会長・副会長選決着!~『不要者』の下剋上の行方~
「では、まず俺から意見させてもらおう。」
開始直後、真っ先に手を挙げたのは―俺である。
「まず、話し合いを明確にするために、生徒会長及び生徒会役員に必要な要素を決めておくべきだと思うんだが……どうだろう?」
他の4人に対して同意を求める。
「私は戸越さんに賛成です。」
まず最初に目黒が同意する。
「……まあ、確かに一理あるな。いいだろう。」
「僕も会長がいいなら……」
相手方二人も渋々ながら了承してくれたようだ。
―これで、主導権は確保できた。
「じゃあ、それぞれ意見を出していこう。」
「それなら今度は俺から言わせてもらおう。」
すかさず、磯子が主導権を奪いに来る。
「国内屈指の学園である王政学園の中枢・生徒会役員に求められる資質は『他の生徒より優秀で模範的であること』だと思う。さらにその中のトップ・生徒会長にはこの条件に加えて優秀な役員をまとめ上げるリーダーシップが必要だ。」
「会長のおっしゃる通りだ。国内から優秀な生徒が集まるこの学園の最高権力者には必要な力であり、それを持っているのが我々現生徒会役員だ。」
磯子の発言に続いて、現副会長・大黒が磯子への援護射撃を行う。
「誰がその資質を持っているかはともかく、確かにどちらもこの学園の生徒会長・生徒会役員には必要な要素だな。」
まずは磯子の意見に同意する。
「だが、それだけでは不十分だ。俺は生徒会役員には、必要に応じて互いに助け合うことのできる柔軟な『判断力』と『対応力』、そして、生徒会長にはどの仕事に誰が適任かを選び、任せることのできる『判断力』と『度量の大きさ』が必要だと思う。」
そう言って、現会長・磯子に視線を向ける。
自分達に不利な条件だと判断したのだろう。磯子は一瞬鋭い目つきで睨み返すが、すぐに冷静になる。
「確かに状況によってはそれらの能力も必要になってくる。」
『状況によっては』という部分を必要以上に強調して切り返す。
「しかし、大前提となるのは『優秀で模範的』であることだ。この前提条件がクリアできていなければ意味はない!」
立ち上がり、先ほどより大きな声で熱弁する。
しかし、それは逆に磯子から余裕が無くなっていることも意味している。
その様子に思わず俺はニヤついてしまう。
「もちろんそうだ。他の大多数の生徒より優秀で模範的な生徒というのはこの学園の最高権力者である生徒会役員として当然のことだ。」
余裕を持って切り返す。俺のそんな態度に磯子はまた目つき鋭く睨みつけてくる。
「他の奴は一通り意見を出したみたいだが、目黒お前はどうなんだ?」
俺は討論が始まってから未だ一言も発していない新生徒会長候補・目黒里奈に意見を求める。
「わ、私も皆さんと同じです……」
急に話しを振られたせいか、慌てた様子で無難な回答をする。
その様子を見た磯子はフッと鼻で笑う。どうやら余裕を取り戻したようだ。
―やれやれ、いつもながら緊張しまくってるな……だが、今回はこれでいい!
「それじゃあ、判断基準も定まったところで誰が役員及び会長にふさわしいか話し合うか。」
時間が限られていることもあり、早速本題を切り出してやる。
「そんなの我々に決まっている。何より今挙げられた基準を全てクリアしているのは我々の方だからな!」
―よし、ここまでは順調だ!
