表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

18時発の路線バス

作者: 中里高

 ひさしぶりに、仕事がはやくひけて、さっさと駅まで帰ってきた。ハラがへったので、ラーメン屋でギョウザだけ頼んで、急いでハラにいれた。昼飯を食いそこねたが、ここでたらふく食ったら、家でメシがくえなくなる。職場じゃ、実家住まいでパラサイトだの、スネかじりだのいわれるが、そうでもない。一人暮らしは学生時代にしたし、家事やら払いやらも引きうけている。婚約もしているし、「リア充」ってやつだ。実家から通うのが、そんなにイケてないのか?


 まあ、最近の流行など、どうでもいいが。


 これからバスで三〇分、なんとか家にたどりつかねばならない。だが、路線バスは得体のしれないストレスにみちている。面倒なやつらがたくさんいるのだ。心をかまえて、いつものバス停にいった。


 バスに乗りこむと、一番奥の座席の窓ぎわに身体を押しこんだ。オレにおくれて乗ってきたのは、咀嚼力のなさそうなアゴをした、ひょろながいメガネ男で、二人掛けの一方なら空席もあるのに、わざわざオレのとなりに座った。さっそくスマホでゲームか。「本格RPG」ってやつだ。「本格」なら家でじっくりやれ。見るからに「ゲーム好きだから工学部に入りました」って顔をしていやがる。「お前みたいな非モテは、前の女子となりに座って、免疫をつけてこい」と、心のなかで決めつけてみる。いっそ、思いっきり迷惑な感じをだせば、女のとなりにすわるようになるか?縁結びでもやってみるか?それもめんどくせーな。とにかく、オレみたいなデカイ男の横にすわるな。男と女で座れば、座席面積のバランスがとれるだろーが。まあ、バックを「防波堤」にして、二人分の場所に座るアホ女も、一人二人はいるが、そんなのに気圧されてどうする。同じ部署にいたシステムエンジニアが「女子ってキモイっす」と言っていたのを思いだした。こいつも将来「オンナってキモイ」というのだろうか。


 「工学部」はきちんと座れないイマドキだ。まあ、「イマドキ」も古い言い方かもしれんが、そんなのはどうでもいい。こいつはオレより背が低いクセに、脚はオレより前に放りだしている。リクライニングかと思うぐらい、ほとんど寝そべるように座っているのだ。アシが長いと勘違いしているのか、片足のスニーカーは前の座席にかけている。クツは地面をふむものだ。前の座席を蹴るもんじゃねー。ゲームのなかじゃ、ヒーローだか勇者だか知らんが、現実のダラシネー自分に気づけ。お前がそんな風にしか座れないのは、でかいリュックを背負ったまま座るからだ。まず、リュックを下ろせ。そして、ヒザの上におけ。


 出発直前に、またひとり乗りこんできた。愛玩犬みたいな顔をした学生で、サッカー選手きどりのウェーブをかけた長髪だ。髪の染めムラがめだって、輪郭がハッキリしない。「工学部」のとなりにすわって、こいつもさっそくスマホだ。股を九十度にひらいて、リクライニング式にすわる。こうみてみると、座りかたをシコんでもらっていないヤツが多いんじゃないかと思う。こういうヤロウには、ミニスカートを半年はかせる罰をつくれ。見た目はキモイが、座り方はなおるだろう。


 「長髪」が座ると、バスが動きだした。「工学部」を無視しようとして、窓わくに目をやると、マスカラをぬった棒が、ボサっところがっている。……これを置いた女はきっと、いままでもあちこちに無造作に置いたのだろう。その挙げ句に、バスに忘れたというところだ。せいぜい、雑菌もホコリもいっしょにマツゲに塗りたくったことだろう。そう思うと、バサバサしたマツゲがなんとも不潔に思えてきた。


 しかたがないから、前をむく。バーコード状に禿げた丸い後頭部がみえる。しばらくみるでもなくみていると、このオヤジが肩をすくめて、首を回しだした。日にやけた頭皮のすけてみえるアタマが右回りに円を描く。肩こりが気になるんだろう。いつやめるんだ。まだ、やめない。まだ、やめない。……「催眠術か!」と思ったが、むしろ、うっとうしくて眠りに入るどころではない。一日じゅう数字をみていたオレには、目の前でうごくバーコードは眼精疲労そのものだ。オヤジの肩こりがオレの眼精疲労に形をかえる。これは伝染性の疲労だ。もっと、後頭部に気を使え、いっそ剃るか、帽子をかぶれ。


