ずっと君が好きだった
「今日でこの教室ともお別れ、か・・・」
どこか切り離された空間のような、誰もいないしんと静まり返った教室。開け放しの窓からは春を感じさせる土の香りを運んでくる少しだけ冷たい風が、ヒラヒラと白いカーテンを揺らす。
普段であれば運動部のかけ声が聞こえてくるはずだけれども、今日は卒業式だったので全ての部活動は休みであり、放課後は本当に静かだ。黒板に目をやれば、カラフルなチョーク使いで【祝! ○○高校卒業 3年5組】とクラスメイト達のメッセージやイラストが書かれている。
卒業式の後、本当はクラスメイトの友人たちと卒業祝いにご飯を食べに行く約束をしてあったが、少し遅れると伝言し誰もいない教室に戻ってきた。
「はは、未練がましー・・・」
苦虫を噛み潰した気分で教室を見まわし、暫し感傷に浸っていた足は動き一つの机の前でぴたりと止まる。毎年毎年、誰かが座って、そして去っていく机はお世辞にも綺麗とは言えない。例に洩れずにこの机もそうだった。そして指先がなぞるのはその机の消えかけた落書きの一つ。そのキズは、自分がずっと言いたくて、伝えたくて、けれど臆病な自分には伝えられなかった言葉。
【 あ な た が ス キ で す 】
せめてもの勇気を振り絞って、その机の持ち主に向けて刻んだメッセージ。消えるか、消えないかで刻んだ言葉は半年前から変わらず、うっすらとその存在を主張してそこにあった。
「気付くわけないけどね」
名前も書いてないし。気が付いても元からあるものだと思ってしまう位、そのメッセージは机の他のキズ達と同化していた。
だけど、最後位は素直になってもいいんじゃないだろうか。伝えられなかった言葉。伝えたかった言葉。もしも呼び出したアイツがここに来てくれたなら、伝えてもいいだろうか。結局消えなかったこのキズのように、結局消えなかったこの感情を。
廊下から人の気配と足音。そして開けられる教室のドアの音。顔は上げられなくて、視界に入ってきたのは床と教室に踏み込む見慣れたヨレヨレの上履き。
深呼吸。落ち着け。机の言葉に触れて、あたしはゆっくりと伝えたかった言葉を伝えよう。ずっと、ずっともう長い事、君が好きだったと。
「そういう事はもっと早く言え」
にっと口の端を持ち上げてアイツが笑った。
「いつ俺に『好き』って言うか、半年前からずっと数えてた」
私の所まで来たアイツは、机をトントンと指先でつつきながらさらりと心当たりのありすぎる発言をし、心拍数がドンと跳ね上がる。
「っっ、最初から気付いてたのっ!?」
「さあ、どうだったかな? 俺はオマエの文字はクセがある事くらいしかしらねー」
相変わらずコイツは酷い男だ。知っていたなら何かリアクションくらいくれたっていいじゃんか!
思わず脱力してしまって、机にずるずると身体を預けて床に座りこんだ私に、するりと近づいたコイツは、当たり前のように自然と私を抱きしめた。ふかくふかく私を抱きこんだヤツは、あたしの頭のてっぺん辺りで楽しそうに呟いた。
「とっておき情報。俺もずっと前から・・・」
ごくりと私の喉が鳴る。言葉を止めてくっとヤツが笑った。両肩を手で掴まれながら顔を上げさせられて、至近距離でお互いの視線が絡みつく。
「お前が好きだ」
そういったヤツの言葉尻は、お互いの吐息の中に溶けていった。