真っ先に発言したのは敵方、現副会長の大黒だ。
「まず、生徒会長の資質についてだが、これは比べるべくもない。磯子会長はそのカリスマ性とリーダーシップで我々をまとめ上げ、その結果この学園のさらなる発展に尽力されてきた。さらに、指示は的確で適材適所の仕事配分、そして問題が生じた際には、我々を責めることはせず、ご自身が全て解決されてきた。『優秀さ』『リーダーシップ』『判断力』『度量の大きさ』全てを兼ね備えていらっしゃる!磯子会長以外に会長に適任の方はいらっしゃらないはずだ!!」
さらに大黒の熱弁は続く。
「そして、我々役員についても学力は各学年でトップクラス、その他にも各専門分野で高レベルの能力を有している者ばかりだ!まさにこの学園のトップたる生徒会役員にふさわしい面々だ!!」
ここが勝負どころだと見たのか、力強く熱弁をふるう大黒。
「それに比べ、貴様らはどうだ?まず、そこの生徒会長候補が話しにならない。」
大黒は斜め向かいの目黒を嘲るような目で見下ろす。
「目黒里奈……学力はどの科目も学年トップ10に入れず、運動も平凡。さらに特筆すべき能力もない……こんな奴生徒会長に立候補することすらおこがましい!」
大黒は最後にフンッと鼻で笑うと満足そうな表情で着席する。
「おい、大黒。大一番で緊張しているからといって、言い過ぎだぞ。―相手が可哀そうだろ?」
磯子の方もすっかり余裕を取り戻し、勝ち誇った顔を向けてくる。
格好の的となった目黒は黙って俯いているだけだ。
「まあ、確かに磯子は優秀な奴だし、他の現役員がいろいろ優れていることも分かる。」
少し溜息交じりに大黒の意見を肯定する。
「!?そ、そうだろう!当たり前だ!!」
俺が大黒の意見に同意する発言をしたのが意外だったのか、大黒は一瞬不意打ちを食らったような顔をするが、すぐに強気の姿勢を取り戻す。
「だが、生徒会役員及び生徒会長にふさわしいのは俺達だ!」
俺は鋭い目つきで大黒・磯子の方を見る。
「まず役員の方だが、どの分野でもそこの磯子以上であるこの俺を筆頭に荏原、鈴森とあらゆる分野で優秀な人材が集まっている。芝浦にしたって、学力、運動等基礎的な数字こそ平凡だが、どんな状況でも冷静な判断力ができること、さらに与えられた役割の遂行能力は俺達新生徒会候補の中でもトップレベルだ。―お前ら現生徒会の連中も要所要所でそれは思い知らされているはずだ。―そして役員候補同士の資質で言えば客観的に言っても俺達の方が上だと思うんだが、どうだろう?」
「……くっ!」
俺の指摘に少しうろたえる大黒。しかし、一方で、
「まぁ、百歩譲ってお前ら役員候補の連中が優秀であることは認めよう。だが、そこの生徒会長候補は論外だ。さらにその論外を会長に据えようとしているお前らに『判断力』があるとは到底思えん。―間違ってもお前らに生徒会を任せるわけにはいかんな。」
磯子はまだまだ余裕のようだ。
自分の直接の対立候補が明らかに格下であると思いこんでいるためだろう。
「会長候補の目黒だってそうだ。学力もトップ10には入っていなくても、どの教科も15位までには入っている。各学年200人のうちの15位と考えれば十分に他の生徒より優秀だと言える。それに目黒は他の学力上位の生徒と比べ、その優秀さを全く鼻に掛けない。つまり優秀さと謙虚さを兼ね備えている。この学園で優秀な生徒は多いが、謙虚さを合わせもった生徒は少ないが社会では必要な能力だ。これは、俺やお前らなんかより目黒が『優秀で他の生徒の模範である』っていう条件を満たしていることにはならないか?」
「……」
今度は磯子が、悔しそうな表情で黙りこむ。
まさか自分が言い出した『他の生徒の模範となる』という部分を取り下げることはできず、目黒が優秀な生徒だと認めざるを得ない。
しかし、まだ冷静さは欠いておらず、次の出方を思案しているようだ。
しかし、
「た、確かに目黒は優秀なのかもしれない。しかし、生徒会長としては磯子会長の方が資質がある!」
「おい!その発言の仕方は―」
普段見ることのない、磯子の姿を窮地と判断した大黒がなんとか自分達の流れに引き戻そうと立ち上がるが、磯子はそれを慌てて止めようとする。
―かかったな!