 三つバス停をすぎると、役所の連中が三人で乗りこんできた。こいつらは朝の満車時に、他人にも「そこに座れよ!」などといってくる仕切屋だ。今も仲間どうしで座席をしきっている。そもそも、お前らは徒歩で通え。歩いて一五分のところにマイホームを買っているだろう。うち一人は、納税課でみたヤツだ。母親くらいのババアに説教をし、白髪のやせたババアが「今月は一万しか払えませんで、すみません」と下を向いて謝っていた。そのときはオレは「なんで、税金払うのに謝るんだ」と思ったが、コイツは納税者の方をむきもせず、パソコンをみながら、「あー、そーですか」と言いながら、マウスをクリックしていた。「公僕」っていうのは「しもべ」のはずだが、これじゃ、一種の「借金とり」だ。そんなヤツラが、リーダー気取りだ。お前らの通勤時間なんて知れたもんだ。このマチは一時間以上通勤して、稼いできたヤツらの税金でなりたっているんだ。近くに優良企業でも誘致してこい。


 また、三つバス停をすぎると、「公僕」たちが降りていく。あいつらは堅実な老後のためか、このバス停の前にある大病院のそばに住んでいる。バス停では車いすのジイさんが待っていた。運転手が降りて、用意してある板を渡し、車いすを押して、障がい者用のスペースにのせる。車いすを四本のフックで固定し、また降りて、板をしまい、運転席にもどる。この間一〇分程度、乗用車がバスの脇を追いこしてゆく。ジイさんは終始無言、いちいち感謝していたら、障がい者などやっていられないのだろうし、もう口をきけないのかもしれない。まあ、田舎は口さがないもので、このジイさんの若かりし頃の武勇伝は、年寄りから聞かされている。どうも大酒がたたったようである。酒飲みでもピンピンしている年寄りもいるから、そればかりじゃないだろうが、本人は黙して語らないから分からない。


 国道の手前のバス停で、背広組が降りていく。最近、アクセスがよくなったとかで、オレも勤めにでている都市にある自動車メーカーの連中が「植民地」にした区画だ。でかいマンションと、ちかくにショッピング・モールがある。なんでも買いあたえるのか、マンションのふもとの照明されたスペースには、スケボーやらローラースケートやらにのった中学生がウヨウヨいる。よくハンバーガーを食いながら転がすから、通行人にぶつかる。マンガ雑誌を読みながらスケボーしているアホもいる。


 ここから先で降りるやつにはエリートはいない。田んぼと工場と、マチ外れの団地があるだけだ。国道を越えると、一番前に座っていた女が何かを唱えだした。たぶん、ポルトガル語の祈りだろう。オレはこの祈りは嫌いではない。なんだか、響きがキレイだと思う。しかし、祈りが始まるとすぐに、彫りの深い浅黒い男が寄ってきて、女をにらんで、親指を下にして拳をつきだした。「走行中はお立ちにならないで下さい」と機械的に運転手がいう。日本語を理解したのかは分からないが、男は外国語で何かをつぶやき、席に戻った。宗派がちがうのか、同じ宗派だが同国人が車内で浮くのをいやがったのかは分からない。


 目立たない名前のバス停で、「工学部」が降りた。つづいて黒づくめの男が降りる。イヤホンまで黒だ。運賃二二〇円のところを、二〇〇円しか入れていないので、運転手に呼び止められている。二〇円を払おうとして、両替機に入れ、そのままでてきたらしい。そいつは外国人研修生の中国人だ。この辺の工場に住み込んで、安い賃金で「研修」させられている。せめて、運転手が料金をいれる場所をゆびさしてやればいいのに、日本語だけで指示されて、あわてている。


 前の席が空いたので、「長髪」が移ってきた。これで「バーコード」が隠れる。「長髪」はスマホを目の高さに掲げているので、後ろからイヤでも画面がみえてしまう。スマホで小説をよんでいるようだ。文字通り「千篇一律」の異世界モンのようだ。冴えないヤツがヒーローになったり、マッタリしたり、なんか運営したり、巨乳とかツンデレとかヤンデレとか、令嬢とかゾンビとかスライムとか、テンプレとか、チートとか、ループとか、まあ、どうでもいい話を長々と書きつづった文章だ。なかには映像化されているものもあるらしいが、正直、深夜枠の穴埋めだろう。


 まあ、猥雑だが、キライじゃない。好きにやればいいさ。オレもふくめた、このバスの連中と似ている。


 とにかく、夜を通りぬけて、次のバス停で降りる。そこが家だからだ。


(了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