の主義だ。
窓に近づき、見上げると見事な満月だった。
一瞬まばゆい光がシオンを包み込んだ。
「にゃ……まぶしい…ん?」
シオンは自分の声が、いつもより低く、まるで人間の男性のようなものになっていた気がした。
視線を下げると、黒く艶やかな毛並みだった手はしなやかな5本指の肌色に…。
「やぁ。無事、人間になれたみたいだね」
窓の外には人がいた。
髪は白みたいな銀色の長髪。
見た目は中性的だが、声は男性。
「あぁ、あの占いの館の……」
「そう!占いの館の主。その実態はなんと……本当の魔法使いでした!」
シオンは目をぱちくりとさせた。
「君がこの間、僕に願った通り、君は人間になれたんだよ」
占い師は、良かったねと微笑む。
「……本当に……人間に?」
「僕に出来ないことはない!…ほら、鏡を見てみて!」
壁に取り付けられた主の姿見を見てみた。
黒い髪の人間がいる。
目は金色…。
腕を上げてみたら、鏡に映る人間も腕を上げた。
「…あぁ……本当だ。俺、人間になれたんだ」
主と同じ人間に。
「そう……この魔法は君が死ぬまでの間だけだよ。もちろん、君の主以外の人間にも、ちゃんと人間として映るからね」
「…ありがとう」
「……君の選択が正しかったのかは、これから君と主が決めることだ。後悔はしないでほしい」
占い師は悲しそうな微笑みで言った。
大丈夫、後悔はしない。
主……あおいと同じ人間になれたんだ。
「これは僕からのプレゼント!じゃあ、何かあったら、また館においで」
ばいばいと手を振られ、振り返すと占い師は消えた。
プレゼント……気づいたら服を着ていた。
黒いシャツに、黒いジーンズ。
「……あおい……」
主が眠っているベッドにそっと潜り込み、寝顔を見る。
「あおい…大好きだよ」
髪を撫でて抱きしめ、一緒に眠りについた。
んー……なんだろう。
暖かい。
シオンかな?
目を閉じたまま撫でる。
ふわふわだけど艶やか毛並み。
スベスベな肌。
暖かい包み込んでくれる身体を抱きしめた。
……包み込んでくれる身体?
バッと目を開けると、そこにはイケメンが寝ていた。
動きたくても抱きしめられていて動けない!
え、誰?
何この状況?!
頬をつねる。
……痛い。
現実だ!!
とりあえず腕の中で抵抗してみた。
「……ん」
あ、起きたかな?
ゆるんだ腕からバッと逃げ出す。
「……おはよう、あおい」
「だ、だだだ誰っ!?」
知らない男の人はむくりと起きると、猫のように、のびーとした。
「シオンだよ?…あおい、わからない?」
「わからない!第一シオンは猫であって…って、け、警察に電話……シオン!逃げるよ!」
「うん」
「いや、あなたじゃなくて!」
「なんで逃げるの?」
男性は首を傾げる。
「だって、知らない人がいたら逃げるでしょ!シオン!どこー?!」
部屋を出ようとする私の腕を掴むと、そのまま抱きしめられた。
「だから、俺はここにいるよ?」
「ちょっと…離し……っ!」
男性の首には、シオンと同じ首輪。
顔をよく見ると、金色の目、片耳には傷があった。
「え……嘘でしょ……?」
「嘘じゃないよ?魔法使いさんにお願いして、あおいと同じ人間にしてもらったんだ」
男性は私に頬ずりをしてきた。
シオンと同じように。
「そんなファンタジーなことって……」
「……何を言えば信じてくれる?あおいの好きなアイスの味はいちご。あおいの好きなアイドルはARIA。あおいは新人の小説家で今は行き詰まってて、昨日はノートとパソコンとにらめっこしてて、あおいの下着は黒系が多くて…」
「ちょっ……!もう良いから!下着とか…そんな恥ずかしい…」
あらためて見ると、雰囲気はシオンと同じ気がする。
シオンは呼ぶと必ず空いてる扉からスルリと入ってきたのに、今日は来ない。
「……本当に?……本当にシオンなの……?」
質問すると、男性は嬉しそうに笑って、頬ずりをしながら私をぎゅっと抱きしめた。
「うん、シオンだよ。あおい、大好き」
私はついていけない頭と揺れ動く心に戸惑った。
読んでいただいて、ありがとうございます!
ファンタジー系ながらも、恋愛小説にチャレンジしてみました。
しかしながら、私はギャグ路線好きなので、今後はどうなるかわかりませんが、よろしくお願いします!
お目汚し失礼いたしました。