「生徒会長としての資質ねぇ……」
俺は口の端を釣り上げ、不敵に笑って見せる。
―あとはこっちが有利になる論点まで誘導してくだけだ!
「確かに学力や運動能力等の能力については磯子が圧倒的だが、こいつは俺と同じで謙虚さが全くない。まぁ控えめに言って『優秀さ』の部分は引き分けだろう。『リーダーシップ』については一見磯子が上に見えるが、そうとも言えない。実際、目黒は俺達『優秀な人材』をまとめ上げてこの生徒会選挙戦を有利に進めているという実績がある。」
「しかし、それは―」
「待て!ここは俺が話す。―お前は少し黙っていろ!」
俺の発言に切り替えそうとした大黒に、磯子が鋭く一睨みして制する。
その様子に俺は笑いをこらえるので精一杯だ。
「す、すみません……!」
大黒は申し訳なさそうに頭を下げて引きさがる。
「確かに、彼女は会長候補としてお前らをまとめ上げていたのかもしれない。しかし俺達はその姿を直接目にしいない。したがってお前の発言だけで彼女のリーダーシップを判断することはできない。」
―さすがに磯子仁……大黒とは違って素直にこっちの誘導に従ってはくれないか……
「さらに、『優秀さ』の部分が引き分けというところも疑問が残るな。確かに謙虚さは他の生徒の模範となる部分かもしれん。だが、目黒里奈はそれ以上にお世辞にも模範とは言えない部分がある。例えば人付き合いを苦手としていたり、人前でしゃべるのに緊張で上手く喋れなかったり……。これらの欠点は今日の演説や今行なわれている討論の場でも証明できる。」
おそらく磯子は他の2つの要素で目黒の方が有利になるかもしれないことを勘付いている。
だが……
―このお前の切り返しも予想の範囲内だ!
俺は立ちあがると、側にいた司会者からマイクを奪うと
『俺達役員候補メンバーを取りまとめているのは間違いなく目黒だ。だが、目に見えるところで発揮するところを見せられていない以上、磯子の言うことは尤もだ。そして、目黒には確かに欠点が多く、客観的に『模範的である』とは言い切れない部分もある。まぁ、彼女を支持してくれている奴らにとってはその欠点も長所に見えていると思うが……。
だから俺は意見を訂正する。―『リーダーシップ』『優秀さ』といった部分で、あくまで現時点・一般的な見方をした場合においてではあるが、磯子会長の方が上であると認める!』
会場の観客に向かって叫んだ。
別にマイクなしでも会場中に聞こえるようになっているのだが、こっちの方がパフォーマンス的には印象が良いだろう。
この大一番で相手の優位を認めるというまさかの展開に会場がざわつく。
自分達の優位を勝ち取ったはずの磯子にしても、俺の予想外の行動に怪訝そうな表情でこちらを睨む。
俺はその様子を横目で見ながら司会者にマイクを返すと自分の席に戻る。
「どういうつもりだ……?」
「別に。俺は客観的な事実を言ってるだけだ。」
磯子の問いかけにも余裕の表情で切り返す。
「まぁ、それでも残りの2つの要素では目黒の圧勝だ。最早説明はいらんだろう。」
「……」
再び磯子は黙りこむ。恐らく彼の作戦では俺が『優秀さ』『リーダーシップ』において目黒の優位性を熱弁し、磯子がそれを否定する。それを繰り返すことで時間オーバーを狙うつもりだったのだろう。
客観的に見れば磯子がこの要素で目黒を上回っている以上、ここで討論が終われば磯子優位の状態で投票に移っていたはずだからな。
そして、残りの2つの要素においては逆に討論すればするほど目黒が有利になる。
黙っていても印象は悪くなるが、だからといって無策で突っ込むわけにはいかない。―これが現在の磯子の状況だ。
大黒の方はこの状況を理解しきれていないようだが、先程磯子に発言を止められた手前、こちらも黙ったままである。
―だが、このまま逃してやる程俺は親切な奴じゃない。
「仕方ない。このまま黙って討論を終了させるわけにもいかんし、俺が親切にも説明してやろう。」
「くっ……!!」
磯子が悔しそうな表情で睨みつけてくる。
「まず、『判断力』についてだ。さっきも説明したとおり、目黒は謙虚だ。だから自分以外の人間の長所を的確に判断できるし、周りに助言を求めることを躊躇わない。だからこそ、全員の意見を取り入れ、そこから一番良い方法を判断して最終的に適材適所で人材の配置を行うことができる。そして『度量の大きさ』だが、任命した責任は取ると言うが、基本的には任せた相手を信頼して最後まで任せる。尤も、この環境があったおかげで俺達はしっかり役割を全うでき、まだ目黒に責任を取らせることになっていないがな……」
そう言って目黒の方に視線を向けると、褒められて照れているのか頬を少し赤く染めて俯いている。
「さらに、裏切りに合った時には怒ったり、報復しようとしたりせず、その裏切り者が反省していることが分かると許し受け入れている。その裏切り者もその対応に心動かされたのか今では陰ながら俺達に協力してくれている。」
そして、俺は舞台裏から覗いていた浅田の方に視線を移す。
少し気まずそうに視線を外す浅田を荏原と鈴森がからかっているようだ。
そして、磯子の方に視線を向けるが相変わらず黙ったままだ。
向かいに座る大黒は発言したくてうずうずしているようだが、時折磯子が視線で制しているせいか、悔しそうな表情で黙っている。
「一方、磯子会長はというと自分が優秀であるからか、他の役員を信頼していないのか、全てにおいて自分が指揮をとり、自身の力で解決しようとする傾向がある。各出来事においては適材適所になっているのかもしれないが、全体を通してみるとこれは磯子一人のワンマンになっていて適材適所とは到底呼べない。さらに、優秀な人材を集めていながら任せきることができないのでは、『度量が大きい』とはお世辞にも言えないな。」
今まで独裁的な政治を見せてきた磯子には耳が痛いだろう。
特に適材適所の人材配置については完全にこちらに分がある。
確かに、磯子のような人物がすべての仕事に加わることで失敗のリスクは少なくなる。
しかし、磯子に万が一のことがあったら?全ての歯車が上手く回らなくなり、機能不全に陥るはずだ。
さらに、磯子は全てにおいて、他のメンバーの意見をほとんど取り入れず、自分の考えを押しとおす。これでは考え方に偏りができてしまうし、役員も能力を活かしきれない。
論理的に考えてこちらの方が正しいことは明確だ。
「別に俺は自分の部下を信頼していないわけじゃない。自分が先頭に立つことで『もし、失敗しても自分がいる』ということを伝え、部下がやりやすい環境を作っているだけだ。これも立派な『度量の大きさ』だと思うが?」
磯子がようやく口を開き反撃に転じる。額には汗がにじみ、その必死な表情からは先ほどまでの余裕が完全に失われているのが見て取れる。
やはり適材適所が争点となっている『判断力』への言及は避けてきたか。
―だが、そっちも既に詰んでいる!
「確かに、お前のいうことにも一理ある。―お前が言ったことが本当ならな!」
「なんだと……?」
「どう考えても、お前が部下に対してやりやすい環境を作っているとは思えない。」
「そんなことはない!会長の下、我々は―」
「お前は黙っていろ!」
大黒が援護しようとするものの磯子によって再び制止される。
おそらく、残り時間も少なくなっている中、万が一にも大黒に先ほどのように俺達が有利になり得る不用意な発言をされるわけにはいかないと思ったのだろう。
冷静に考えれば磯子にとって心強い発言のようだが、今の磯子は焦りのせいか判断が乱れているようだ。
そして、磯子は知らない。この行為自体が俺が引き出したかった状況だということを……
「―そういうところだよ。」
思わず口の端がつり上がってしまう。
「どういう……!!」
言いかけて、ハッと目を見開く。
どうやら自分が決定的な失言をしたことに気付いたらしい。
「何が部下がやりやすい環境だ!お前は自分の思い通りに部下を縛りつけているだけだろ!部下はお前に怯えながら従っているおかげで充分に能力を発揮できない!今お前のために発言しようとした大黒の発言を無理矢理止めてるのが証拠だ!」
奥歯を噛み自分の失態を悔いる磯子。
その様子を見てなんとも気まずい表情の大黒。
そして、俺はその様子を尻目にさらに追い打ちをかける。
「そして、お前は今全学園生徒の前で『自分は口だけだ』ということを証明した。―こんな奴とてもじゃないが『度量が大きい』とは言えないな。」
立ちあがると勝ち誇った顔で磯子を見下ろす。
「……まだだ。」
磯子が小さくつぶやく。
「まだだ!戸越!まだお前がいる!!」
磯子は勢いよく立ちあがり俺めがけて怒鳴りつける。
「人のことばかり言っているが、お前自身が生徒会役員として必要な基準をクリアしていないんだよ!!」
―やれやれ今度は俺にターゲットを絞ってきたか……
「お前は確かに学力、運動その他何においても俺と同じくらい優秀だ!だが、お前は授業態度は悪く、クラス内の対人関係も良くない!生徒の模範どころかこの学園一の問題児じゃないか!!そんな奴に生徒会役員、それも副会長なんて務まるわけがない!!」
―最後の足掻きってわけか……だが、残念ながらそっちも策は打ってある。
「―戸越さんのことを悪く言わないでください!」
それほど大きな声だったわけではないが、磯子が押し黙る。
磯子に対し反論したのは俺ではない……今まで一言も発することなく、沈黙を貫いていた少女・目黒里奈である。
先ほどまでのオロオロしていた少女からは想像できない程、鋭く真剣な目つきで磯子をジッと見つめる。
「確かに、戸越さんは授業態度が悪く、学校もサボる程の問題児でした。―しかし、それは過去のことです。生徒会選挙に立候補してからは授業も真面目に受けるようになっています。これは戸越さんと同じクラスの方に確認していただければ分かるかと思いまし、実際立候補後、戸越さんの生活態度が問題になったことはないはずです。」
選挙で最も大切なのは印象だ。
だからこそ、俺は立候補してから授業態度をはじめ生活態度を改めてきた。
万が一にも俺が目黒の足を引っ張るわけにはいかんからな。
「それに対人関係についても、選挙での活躍もあって序々に話しかけられることが多くなり、今では戸越さん個人の支持者もかなりいらっしゃいます。―まぁ主に女子生徒メインですが……」
最後は俺にしか聞こえない声量でジト目を向けてきた。
―相変わらず嫉妬心が半端じゃないな……
俺はそんな目黒に苦笑いを返す。
「それに……戸越さんはこう見えて誰よりも困っている人を放っておけない人なんです。」
『こう見えて』ってなんだよ!と言いたいところだが、ぐっと堪える。
「知っている方も多いと思いますが……以前、私はいじめに遭っていました。いじめの現場を他の生徒に見られたことは何度かありましたが、大抵は見て見ぬふりばかりでした。そんな中、戸越さんだけは私を助け、しかも退学を宣告されていた私のためにリスク承知で生徒会選挙にまで立候補してくれました。こんな私にここまでしてくれた人は初めてでした。―そんな優しい人が生徒会役員にふさわしくないはずがありません!!」
目黒はバンッと机を叩き、前のめりの姿勢で磯子を睨みつける。
「これが『適材適所の判断力』と『度量の大きさ』だ。」
予想外の人物からの反撃に放心状態の磯子に俺がトドメをさす。
「目黒は討論が得意じゃない。だからこそ、討論中はあえて黙り、俺に全てを任せてくれた。そして、自分の部下が悪く言われると放っておけない。自分のことをどれだけ悪く言われても決して口を開かなかったのに、部下である俺が悪く言われるとこうやって本気で怒って助けてくれる。―これが本物の『度量の大きさ』だ。」
「……そんなの苦手なことを人に任せているだけじゃないか!」
項垂れて黙っている磯子に代わり、大黒が噛みついてくる。
「『苦手なことを人に任せる』ねぇ……。それのどこがダメなんだ?」
「な!?」
俺の開き直りともとれる発言が予想外だったようだ。大黒は驚きの表情を見せるだけで切り返すことはできない。
「誰にでも欠点はある。その欠点を他の奴が補い、そいつの欠点をまた別に奴が補う。そうやって互いに信頼して、助け合っていく―それが俺達『新生徒会』だ!」
高らかに宣言すると会場から拍手が起こる。
俺達の作戦は最初から一貫していた。
最初からこの討論が勝負のカギになることは分かっていた。
だから、目黒には
「演説では自分の言いたいことを一言言えればそれでいい。それができれば討論でいくらでも挽回可能だ。―俺を信じろ!」
と伝えていた。
おかげで目黒のテンパリも最小限で抑えられ、最低限の演説はできた。
後は、予定通り、俺が討論で挽回するだけである。
だが、これでは一方的に助けていた今までの俺のやり方と変わらない。
だからこそ、今回は共同戦線にこだわった。
「目黒、交渉や討論は俺の得意分野だ。だから基本的には俺に任せてほしい。だが、もし俺が討論中攻撃されるようなことがあったら、その時はお前が助けてくれるか?」
そう言うと、目黒は嬉しそうに首を縦に振ってくれた。
―たまには助けられるのも悪くないな……
目黒の方を見ると目が合い、笑顔で返してきた。
「~~」
大黒もそれ以上は何も言い返せない。
そして、
『……た、タイムアップ!15分経過です……これにて討論は終了です!!』
味方の敗色濃厚のムードの中、選挙管理委員である司会者は言いづらそうに討論終了のコールを行った。
すると、さらに大きな歓声が会場中から響いた。
この歓声がどちらに対するものかは明らかだった。
『そ、それでは投票に移ります……よろしいですか?』
「……」
磯子は何も答えない。
「私は大丈夫です。」
「いつでも構わんよ。ただ、不正行為だけはするなよ?」
俺が嫌味ったらしく司会者を見る。
『し、しません!……それでは投票を開始してください!』
『それでは、結果を発表します!』
2時間程待たされ、遂に結果発表が執り行われる。
ステージ上には現生徒会メンバー、新生徒会候補メンバーが全員壇上に並んでいる。
しかし、結果発表前にも関わらず、その表情は対照的であった。
『結果は……520対80!―勝者は目黒・戸越チームです!!』
予想通りの結果に壇上でハイタッチをする俺達新生徒会チーム。
その傍らでは敗れた磯子達が俯いている。
『よって、生徒会選挙は通産成績4対1。次期生徒会長は目黒さんに決定しました!』
勝者アナウンスで会場中から耳鳴りするほどの大歓声が巻き起こる。
鈴森、荏原、芝浦、そして俺。新生徒会メンバー全員で目黒をもみくちゃにする。
「み、みなさん、や、やめてください!」
そう言いつつも話の中心の目黒は嬉しそうに笑っている。
「目黒さん、さすがッス!」
「きょ、今日だけはあなたを主役にしておいてあげるわ!」
「今日だけはいくら抱きついても問題ないはず……」
‐いいわけないだろ……!
約一名、やはり変態が紛れているがみんな笑顔が絶えない。
生徒会メンバーではないため、壇上に出られない浅田も舞台袖で満面の笑顔を浮かべ、親指を突き立てている。
俺も親指を突き立てて返す。
そして、ようやくもみくちゃから解放された本日の主役・目黒の側に歩み寄る。
「よくやったな、目黒!」
「はい!戸越さんのおかげです!
「何言ってんだ。最後に決めたのはお前だろ?」
そう言って頭をくしゃっと撫でてやると、
勝利の高揚感もあるのだろう。今日はいつもとは違い、恥じらいながらも嬉しそうに笑い返してくる。
その笑顔はスポットライトが当たっているのもあるがそれだけではない。 俺が目黒と出会ってから一番輝いている笑顔だった。




